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第25話:時計塔の罠
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約束の夜。
王都の空に浮かぶ月は、まるで、これから起こる出来事を知っているかのように、不吉なほど、赤く、輝いていた。
王都のシンボルである、古い時計塔。
その最上階で、私は、一人、リリアナを待っていた。
吹き抜ける夜風が、私の髪を、冷たく、撫でていく。
『怖い…』
正直な気持ちだった。
これから、私は、あの得体の知れないヒロインと、対峙しなければならない。
一人で。
いや、一人ではない。
私は、自分の胸元で、微かな熱を放つ、翠玉のネックレスに、そっと触れた。
このネックレスを通して、ゼノン様が、私のことを見守ってくれている。
そして、この時計塔の、どこかの影に、彼自身も、息を潜めているはずだ。
そう思うと、少しだけ、心が、落ち着いた。
カツン、カツン、と。
石の階段を上ってくる、足音が、聞こえた。
来た…!
やがて、姿を現したのは、やはり、リリアナだった。
彼女は、白いドレスを身にまとい、その姿は、まるで、闇に舞い降りた、天使のようだ。
しかし、その顔に浮かぶ微笑みは、どこまでも、計算され尽くした、人工的なものだった。
「よく、来てくださいましたわ、イザベラ様」
彼女は、優雅に、一礼する。
「あなたの、勇気ある決断に、心から、敬意を表します」
「…もう、芝居は、およしになって」
私は、彼女を、まっすぐに見据えて言った。
「あなたの目的は、何ですの? なぜ、私に、近づいてきたの?」
私の単刀直入な問いに、リリアナは、くすくすと、喉を鳴らして笑った。
「おや、もう、お気づきでしたか。つまらないですわね」
彼女は、あっさりと、猫を被るのをやめた。
その瞳には、もはや、可憐な少女の面影はなく、底知れない、冷たい光が宿っている。
「目的、ですって? 簡単なことですわ。この国を、あるべき姿に、正すこと。そのために、邪魔な存在を、排除するだけですのよ」
「邪魔な、存在…? それが、ゼノン様だと、言うのですか」
「いかにも」
彼女は、大きく、頷いた。
「シルヴァーグ公爵は、あまりにも、力を持ちすぎました。その魔力は、王家さえも脅かす、危険なもの。放置しておけば、いずれ、この国は、彼によって、支配されるでしょう」
「そんなこと…!」
「事実ですわ。だから、私たちは、彼を、歴史の舞台から、退場させることにしたのです」
私たちは、と、彼女は言った。
「“私たち”とは、誰のことですの? あなたを操る、黒幕は、誰?」
私が、核心に迫る質問を、投げかけた、その時だった。
リリアナは、にやり、と、不敵に笑った。
「ふふっ。知りたいですか? ならば、あなたも、“我ら”の、仲間になりなさいな」
彼女は、私に向かって、手を差し伸べる。
「イザベラ様。あなたも、彼の被害者でしょう? 彼から、自由になりたいと、願っているはず。私たちと、手を組めば、それも、叶いますわよ?」
甘い、誘惑の言葉。
しかし、その手に、毒が塗られていることを、私は、知っている。
私が、その手を、払いのけようとした、まさに、その瞬間。
「――その話、俺にも、詳しく聞かせてもらおうか」
影の中から、氷のように冷たい声が、響き渡った。
ゆっくりと、姿を現したのは、黒い外套を身にまとった、ゼノン様だった。
「!! ぜ、ゼノン様…!」
リリアナの顔が、驚愕に、歪む。
まさか、彼が、ここにいるとは、思ってもみなかったのだろう。
「なぜ、あなたが、ここに…! イザベラ様、あなた、私を、裏切ったのね!?」
「裏切ったのは、どちらかしら?」
私は、ゼノン様の隣に立ち、リリアナを、睨みつけた。
形勢は、逆転した。
さあ、観念なさい、と。
しかし。
リリアナは、一瞬、狼狽えたものの、すぐに、不敵な笑みを取り戻した。
「ふふっ…ふふふふふっ…!」
彼女は、狂ったように、笑い出した。
「お出ましですか、シルヴァーグ公爵。ええ、ええ、あなたが出てきてくれなければ、意味がありませんもの」
「…何?」
「あなたも、イザベラ様も、まとめて、ここで、消えていただくのですから」
彼女が、そう言い放った、瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ…!
時計塔が、大きく、激しく、揺れた。
足元の床に、亀裂が走り、そこから、禍々しい、紫色の光が、溢れ出す。
見ると、時計塔の床、全体に、巨大な魔法陣が、描かれているではないか!
「罠、だったのね…!」
「ええ、そうですわ」
リリアナは、勝ち誇ったように、微笑んだ。
「これは、古代の、転送魔法陣。あなたたちを、二度と、この世界には戻れない、時の狭間へと、お送りいたしますわ!」
紫色の光が、私たちを、包み込む。
身体が、鉛のように、重くなる。
意識が、遠のいていく。
「さようなら、シルヴァーグ公爵。そして、哀れな、悪役令嬢」
リリアナの、嘲笑うかのような声が、最後に、聞こえた。
ああ、これが、彼女の、本当の狙いだったのか。
私をおびき寄せ、さらに、私を助けに来る、ゼノン様をも、一網打尽にするための、二重の罠。
まんまと、引っかかってしまった。
薄れゆく意識の中で、私は、隣に立つ、ゼノン様の顔を見た。
彼は、私を、庇うように、強く、抱きしめていた。
その瞳には、焦りも、恐怖もなかった。
ただ、静かな、怒りの炎だけが、燃えていた。
そして、彼は、私の耳元で、囁いた。
「…心配するな、イザベラ。俺が、必ず、お前を守る」
その言葉を、最後に。
私たちの身体は、眩い光に、完全に、飲み込まれてしまった。
王都の空に浮かぶ月は、まるで、これから起こる出来事を知っているかのように、不吉なほど、赤く、輝いていた。
王都のシンボルである、古い時計塔。
その最上階で、私は、一人、リリアナを待っていた。
吹き抜ける夜風が、私の髪を、冷たく、撫でていく。
『怖い…』
正直な気持ちだった。
これから、私は、あの得体の知れないヒロインと、対峙しなければならない。
一人で。
いや、一人ではない。
私は、自分の胸元で、微かな熱を放つ、翠玉のネックレスに、そっと触れた。
このネックレスを通して、ゼノン様が、私のことを見守ってくれている。
そして、この時計塔の、どこかの影に、彼自身も、息を潜めているはずだ。
そう思うと、少しだけ、心が、落ち着いた。
カツン、カツン、と。
石の階段を上ってくる、足音が、聞こえた。
来た…!
やがて、姿を現したのは、やはり、リリアナだった。
彼女は、白いドレスを身にまとい、その姿は、まるで、闇に舞い降りた、天使のようだ。
しかし、その顔に浮かぶ微笑みは、どこまでも、計算され尽くした、人工的なものだった。
「よく、来てくださいましたわ、イザベラ様」
彼女は、優雅に、一礼する。
「あなたの、勇気ある決断に、心から、敬意を表します」
「…もう、芝居は、およしになって」
私は、彼女を、まっすぐに見据えて言った。
「あなたの目的は、何ですの? なぜ、私に、近づいてきたの?」
私の単刀直入な問いに、リリアナは、くすくすと、喉を鳴らして笑った。
「おや、もう、お気づきでしたか。つまらないですわね」
彼女は、あっさりと、猫を被るのをやめた。
その瞳には、もはや、可憐な少女の面影はなく、底知れない、冷たい光が宿っている。
「目的、ですって? 簡単なことですわ。この国を、あるべき姿に、正すこと。そのために、邪魔な存在を、排除するだけですのよ」
「邪魔な、存在…? それが、ゼノン様だと、言うのですか」
「いかにも」
彼女は、大きく、頷いた。
「シルヴァーグ公爵は、あまりにも、力を持ちすぎました。その魔力は、王家さえも脅かす、危険なもの。放置しておけば、いずれ、この国は、彼によって、支配されるでしょう」
「そんなこと…!」
「事実ですわ。だから、私たちは、彼を、歴史の舞台から、退場させることにしたのです」
私たちは、と、彼女は言った。
「“私たち”とは、誰のことですの? あなたを操る、黒幕は、誰?」
私が、核心に迫る質問を、投げかけた、その時だった。
リリアナは、にやり、と、不敵に笑った。
「ふふっ。知りたいですか? ならば、あなたも、“我ら”の、仲間になりなさいな」
彼女は、私に向かって、手を差し伸べる。
「イザベラ様。あなたも、彼の被害者でしょう? 彼から、自由になりたいと、願っているはず。私たちと、手を組めば、それも、叶いますわよ?」
甘い、誘惑の言葉。
しかし、その手に、毒が塗られていることを、私は、知っている。
私が、その手を、払いのけようとした、まさに、その瞬間。
「――その話、俺にも、詳しく聞かせてもらおうか」
影の中から、氷のように冷たい声が、響き渡った。
ゆっくりと、姿を現したのは、黒い外套を身にまとった、ゼノン様だった。
「!! ぜ、ゼノン様…!」
リリアナの顔が、驚愕に、歪む。
まさか、彼が、ここにいるとは、思ってもみなかったのだろう。
「なぜ、あなたが、ここに…! イザベラ様、あなた、私を、裏切ったのね!?」
「裏切ったのは、どちらかしら?」
私は、ゼノン様の隣に立ち、リリアナを、睨みつけた。
形勢は、逆転した。
さあ、観念なさい、と。
しかし。
リリアナは、一瞬、狼狽えたものの、すぐに、不敵な笑みを取り戻した。
「ふふっ…ふふふふふっ…!」
彼女は、狂ったように、笑い出した。
「お出ましですか、シルヴァーグ公爵。ええ、ええ、あなたが出てきてくれなければ、意味がありませんもの」
「…何?」
「あなたも、イザベラ様も、まとめて、ここで、消えていただくのですから」
彼女が、そう言い放った、瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ…!
時計塔が、大きく、激しく、揺れた。
足元の床に、亀裂が走り、そこから、禍々しい、紫色の光が、溢れ出す。
見ると、時計塔の床、全体に、巨大な魔法陣が、描かれているではないか!
「罠、だったのね…!」
「ええ、そうですわ」
リリアナは、勝ち誇ったように、微笑んだ。
「これは、古代の、転送魔法陣。あなたたちを、二度と、この世界には戻れない、時の狭間へと、お送りいたしますわ!」
紫色の光が、私たちを、包み込む。
身体が、鉛のように、重くなる。
意識が、遠のいていく。
「さようなら、シルヴァーグ公爵。そして、哀れな、悪役令嬢」
リリアナの、嘲笑うかのような声が、最後に、聞こえた。
ああ、これが、彼女の、本当の狙いだったのか。
私をおびき寄せ、さらに、私を助けに来る、ゼノン様をも、一網打尽にするための、二重の罠。
まんまと、引っかかってしまった。
薄れゆく意識の中で、私は、隣に立つ、ゼノン様の顔を見た。
彼は、私を、庇うように、強く、抱きしめていた。
その瞳には、焦りも、恐怖もなかった。
ただ、静かな、怒りの炎だけが、燃えていた。
そして、彼は、私の耳元で、囁いた。
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