怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第14話 八人目

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「兜とまたこうやって肩を並べて行軍することになるとはな。俺は嬉しいよ」
「行軍というのなら、沈黙が金だ」

 稲城と兜を先頭に、七人はアイテムが設置された旧日本軍の施設だという三階建ての建物へと足を踏み入れた。どこかで監視しているのだろう。七人全員が建物内へと立ち入った瞬間、全員のタブレット端末上に鮫のキャラクターが登場し、不快な機械音声で語り始めた。

『皆様お疲れ様です。七名もの参加者がこの施設まで辿り付けたことを、私は大変嬉しく思います』

 代表して玲於奈が端末を手に取り、他六名はそれを覗き込むようにして情報を確認する。

『大変残念なことですが、この施設へと向かう途中で犠牲となってしまった方々もおられるようです。犠牲となられたのは、目釘めくぎ直八なおや様。こじり綾芽あやめ様の二名でございます』

 さらに二名が脱落。全十七名中、残る参加者はここにいる者を含めて十名となった。

『施設に辿り着いた皆様のために、この施設についての簡単なご説明をさせていただきます。前回もお話ししたように、この建物は戦前に建造された旧日本軍の施設でございます。主に関係者用の宿舎として使われていたようですね。アイテムは三階のホールに設置してあります。見取り図を送信しますのでご確認を』
 
 一度画面が暗転し、建物の見取り図が画面上に表示される。シンプルなボックス型の建物は、現在いるエントランス部分が吹き抜けとなっており、全ての階からエントランスの様子が覗ける。各階の非常口から外へと伸びる階段なども存在しており、いざという時の避難経路には困らなそうだ。アイテムが設置されているという三階のホール部分は、親切に赤い矢印で示されている。
 
『私からは以上です。それでは皆様、念願の救済アイテムをその手に――」

 鮫のキャラクターの音声が突如として止まる。何事かと全員が画面を凝視するが、数秒経って再び音声が流れた。

『皆様。どうやら八人目が到着されたようです』

 その音声は玲於奈の端末からだけではなく一行の後方からも聞こえた。全員が振り返るとそこには、タブレット端末を手にし、グレーのスーツとノンフレームの眼鏡を身に着けた、オールバックの男性の姿があった。手には鮫マークがついた長い布袋を所持している。かなりリーチのある得物を使うようだ。

胴丸どうまる甲士郎こうしろうと申します。以後お見知りおきを」

 眼鏡の男、胴丸は、人の良さそうな笑みを浮かべて一礼した。

 胴丸を加えた一行は、アイテムがあるという三階のホールへ向けて階段を上っていく。
 今のところは建物の内部や周辺にゾンビの気配はないが、念のため入り口付近には、黎一の持参していたテグスなどを使いトラップを仕掛けておいた。これで侵入者が現れても奇襲をかけられる心配はない。

「玲於奈ちゃんってほんとに可愛いね。めちゃくちゃ俺のタイプなんだけど」
「それはどうも」

 三階へ続く階段を上りながら、長髪の青年、蛭巻惣吾がしきりに玲於奈にアプローチをかける。玲於奈は蛭巻の好みにドンピシャだったが、彼の熱量と反比例して玲於奈の反応は素っ気ない。思慮深い性格の玲於奈にとって、軽薄な印象の蛭巻は最も対極にある存在だった。

「この島を無事に出られたらデートしようよ。どこでも好きなところに連れて行ってあげるからさ。俺、こう見えてもけっこうなお金持ちよ」
「結構です」

 強めの口調で玲於奈が断る。ここまで露骨な態度も珍しく、内心では相当イラついていそうだ。

「俺ってそんなに魅力無い? 女の子にはモテモテの人生だったと自負してるんだけどな」
「私を口説きたかったら、この人くらいは魅力的になってください」

 そう言って玲於奈は、近くを歩いていた黎一の腕をわざとらしく取った。黎一は突然のことに苦笑していたが、減るものじゃないし、ナンパを断る口実くらいにはなってやってもいいかと思い直し、否定するような真似はしなかった。

「おいおいおい。二人ってそういう仲?」
「ご想像におまかせします」

 すっきりしたと言わんばかりに、玲於奈は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
 気まずいので、黎一は蛭巻とは一度も視線を合わせなかった。後でネチネチと粘着されなければいいなと祈るばかりだ。

「ここまで到達するくらいだからどんな怪物揃いかと思えば、若い方も多いのですね」

 最後尾を歩いていた胴丸が、一つ前を歩いている月彦に話しかける。

「僕も驚きましたよ。同年代の子が多くて、学校行事みたいで楽しいです」

 月彦は意外にも素直に会話に応じたが、、次の瞬間には意地の悪い質問を胴丸へと投げかける。

「胴丸さんだっけ? あなたも怪物?」
「君ほどじゃないさ」

 二人の口角が同時に吊り上がった。

「開けるぞ」

 先頭を歩く兜と稲城が両開きを扉を押し開け武器を構えたが、ホール内にもゾンビの姿は無かった。武器を下ろして警戒を解く。

「ボックスが、十七個ですか」

 玲於奈はホール内に設置されている、クーラーボックスサイズの銀色の箱の個数を数え、不快感に顔を歪ませた。十七個ということは参加者の人数と同じ。アイテムの入ったボックスは始めから人数分用意されていたのだ。

 全員が辿り着くことはほぼ不可能。ましてや参加者の一人はデモンストレーションで早々に脱落させられている。
 それを承知で人数分を用意しているということは、運営側が意図して、余剰分を巡って参加者同士でいざこざを起こさせようとしている気がしてならない。

「ここには八人いますけど、どうやって分けます?」

 玲於奈の危惧した通り、蛭巻から早速そんな発言が飛び出した。この状況で内訳の話しを持ち出す神経を玲於奈は疑う。

「俺と綿上と玲於奈ちゃんは一個ずつでいい。後は他のみんなで適当に分けてくれ」

 余計な衝突を避けるために、兜が最低限の個数だけを求めた。まったくの同意見だったので、黎一と玲於奈もそれに頷く。

「僕も一つでいいや」
「私もだ。溜め込んだところであの世には持ち越せないからな」

 月彦と胴丸も欲張らず、最低限の個数を求めた。争いを避けたいのか、別の思惑があるのか。この時点では判断がつかない。

「みんな控えだな。じゃあ俺は遠慮なく多めに」
「蛭巻」
「ひっ! すみません。一個でいいです」

 稲城が凄みのある表情で蛭巻の名を呼んだ。それだけで蛭巻は委縮し、すぐさま発言を取り消した。主従関係は明らかのようだ。

「無用な争いは避けたい。とりあえずは一人一個ということにしておかないか? 残りに関しては、ここを離れる際に均等に分配するなりして、なるべく公平になるように努めよう」
「そうね。威志男さんの言う通りだわ」

 常に稲城に寄り添っている蜜花がすぐさま肯定した。
 争いを避けるという点では黎一らの考えとも一致するので、全員が素直にその提案を受け入れた。

「らしくないじゃないか稲城。ずいぶんと大人になったもんだ」

 提案は受け入れながら、兜の視線は刺すように鋭い。暴君という表現がピッタリな、過去の稲城を知るが故に皮肉も言いたくなる。

「人は変わるもんだぜ。俺は生まれ変わったんだよ。そのことはお前が一番よく知っているだろう」
「……」

 兜は何も言い返さなかった。思い当たる節はあるが、それは改心とはベクトルの異なる話だ。

「せっかく人数が揃っているんだ。交替で見張りと休息を行って夜をやり過ごすべきだと提案するが、お前らはどうする?」

 続けざまに稲城が提案した。その案自体はこの場にいた者のほとんど(恋口蜜花と蛭巻惣吾を除く)が考えていたことだった。たまたま口にしたのが稲城だったというだけだ。

「いいだろう。こちらとしてもデメリットはない」

 稲城の存在は気がかりではあるが、交替で休息を取れる機会は重要だ。提案自体は兜も受け入れた。反対意見は出ず。今晩は交替で見張りを行いつつ休息を取るという流れで意見はまとまった。

「最初の見張りを決めよう。発案者の俺も名乗りを上げておくが、建物の形状を考えればあと二人は欲しい。立候補者はいるか?」
「それでは私が」

 真っ先に名乗りを上げたのは胴丸だった。今後の風当たりもあるので、新参者として役割は積極的にこなしておこうと考えていた。

「じゃあ俺も――」
「いや、俺が先に」

 兜が挙手しようとするのを黎一が制した。

「しかし綿上」
「兜さんには世話になりっぱなしですから、今ぐらいは俺が」
「分かった。お言葉に甘えて今回は休ませてもらう」

 交替制でどうせ全員に役割は回って来るのだ。兜もここはあっさりと引いた。稲城に目を光らせておきたかったが、一挙手一投足を常時監視することは出来ないし、何かが起きても黎一なら冷静に対処してくれるだろう。

「綿上黎一くんだったね。改めまして胴丸甲士郎です。どうぞよろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いします」

 胴丸が握手を求め、黎一は快く応じた。
 
 ――この人、堅気じゃないな。
 ――この気配。彼も私と同じく裏の人間のようだな。

 考えていることは、二人とも一緒だった。

 モニタールームには胴丸に関する資料も置かれていた。

 胴丸甲士郎。三十二歳。
 表向きは健全なコンサルティング会社の社長として通っているが、裏では裏社会の金庫番として暗躍している。高学歴のインテリだが、優秀過ぎるが故に組織の内外に多くの敵を持つ。頭脳派でありながら戦闘能力も並外れており、自身を狙うヒットマンからの襲撃を、護衛もつけずに単独で全て退けるなど、武闘派としての一面も持っている。

 頭脳と戦闘能力を持つ新たな怪物の参戦。
 同時に、ゾンビが蠢くこの島には、本格的な夜が訪れようとしていた。
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