怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第18話 白い死神

「もうこんな時間か」

 屋上で見張りに就いていた玲於奈は、スマホで時間を確認していた。ゲームの終了まで残り約九時間。それまで生き残れば迎えの船がやってくる。正直、このゲームをしかけた組織が素直に迎えを寄越してくれるかは分からない。それでも、自力で脱出する方法が皆無な以上、その言葉を信じて時間いっぱい生き残るしかない。

「……絶対に帰るんだ」

 改めて自分に強くそう言い聞かせる。こんなところで終わるつもりはない。
 
「やっほー。玲於奈ちゃん」

 感傷的な気分をぶち壊すかのように、陽気な声が屋上に響く。顔を見るまでもない。やってきたのは蛭巻のようだ。

「何の用ですか蛭巻さん。今の時間はあなたも見張り番でしょう?」

 いくらこの数時間周辺に目立った動きが無いからとはいえ、持ち場を放棄してここまでやってきた蛭巻の神経を玲於奈は疑う。命懸けのサバイバルをしているという緊張感が、この男には存在していないのだろうか?

「俺にとっては見張り番よりも、玲於奈ちゃんとお話しする時間の方が大切なの」
「私には不要な時間です。他人への迷惑は考えないんですか?」

 あまりにも自分勝手な蛭巻の言い分に、穏便に済ませようとしていた玲於奈の語気も自然と強まる。これまでの積み重ねもある。

「考えたことないな。俺って自分の欲望に忠実なタイプだし。一度きりの人生だし、好きなことをして生きないと損でしょ」

 真向から非難されてもなお、蛭巻はへらへらと笑うばかりで反省の態度を見せない。正直、見ているだけでイライラするような顔だった。

「早く持ち場に戻ってください」

 それだけ告げると、玲於奈は視線を蛭巻から逸らし、再び周辺警戒へと意識を配る。今後は蛭巻に何を言われても無視で通すつもりだ。相手にされないと分かれば、蛭巻だって飽きてそのうち諦めるだろう。

「玲於奈ちゃん。もしかして怒っちゃった?」
「……」
「ごめんごめん。玲於奈ちゃんまじで可愛いからさ」
「……」
「ああ、嫌われちゃったか」

 蛭巻が大きく溜息をついた。流石に諦めたのだろうと思い、玲於奈が内心ほっとしていると、

「しょうがない。いつもの手段でいくか」
「えっ?」

 蛭巻の声色が変わったと感じた瞬間、玲於奈は蛭巻に右腕を掴まれた。蛭巻の顔にこれまでのようなにやけ面を浮かんでいない。釣り上げられた口角と黒く淀んだ瞳から発せられるのは、女の体を弄ぼうとする嗜虐的な感情だった。

「な、何をするんですか?」
「言ったでしょ。俺、欲望に忠実なタイプだって。だからさ、可愛い子を見ると、ついやりたくなっちゃうんだよね」
「こんな時に何言って」
「こんな時だからこそだろ。いつ死ぬかも分からない状況なんだ。楽しめる時に楽しまないと」
「嫌に決まってるじゃないですか!」
「君の意見は聞いていない。俺がやりたいんだよ」

 舌なめずりするその姿は、人というよりも本能に忠実な獣のようだ。蛭巻の素性を玲於奈は知らないが、その迷いの無さから常習犯であることは明白だった。

「離して!」
「いいね。抵抗された方がこっちもそそる」

 蛭巻が強い力で玲於奈を押し倒す。玲於奈は必至に手足を動かし抵抗するが、蛭巻の力は思いのほか強く、振り解くことは出来なかった。

「玲於奈ちゃんけっこう強そうだから、動きは封じさせてもらうね」

 蛭巻は懐から手錠を取り出し、チェーンを屋上のフェンスに通して玲於奈の両腕を拘束。その動きを完全に封じ込める。手錠の扱いも慣れたもので、蛭巻にとってはいつも手口だった。

「どこでこんなものを」
「島に来た時点で所持してた私物だよ。いつでも女の子を襲えるように持ち歩いてるんだ」
「ケダモノ!」
「自覚してるよ。だけど俺は選ばれしものだから決して捕まることはない」

 満面の笑みを浮かべる蛭巻の姿は狂人のそれだった。大物政治家の孫という権威を傘に、蛭巻惣吾という怪物は増長を続けてきた。理性のネジなど、最初の犯行に及んだ時点で紛失している。
 
「手錠を外しなさい!」
「事が済んだら外してあげるよ。元気が残っていればだけど」
「ふざけるな!」

 玲於奈は必至に体を揺するが、柵に通された手錠はビクともしない。

「抵抗なんてしちゃってるけど、五十鈴ちゃんも本当はやりたいんじゃないの? こんな挑発的な恰好でさ」
「やめっ――」

 蛭巻は玲於奈のティーシャツをゆっくりと捲り上げ、へそ周りが露わになる。きめ細やかな美しい肌に、女性の裸を見慣れているはずの蛭巻も、興奮気味に見入っている。

「玲於奈ちゃん。下着つけてないでしょ? おっぱいの形とか丸わかりでさ、ずっとムラムラしてたんだよ」
 
 下卑た笑みを浮かべ、蛭巻は玲於奈のティーシャツを捲り上げようと力を込めた。

「やめてください!」

 玲於奈が目を伏せて懇願した瞬間、刃物が肉に食い込むような鈍い音が屋上に響いた。

「あぐっ!」

 蛭巻から短い悲鳴が漏れる。何事かと思い玲於奈が目をあけると、蛭巻の肩口から滴り落ちる血液が頬に落ちてきた。
 
「駄目だよ。その子に手を出しちゃ」

 蛭巻の後ろに佇む男が、鉈を片手に冷笑を浮かべていた。

「あなたは……鞍橋月彦」
「大丈夫だったかい。玲於奈さん。ごめんね、救世主が綿上くんじゃなくて」

 確かに状況だけ見れば月彦は救世主だが、殺人鬼であるこの男の出現を素直に喜ぶことは出来なかった。この男に限って、襲われそうになっている女性を正義感で救った、などということは有り得ないだろう。

「痛えじゃないか……何しやがるんだ」

 肩口の傷を抑えながら、蛭巻が月彦を睨み付ける。鉈の一撃は浅く、出血量はそれ程でもなかったので、蛭巻はまだまだ威勢がいい。

「蛭巻くんだっけ? 抜け駆けは良くないよ」
「何だよ。仲間に入れてほしいのか?」
「別に。僕は女の子にエッチなことをする趣味は無いからね」
「だったら邪魔するな! 俺は蛭巻衛門の――」

 祖父の権威をひけらかそうとした瞬間、蛭巻の喉が真一文字に裂けた。溢れ出る鮮血、声にならない絶叫。無意識に傷口を押さえようとした両手が真っ赤に染まり、その隙間から絶え間なく赤色が漏れ出てくる。

「ううああ――」

 上手く発声することの出来ない蛭巻のぐぐもった声は、まるで島に蔓延るゾンビ達のようであった。

「邪魔なのは君の方だよ。彼女は僕の玩具だ」
「ああ――」

 狂気に満ちた目で淡々と告げると、月彦はすでに虫の息である蛭巻の身体をフェンスごと蹴り飛ばし、屋上から放り出した。
 数秒の後、地面へと肉体が衝突し、フェンスごとひしゃげる音が屋上にも届く。未だ拘束状態にある玲於奈はその音に表情を歪めることしか出来なかった。

「これで邪魔者はいなくなった」

 鉈を片手に悠然と歩く月彦は目深に被ったフード姿もあり、まるで死神を擬人化したかのようだった。白骨のイメージが強い死神は本来、白色の面積の方が多い。
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