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第17話 悪女は誘う
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ゲーム開始から十五時間が経過。時刻は午前三時を回ろうとしている。
旧日本軍の施設に到着してから六時間。驚くべきことに、建物へのゾンビの接近、襲撃件数はゼロであった。各自一回以上は仮眠を取り、食事や水分補給もばっちり。激戦に疲弊していた一同は順調に体力を回復していた。
現在は玲於奈、稲城、蛭巻の三人が見張り役をしており、それ以外のメンバーはホールに留まっていた。
「綿上くん。何を見ているの?」
ボールペンを回しながらメモ帳を眺めている黎一の手元を、鯉口蜜花が興味深そうにのぞき込んだ。蜜花はそれまで身に着けていた白いブラウスを脱ぎ捨て、上半身は黒いキャミソール一枚なので、姿勢的に谷間が強調される。あざとい上目遣いはどうみても計算づくであり、鯉口蜜花という女の性格を体現していた。
「これまでのゾンビとの戦闘記録を自分なりにまとめたものです。今後に備えての復習ですよ」
ゾンビを倒すには頭を潰したり、首を折ることなどが有効だという基本から、立ち回りの反省点に至るまで。メモ帳には事細かに情報がまとめられていた。
殺し屋である以上、仕事はいつだって一発勝負。成功率を上げるために、戦術や立ち振る舞いを振り返ることを、黎一は習慣的に行っている。
「真面目ね」
「生きるためには必要なことです」
殺し屋である黎一にとっては日常と死は隣り合わせだ。そういう意味では、ゾンビだらけのこの島においても、心構えはあまり変わっていない。
「かっこいいこと言うのね。お姉さん惚れちゃいそう」
「お戯れを」
さり気なくボディタッチしてきた蜜花の手を、黎一はやんわりと跳ね除ける。こういうタイプの女性は正直苦手だ。
「お姉さん、綿上くんみたいなタイプけっこう好みなんだけどな」
「稲城さんに怒られますよ」
お互いに本気とはとても思えないが、蜜花は稲城の女としていつも側に控えている。いくら稲城が見張り役として席を外しているからといって、他の男性に言い寄るような真似が許されるのか、黎一には疑問だった。
「彼なら大丈夫よ。どうせ体だけの関係だし」
「以前から知り合いですか?」
「いいえ。この島に来てからの付き合いよ」
「つまり、ゾンビだらけのこの島でやったと」
「あらあら、可愛い顔してけっこうはっきりものを言うのね」
「見た目ほど子供じゃないので」
女性との行為中のターゲットを狙う時だってある。この程度の話題で動揺するはずもない。
「ますます気に入ったわ。後でお姉さんと楽しいことしない?」
「謹んで辞退します」
即断だった。余計なことに体力を使いたくないし、何よりも蜜花は黎一の好みのタイプではない。
「お姉さんのこと嫌い?」
「見境なく言い寄ってくるような女性は苦手ですね」
「どういう意味?」
「尻軽は嫌いなんで」
「……ガキ」
「そのガキに声をかけて来たのはそっちですよ。外には洒落にならない餓鬼がうようよしていますがね」
これ以上不毛な争いを続けてはそれこそ体力の無駄だ。ほどほどに切り上げて黎一はその場から立ち上がった。後ろでは蜜花が恨めしそうに呪詛を呟いているが、黎一はその声を意識からシャットダウンする。
「今のやり取りは面白かったよ」
空気の悪いホールを飛び出し、三階の廊下の壁にもたれ掛かっていると、胴丸が愉快そうに声をかけてきた。ジャケットとネクタイを脱ぎ、シャツも首元の開けたラフな装いとなっている。
「あの鯉口とか言う女。暇さえあれば男に声をかけているからね。君の言う通り尻軽だ」
「胴丸さんも声をかけられたんですか」
「やんわりとお断りしたけどね。頭の悪い女は嫌いだって」
「どこがやんわりなんですか。炎上待ったなしだ」
「君といい勝負だろう?」
「そう言われると、返す言葉もありませんけど」
胴丸はインテリな見た目を裏切らず、口もよく回るらしい。舌戦はしたくないタイプだなと黎一は思った。
「君は、あの女の正体を知っているかい?」
「連続保険金殺人の容疑がかかってる悪女でしょう。世間的にはまだ認知されていない事件ですが」
「やはり知っていたか。君もなかなかの情報通のようだね」
「お互い様ですよ」
お互いの社交的な作り笑いが交錯する。決してやりづらい相手というわけではないが、ついついこういう表情になってしまう。
「そういえば胴丸さん。鞍橋を見ませんでしたか?」
ホール周辺には黎一、胴丸、兜、蜜花の四人だけ。数分前から月彦の姿が見えない。これまでは問題も起こさず、律儀に見張り役もこなしていたが、だからといって信頼なんて出来るはずがない。
「いや、私は見ていないが」
「そうですか。散歩ですかね」
単なる散歩なら問題はない。問題なのは、相手が散歩感覚で人を殺せる狂人だということだ。
旧日本軍の施設に到着してから六時間。驚くべきことに、建物へのゾンビの接近、襲撃件数はゼロであった。各自一回以上は仮眠を取り、食事や水分補給もばっちり。激戦に疲弊していた一同は順調に体力を回復していた。
現在は玲於奈、稲城、蛭巻の三人が見張り役をしており、それ以外のメンバーはホールに留まっていた。
「綿上くん。何を見ているの?」
ボールペンを回しながらメモ帳を眺めている黎一の手元を、鯉口蜜花が興味深そうにのぞき込んだ。蜜花はそれまで身に着けていた白いブラウスを脱ぎ捨て、上半身は黒いキャミソール一枚なので、姿勢的に谷間が強調される。あざとい上目遣いはどうみても計算づくであり、鯉口蜜花という女の性格を体現していた。
「これまでのゾンビとの戦闘記録を自分なりにまとめたものです。今後に備えての復習ですよ」
ゾンビを倒すには頭を潰したり、首を折ることなどが有効だという基本から、立ち回りの反省点に至るまで。メモ帳には事細かに情報がまとめられていた。
殺し屋である以上、仕事はいつだって一発勝負。成功率を上げるために、戦術や立ち振る舞いを振り返ることを、黎一は習慣的に行っている。
「真面目ね」
「生きるためには必要なことです」
殺し屋である黎一にとっては日常と死は隣り合わせだ。そういう意味では、ゾンビだらけのこの島においても、心構えはあまり変わっていない。
「かっこいいこと言うのね。お姉さん惚れちゃいそう」
「お戯れを」
さり気なくボディタッチしてきた蜜花の手を、黎一はやんわりと跳ね除ける。こういうタイプの女性は正直苦手だ。
「お姉さん、綿上くんみたいなタイプけっこう好みなんだけどな」
「稲城さんに怒られますよ」
お互いに本気とはとても思えないが、蜜花は稲城の女としていつも側に控えている。いくら稲城が見張り役として席を外しているからといって、他の男性に言い寄るような真似が許されるのか、黎一には疑問だった。
「彼なら大丈夫よ。どうせ体だけの関係だし」
「以前から知り合いですか?」
「いいえ。この島に来てからの付き合いよ」
「つまり、ゾンビだらけのこの島でやったと」
「あらあら、可愛い顔してけっこうはっきりものを言うのね」
「見た目ほど子供じゃないので」
女性との行為中のターゲットを狙う時だってある。この程度の話題で動揺するはずもない。
「ますます気に入ったわ。後でお姉さんと楽しいことしない?」
「謹んで辞退します」
即断だった。余計なことに体力を使いたくないし、何よりも蜜花は黎一の好みのタイプではない。
「お姉さんのこと嫌い?」
「見境なく言い寄ってくるような女性は苦手ですね」
「どういう意味?」
「尻軽は嫌いなんで」
「……ガキ」
「そのガキに声をかけて来たのはそっちですよ。外には洒落にならない餓鬼がうようよしていますがね」
これ以上不毛な争いを続けてはそれこそ体力の無駄だ。ほどほどに切り上げて黎一はその場から立ち上がった。後ろでは蜜花が恨めしそうに呪詛を呟いているが、黎一はその声を意識からシャットダウンする。
「今のやり取りは面白かったよ」
空気の悪いホールを飛び出し、三階の廊下の壁にもたれ掛かっていると、胴丸が愉快そうに声をかけてきた。ジャケットとネクタイを脱ぎ、シャツも首元の開けたラフな装いとなっている。
「あの鯉口とか言う女。暇さえあれば男に声をかけているからね。君の言う通り尻軽だ」
「胴丸さんも声をかけられたんですか」
「やんわりとお断りしたけどね。頭の悪い女は嫌いだって」
「どこがやんわりなんですか。炎上待ったなしだ」
「君といい勝負だろう?」
「そう言われると、返す言葉もありませんけど」
胴丸はインテリな見た目を裏切らず、口もよく回るらしい。舌戦はしたくないタイプだなと黎一は思った。
「君は、あの女の正体を知っているかい?」
「連続保険金殺人の容疑がかかってる悪女でしょう。世間的にはまだ認知されていない事件ですが」
「やはり知っていたか。君もなかなかの情報通のようだね」
「お互い様ですよ」
お互いの社交的な作り笑いが交錯する。決してやりづらい相手というわけではないが、ついついこういう表情になってしまう。
「そういえば胴丸さん。鞍橋を見ませんでしたか?」
ホール周辺には黎一、胴丸、兜、蜜花の四人だけ。数分前から月彦の姿が見えない。これまでは問題も起こさず、律儀に見張り役もこなしていたが、だからといって信頼なんて出来るはずがない。
「いや、私は見ていないが」
「そうですか。散歩ですかね」
単なる散歩なら問題はない。問題なのは、相手が散歩感覚で人を殺せる狂人だということだ。
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