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第16話 黄昏の呼び声
「一方的に質問するだけじゃ不公平なので、私も秘密を教えます」
「スリーサイズでも教えてくるのか?」
「茶化さないでくださいよ。聞かれれば答えますけど」
玲於奈は飲料水のボトルを床に置き、一呼吸置いて語り始める。
「黎一さんは、『黄昏の呼び声』という名のテロ組織を知っていますか」
「日本国内で政府機関への攻撃や要人暗殺を行っている、正体不明のテロリスト集団だろ」
テロ組織『黄昏の呼び声』。これまでに犯行声明を出したことは一度も無いため、主義思想の一切が不明。リーダーの素性や組織構成なども未だに明らかになっておらず、謎に包まれた過激派組織である。直近では、防衛相所属の役人を狙った暗殺事件が記憶に新しい。
「私は、『黄昏の呼び声』のリーダーの娘です」
「……じゃあ、戦闘訓練はそこで?」
「はい。父に教え込まれました」
テロリストの娘という素性は流石に予想外ではあったが、それでも黎一には大きな動揺は見られなかった。殺し屋や傭兵、殺人鬼に至るまで、この島には特殊な人間が多すぎる。今更、玲於奈の素性ごときで驚きはしない。
「玲於奈は、人を殺したことは?」
「……まだありません」
その言葉は正直意外だった。「まだ」という、予定を感じさせる表現も意味深だ。
「その割に、ゾンビには平然と立ち向かえていたようだが」
「生きた人間を殺したことはありませんが、死体を撃ったことはあるんです」
「どういうことだ?」
「父の指導です。いざ実戦で生きた人間を殺すのを躊躇わないように、まずは人の形をした物を撃てるようになりなさいと。そして父は、どこかからか死体を入手し原型が無くなるまで私に撃たせ続けました。それを何度繰り返したか、もう覚えていません」
「スパルタの域は越えているな」
殺し屋である黎一もあまり偉そうなことは言えないが、それでも生きた人間を撃てるように死体で慣れさせるというのは、かなりクレイジーな発想だと言わざる負えない。免疫の付け方としてはあまりにも過激だ。
「そういった経験があるので、動く死体であるゾンビを攻撃することにはあまり抵抗がありません……まさかこんな形で、父の指導が生きてくるとは思いませんでしたが」
遠くを見るような玲於奈の表情は、どこか寂しそうだった。生まれや運命を呪っているのだろうか? その視線の先には、今となってはあり得ない、平凡な女性としての人生像が広がっているのかもしれない。
「玲於奈は人を殺したくないんだな」
玲於奈の本質を見抜いていたからこそ、父親も死体で殺しに慣れさせるなどという荒療治に及んだのかもしれない。彼女の心から優しさを排するために。
「……父は、私は非情な戦士にするつもりだったようですが、私は私です。テロリストの娘に生まれついてしまいましたが、私自身は決して父と思想を共有しているわけではありません。私は、テロリストになんかなりたくない……」
涙こそ見せないが、玲於奈の声は微かに震えていた。いつか一線を越えてしまうかもしれないことを恐れているかもしれない。テロリストの娘として戦闘訓練を受けて来た身。その日は決して遠くはないはずだ。だからこそ、「まだ」殺したことがない。
「玲於奈」
玲於奈の葛藤に寄りそうにように、黎一は玲於奈の肩を優しく抱き寄せた。
「……皮肉なものです。父から逃れたいと思っていた私が、この島に連れて来られるなんて」
「帰りたくないってことか?」
「流石にこの島に残るのはごめんですが、無事に日本に戻れたなら、父の支配から逃れる努力をしようと思います」
「可能なのか?」
「全力は尽くします。ゾンビのいる島から脱出することが出来たなら、きっと何だって出来ますから」
「違いない。これだけ劇的な経験なんて人生でそう起こるものじゃないな」
一本取られた気分で鋭司は破顔一笑した。確かにテロリストの父親よりも、集団で襲いかかるゾンビの方がよっぽど恐ろしいだろう。この島を出られたなら何でも出来るような気がする。その言葉に黎一も感銘を覚えた。
「もしもお前の意志に反して、父親の支配を逃れることが難しいのなら、その時は俺を頼れ」
「黎一さん……」
「お前が依頼するのなら、俺はいつだってお前の父親を殺してやるよ」
「……」
玲於奈は無言で黎一の横顔をみることしか出来なかった。
いくら支配から逃れたい相手だからとはいえ、二つ返事で実の父親を殺してくれだなんて彼女も言えないだろう。それは当然のことだと黎一も理解している。だから返事なんていらない。
「例えばの話だ。まずは生きてこの島から出ないとな」
「そうですね。生還したらシャワーを浴びて、美味しいものをたくさん食べないと」
この島を脱出しなければ何も始まらない。少なくとも、この島でゾンビの仲間入りをするような最期だけはお互いに願い下げだ。いずれ土に還る命とはいえ、それは今ではない。
「もうすぐ交替の時間だ。玲於奈も一度下に戻ったらどうだ」
「そうします。黎一さん、秘密を教えてくださりありがとうございます」
「お互い様だ。休息は十分に取れよ。明日が正念場だからな」
黎一の気遣いの言葉にお辞儀を返し、玲於奈は下の階へと戻っていった。
「依頼しろなんて持ち掛けたのは、そういえば初めてだな」
基本的に黎一は来た依頼を受けるだけであり、自ら売り込みをかけるような真似はしない。玲於奈にあんな提案を持ち掛けたのがどういう心境の変化だったのか、黎一自身にもよく分からない。自分のことだからこそ、よく分からない。
自身の感情の変化に困惑しているが、玲於奈が言ったようにまずはこの島を脱出しなければ、そういった感情の変化も含め、全てが水泡に帰してしまう。そして、島を出る前に達成しなければいけない使命も一つ残されている。
「そろそろ、あの依頼を片付けないといけないな」
殺し屋としての役目を果たさなければならない。誰にも相談はしないし助力も求めない。これは綿上黎一だけの問題だ。
「綺麗な月だな」
自然豊かな島で見る月は、都会よりも随分と大きく見えた。
「今夜は一足早いブラッドムーンだ」
ゾンビ島の夜が、静かに更けていく。
「スリーサイズでも教えてくるのか?」
「茶化さないでくださいよ。聞かれれば答えますけど」
玲於奈は飲料水のボトルを床に置き、一呼吸置いて語り始める。
「黎一さんは、『黄昏の呼び声』という名のテロ組織を知っていますか」
「日本国内で政府機関への攻撃や要人暗殺を行っている、正体不明のテロリスト集団だろ」
テロ組織『黄昏の呼び声』。これまでに犯行声明を出したことは一度も無いため、主義思想の一切が不明。リーダーの素性や組織構成なども未だに明らかになっておらず、謎に包まれた過激派組織である。直近では、防衛相所属の役人を狙った暗殺事件が記憶に新しい。
「私は、『黄昏の呼び声』のリーダーの娘です」
「……じゃあ、戦闘訓練はそこで?」
「はい。父に教え込まれました」
テロリストの娘という素性は流石に予想外ではあったが、それでも黎一には大きな動揺は見られなかった。殺し屋や傭兵、殺人鬼に至るまで、この島には特殊な人間が多すぎる。今更、玲於奈の素性ごときで驚きはしない。
「玲於奈は、人を殺したことは?」
「……まだありません」
その言葉は正直意外だった。「まだ」という、予定を感じさせる表現も意味深だ。
「その割に、ゾンビには平然と立ち向かえていたようだが」
「生きた人間を殺したことはありませんが、死体を撃ったことはあるんです」
「どういうことだ?」
「父の指導です。いざ実戦で生きた人間を殺すのを躊躇わないように、まずは人の形をした物を撃てるようになりなさいと。そして父は、どこかからか死体を入手し原型が無くなるまで私に撃たせ続けました。それを何度繰り返したか、もう覚えていません」
「スパルタの域は越えているな」
殺し屋である黎一もあまり偉そうなことは言えないが、それでも生きた人間を撃てるように死体で慣れさせるというのは、かなりクレイジーな発想だと言わざる負えない。免疫の付け方としてはあまりにも過激だ。
「そういった経験があるので、動く死体であるゾンビを攻撃することにはあまり抵抗がありません……まさかこんな形で、父の指導が生きてくるとは思いませんでしたが」
遠くを見るような玲於奈の表情は、どこか寂しそうだった。生まれや運命を呪っているのだろうか? その視線の先には、今となってはあり得ない、平凡な女性としての人生像が広がっているのかもしれない。
「玲於奈は人を殺したくないんだな」
玲於奈の本質を見抜いていたからこそ、父親も死体で殺しに慣れさせるなどという荒療治に及んだのかもしれない。彼女の心から優しさを排するために。
「……父は、私は非情な戦士にするつもりだったようですが、私は私です。テロリストの娘に生まれついてしまいましたが、私自身は決して父と思想を共有しているわけではありません。私は、テロリストになんかなりたくない……」
涙こそ見せないが、玲於奈の声は微かに震えていた。いつか一線を越えてしまうかもしれないことを恐れているかもしれない。テロリストの娘として戦闘訓練を受けて来た身。その日は決して遠くはないはずだ。だからこそ、「まだ」殺したことがない。
「玲於奈」
玲於奈の葛藤に寄りそうにように、黎一は玲於奈の肩を優しく抱き寄せた。
「……皮肉なものです。父から逃れたいと思っていた私が、この島に連れて来られるなんて」
「帰りたくないってことか?」
「流石にこの島に残るのはごめんですが、無事に日本に戻れたなら、父の支配から逃れる努力をしようと思います」
「可能なのか?」
「全力は尽くします。ゾンビのいる島から脱出することが出来たなら、きっと何だって出来ますから」
「違いない。これだけ劇的な経験なんて人生でそう起こるものじゃないな」
一本取られた気分で鋭司は破顔一笑した。確かにテロリストの父親よりも、集団で襲いかかるゾンビの方がよっぽど恐ろしいだろう。この島を出られたなら何でも出来るような気がする。その言葉に黎一も感銘を覚えた。
「もしもお前の意志に反して、父親の支配を逃れることが難しいのなら、その時は俺を頼れ」
「黎一さん……」
「お前が依頼するのなら、俺はいつだってお前の父親を殺してやるよ」
「……」
玲於奈は無言で黎一の横顔をみることしか出来なかった。
いくら支配から逃れたい相手だからとはいえ、二つ返事で実の父親を殺してくれだなんて彼女も言えないだろう。それは当然のことだと黎一も理解している。だから返事なんていらない。
「例えばの話だ。まずは生きてこの島から出ないとな」
「そうですね。生還したらシャワーを浴びて、美味しいものをたくさん食べないと」
この島を脱出しなければ何も始まらない。少なくとも、この島でゾンビの仲間入りをするような最期だけはお互いに願い下げだ。いずれ土に還る命とはいえ、それは今ではない。
「もうすぐ交替の時間だ。玲於奈も一度下に戻ったらどうだ」
「そうします。黎一さん、秘密を教えてくださりありがとうございます」
「お互い様だ。休息は十分に取れよ。明日が正念場だからな」
黎一の気遣いの言葉にお辞儀を返し、玲於奈は下の階へと戻っていった。
「依頼しろなんて持ち掛けたのは、そういえば初めてだな」
基本的に黎一は来た依頼を受けるだけであり、自ら売り込みをかけるような真似はしない。玲於奈にあんな提案を持ち掛けたのがどういう心境の変化だったのか、黎一自身にもよく分からない。自分のことだからこそ、よく分からない。
自身の感情の変化に困惑しているが、玲於奈が言ったようにまずはこの島を脱出しなければ、そういった感情の変化も含め、全てが水泡に帰してしまう。そして、島を出る前に達成しなければいけない使命も一つ残されている。
「そろそろ、あの依頼を片付けないといけないな」
殺し屋としての役目を果たさなければならない。誰にも相談はしないし助力も求めない。これは綿上黎一だけの問題だ。
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