怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第15話 行き着く先は地獄の釜の底

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 ゲーム開始から十時間が経過。
 黎一は建物の屋上での見張り役を任され、アイテムボックスに入っていた携帯食料、飲料水、ライト等を持ち込み、周辺に気を配っていた。ライトは軍が使用するような光量の強いタイプであり、屋上から下方を照らしてやれば、かなりの範囲を視認することが出来る。

 幸いなことに、見張りを開始してからゾンビらしき影は一度も確認していない。ここへ来るまでの間にかなりの個体数を撃破したので、もしかしたら周辺にゾンビはあまり残っていないのかもしれない。

 見張りは二時間交代。見張り役以外の者はその間に休息を取ったり、武器の手入れをしたりなどして過ごす。アイテムボックスにはライトや食料の他に、寝袋や砥石なども入っていた。人数がいることもあり、この島に来てからこれだけゆっくりと休息を取れたのは初めてだ。

「お前にもずいぶんと世話になったな」

 黎一は先の激戦ですっかり歪んでしまったバールを見つめる。ゲーム開始から何度も命を救ってくれた相棒だが、そろそろお別れのようだ。形状が歪めば力が分散して破壊力が落ちる。使用できるのはせいぜいあと一、二回だろう。武器に愛着を持つことになるとは思っていなかったが、それも極限状態のサバイバルだからこそかもしれない。この環境下では武器はただの道具ではない。地獄から這い上がるための一筋の蜘蛛の糸だ。

「黎一さん。少しよろしいですか?」

 黎一しかいなかった屋上に玲於奈が顔を出した。何か緊急の報告でもあるのだろうかと一瞬身構えるが、彼女の穏やかな表情を見るにそういうわけではないらしい。どうやら個人的な用事でやってきたようだ。

「せっかくの穏やかな夜だ。休んでなくていいのか?」
「下はちょっと落ち着かなくて」
「ああ。なるほどね」

 苦笑する玲於奈の表情を見て黎一は全てを察した。見張り役の三人以外はアイテムボックスのあったホールで休息を取っているが、その中には玲於奈をナンパしていた蛭巻もいる。またしつこく声をかけられるなどして、ゆっくりと休めなかったのだろう。自身の休息もあるので、流石の蛭巻も見張り台である屋上までは追ってこなかったようだ。

「ホールには兜さんもいるだろう」
「兜さんはあれから無言で刃を研いでいまして、今はちょっと近寄りがたい雰囲気なんです」
「稲城威志男の存在か」

 兜は旧知の稲城について、黎一たちに「気を付けろ」と忠告までしている。何かしらの因縁が存在しているのは間違いない。ゾンビだらけの島でも動揺せずに圧倒的安定感を誇っていた兜の思考を乱す存在。稲城はゾンビ以上に危険かもしれない。

「そういうことなので、しばらくここにいさせてください。見張りの邪魔はしませんから」
「俺は別に構わないよ。何なら隣でゆっくり睡眠を取ってもいい」
「流石にそんな失礼な真似はしませんよ」

 そう言うと、玲於奈は黎一の隣へと腰を落ち着けた。

「クッキーでも食べませんか?」
「サンキュー」

 黎一は玲於奈から市販品のクッキーを一枚受け取り、口へと運ぶ。クッキーは玲於奈が最初から所持していた私物だが、単体では口から水分を奪われるため、今までは手をつけていなかった。アイテムボックスで飲料水を手に入れたので、ようやく口にすることが出来る。

「普段よりも美味く感じる」
「魅力的な女の子が隣にいるからじゃないですか?」
「言うね」
「冗談ですよ。サバイバル下で味覚が研ぎ澄まされている感じがしますね」

 都会から遠く離れた離島だからこそ、既製品の菓子の味がいつもよりも美味しく感じられる気がした。もちろん、誰と一緒に食べるかも味の大事な決め手の一つには違いない。

「周辺はどんな様子ですか?」
「驚くほど静かで、獣一匹いやしない。見張る側としては楽だが、正直不気味だな」
「何事も起こらなければいいですが」
「まったくだ。ハロウィンナイトにはまだ時期が早い」
「実害がありますし、どちらかというと百鬼夜行ひゃっきやこうでは?」
「確かに。藤原常行ふじわらのときつらもびっくりだろうな」

 月明かりに照らされながら、二人は飲料水で喉を潤す。

「黎一さん、一つ質問してもいいですか?」
「どうした。藪から棒に」

 会話を交わしながらも、黎一は監視の目を休めない。意識は玲於奈と周辺警戒の両方にちゃんと向いている。

「あなたは何者ですか?」

 暗黙の了解のように、これまではお互いに踏み込んでこなかった質問。玲於奈はホールに居づらいから屋上に来たと言っていたが、それは建前で、黎一と一対一で話すことが本当の目的だったのかもしれない。

「……すみません。変なことを聞いてしまいました。気にしないでください」
「殺し屋だ」
「えっ?」

 玲於奈の顔は見ず、黎一は淡々と事実を口にした。口籠るでもなく、だからといって雄弁でもない。独特な緊張感があった。

「驚いたか?」
「いえ、どこか納得しました。少なくとも戦闘能力という意味では」

 これまでの活躍から、平凡な大学生でないことは明白だった。黎一が死に近い場所で生きている人間だということは、玲於奈も感覚的に理解していた。

「どうして殺しの仕事を?」

 踏み込んだ質問なのは承知の上で、玲於奈は溢れ出す好奇心を抑えきれなかった。この数時間共に行動してみて、綿上黎一という人間が、金銭目的や、ましてや恣意的に殺人を犯すような人間にはとても思えなかったから。

「悪人を許せなかったから」

 淡々としながら、声には体温が籠っているような気がした。

「俺が殺すのは悪人だけだ。主な依頼人は被害者遺族。言い換えるならこれは復讐の代行業でもある」
「まるで正義の味方ですね」
「……正義の味方なんかじゃない。悪人同士が喰らい合っているだけさ。この手を血で染めた時点で俺も同罪。行きつく先は地獄の窯の底さ」

 黎一は自虐的に嗤う。始まりは個人的な復讐だった。大切な人の命を奪った殺人者を何年もかけて追い詰め、最後は自らの手で引導を渡した。黎一の殺しはそれが最初で最後になるはずだったが、たまたまその場に居合わせた現在の上司に殺しの才能を見出され、黎一は復讐専門の殺し屋としてスカウトされた。

『どうせ一度血で染まった手なら、とことん真っ赤にしてみるのも面白いんじゃないかな? どうせ地獄に落ちるなら、クズをたくさん道連れにした方が世のため人のためだよ』

 教師のような穏やかな口調で、現在の上司である女性が言った言葉を、黎一は今でも鮮明に覚えている。これまでに殺してきた悪人の数は五十を超えている。終わりなど見えないが、最後に殺す悪人だけは決まっている。それは、さんざん手を血で染めて来た自分自身だ。地獄への殿しんがりを務める。それが黎一の目指す果てだ。

「やりかけている仕事もある。こんな島でゾンビなんかに殺されるつもりはない。ここで死んだら俺は、殺し屋としての本分を全うできぬ半端者だ」

 黎一の言葉に確かな覚悟が感じ取れた。死に様を決めているからこそ、こんなところで死んでいられない。彼が生きることを諦めるとしたら、それは本当に死んでしまった時だけだ。
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