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第19話 殺す者の目
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「……私をどうするつもり?」
「安心しなよ。エッチなことは何もしないから。ただし」
玲於奈の身体に馬乗りとなり、月彦は懐から狩猟用ナイフを取り出し、月光が反射される。昼間に殺害した四方手嘉音の遺体から拝借したものだ。狩猟用ナイフは獣の解体にも使われるもので、切れ味が非常に鋭い。
「僕は人間を生きたまま解体するのが大好きでね。君がどんな声で鳴いてくれるのか、今からとても楽しみだ」
「あなたの武器は鉈だけじゃ……」
「ちょっとした戦利品だよ」
ナイフの刃先が玲於奈の右頬を撫で、赤い線が引かれた。鮮血が汗と混じりあって滴り落ちる。
「狂ってる」
「狂っている方が人生は楽しいよ。さっきの彼然りね」
玲於奈の美しい顔の皮を生きたまま剥がしてやろうと思い、月彦はナイフを逆手に持ち替える。蛭巻の時とは違い、助けを求める心の余裕すら玲於奈は持つことが出来なかった。蛭巻は確かに犯罪者だったが、今目の前にいる鞍橋月彦の存在は犯罪者である以上に、人の形とした死の概念そのものに見えた。
刃が振り下ろされた瞬間、玲於奈は迫りくる激痛に備え、目を閉じて歯を食いしばった。
しかし、いくら待とうとも凶刃は玲於奈の肌には届かない。恐る恐る玲於奈が瞼を上げると、そこにはナイフを握る月彦の腕を取る男性の右手が見えた。
「黎一さん!」
真の救世主の名を玲於奈は叫ぶ。彼が来てくれたことはとても心強かった。しかしその表情は、見慣れた黎一のものとは明らかに異なっていた。その目は動く死体を壊す者の目ではない。生きた人間を殺す者の目だ。
「鞍橋月彦。こんな島にいても、凶暴性はそのままか」
「今度の邪魔者は君か。君のことは気に入ってるけど、僕と彼女の邪魔をするような容赦なく殺すよ?」
「上等だ。俺もお前を殺すために来た」
「良い目をしてるじゃないか」
手を振り払った月彦は、黎一の殺意に満ち溢れた双眸を見て感嘆の声を漏らした。
てっきり玲於奈を助けるために正義感で駆けつけたものだとばかり思っていたが、今の黎一の表情は、仲間を助けにきた正義の味方のそれではない。獲物の首を刈るために、殺意を纏った冷血なハンターのそれだ。
「君は何者だ?」
数時間前に玲於奈が発したセリフを、同じ場所で今度は月彦が発した。
「殺し屋だ。この島に来る以前から、お前を殺してほしいという依頼を受けていてな。それがまさか、同じ島に連れてこられているとは」
殺しのターゲットが目の前にいる以上、殺し屋としてやることは決まっていた。月彦と遭遇した直後はゾンビの群れとの激闘で疲弊したため、リスクを考えて体力が回復するまで時を待っていた。体力が戻った今ならやれる。
この島で月彦を出会えたことはある意味では幸運だった。警察からも逃げおおせた月彦の足取りを掴むことに黎一も苦慮していたが、本土で終ぞ見つけることが出来なかった標的が、今は逃げ場のない、島という名の牢に囚われている。狩る側としてこれほど好都合な状況はない。
「なるほど。ただ者ではないと思っていたけど、君は殺し屋だったのか。それも僕が標的だなんて、神様は面白いシナリオを用意してくれるものだ」
殺し屋と相対しても、月彦はまるで危機感を感じていないようだった。むしろ、初めて生で見る殺し屋の存在に興奮さえ覚えているようだ。
「覚悟はいいな? 鞍橋月彦」
「君のことは気に入っているけど、これからも大勢殺すためにも、降りかかる火の粉は払わないとね」
両者睨み合い、黎一はバールを、月彦は鉈をそれぞれ構えた。
「黎一さん」
拘束されたままの玲於奈には、戦いの行く末を見守ることしか出来なかった。勝敗が決した時、玲於奈の運命も決まる。
※※※
「準備は整ったかな?」
「はい。いつでも」
モニタールームでは、白衣の研究員たちが忙しなく動き回っている。
数時間襲撃が無いという状況に新たな風を吹き込むため、面繋はちょっとしたサプライズを用意していた。
現在参加者たちが集まっている建物、旧日本軍の施設には地下室が存在し、そこには数十体のゾンビを待機させてある。
ゾンビは全て身体能力に優れる新鮮なもの。身体能力に優れるゾンビが大量に襲い掛かって来るという状況は、参加者達も初めてのはずだ。安全だと思われた施設の地下から、突如として現れる強力なゾンビの群れ。参加者たちがそれにどう対処してみせるのか。その結果は貴重なデータとして今後の研究にも活かされる。
「地下室の解放にはあとどれくらいかかる?」
「十分以内には完了します」
「よろしい。では、ゾンビの投入は十分後とする」
面繋の指示を受けて総角が頷き、タイマーをセットした。
「はてさて。何人がこの夜を生き残るかな?」
面繋は愉悦の笑みを浮かべる。今回の実験において、この夜が間違いなく正念場となる。この窮地を生き延びたものには、あるいは勝利の女神が微笑んでくれるかもしれない。
「安心しなよ。エッチなことは何もしないから。ただし」
玲於奈の身体に馬乗りとなり、月彦は懐から狩猟用ナイフを取り出し、月光が反射される。昼間に殺害した四方手嘉音の遺体から拝借したものだ。狩猟用ナイフは獣の解体にも使われるもので、切れ味が非常に鋭い。
「僕は人間を生きたまま解体するのが大好きでね。君がどんな声で鳴いてくれるのか、今からとても楽しみだ」
「あなたの武器は鉈だけじゃ……」
「ちょっとした戦利品だよ」
ナイフの刃先が玲於奈の右頬を撫で、赤い線が引かれた。鮮血が汗と混じりあって滴り落ちる。
「狂ってる」
「狂っている方が人生は楽しいよ。さっきの彼然りね」
玲於奈の美しい顔の皮を生きたまま剥がしてやろうと思い、月彦はナイフを逆手に持ち替える。蛭巻の時とは違い、助けを求める心の余裕すら玲於奈は持つことが出来なかった。蛭巻は確かに犯罪者だったが、今目の前にいる鞍橋月彦の存在は犯罪者である以上に、人の形とした死の概念そのものに見えた。
刃が振り下ろされた瞬間、玲於奈は迫りくる激痛に備え、目を閉じて歯を食いしばった。
しかし、いくら待とうとも凶刃は玲於奈の肌には届かない。恐る恐る玲於奈が瞼を上げると、そこにはナイフを握る月彦の腕を取る男性の右手が見えた。
「黎一さん!」
真の救世主の名を玲於奈は叫ぶ。彼が来てくれたことはとても心強かった。しかしその表情は、見慣れた黎一のものとは明らかに異なっていた。その目は動く死体を壊す者の目ではない。生きた人間を殺す者の目だ。
「鞍橋月彦。こんな島にいても、凶暴性はそのままか」
「今度の邪魔者は君か。君のことは気に入ってるけど、僕と彼女の邪魔をするような容赦なく殺すよ?」
「上等だ。俺もお前を殺すために来た」
「良い目をしてるじゃないか」
手を振り払った月彦は、黎一の殺意に満ち溢れた双眸を見て感嘆の声を漏らした。
てっきり玲於奈を助けるために正義感で駆けつけたものだとばかり思っていたが、今の黎一の表情は、仲間を助けにきた正義の味方のそれではない。獲物の首を刈るために、殺意を纏った冷血なハンターのそれだ。
「君は何者だ?」
数時間前に玲於奈が発したセリフを、同じ場所で今度は月彦が発した。
「殺し屋だ。この島に来る以前から、お前を殺してほしいという依頼を受けていてな。それがまさか、同じ島に連れてこられているとは」
殺しのターゲットが目の前にいる以上、殺し屋としてやることは決まっていた。月彦と遭遇した直後はゾンビの群れとの激闘で疲弊したため、リスクを考えて体力が回復するまで時を待っていた。体力が戻った今ならやれる。
この島で月彦を出会えたことはある意味では幸運だった。警察からも逃げおおせた月彦の足取りを掴むことに黎一も苦慮していたが、本土で終ぞ見つけることが出来なかった標的が、今は逃げ場のない、島という名の牢に囚われている。狩る側としてこれほど好都合な状況はない。
「なるほど。ただ者ではないと思っていたけど、君は殺し屋だったのか。それも僕が標的だなんて、神様は面白いシナリオを用意してくれるものだ」
殺し屋と相対しても、月彦はまるで危機感を感じていないようだった。むしろ、初めて生で見る殺し屋の存在に興奮さえ覚えているようだ。
「覚悟はいいな? 鞍橋月彦」
「君のことは気に入っているけど、これからも大勢殺すためにも、降りかかる火の粉は払わないとね」
両者睨み合い、黎一はバールを、月彦は鉈をそれぞれ構えた。
「黎一さん」
拘束されたままの玲於奈には、戦いの行く末を見守ることしか出来なかった。勝敗が決した時、玲於奈の運命も決まる。
※※※
「準備は整ったかな?」
「はい。いつでも」
モニタールームでは、白衣の研究員たちが忙しなく動き回っている。
数時間襲撃が無いという状況に新たな風を吹き込むため、面繋はちょっとしたサプライズを用意していた。
現在参加者たちが集まっている建物、旧日本軍の施設には地下室が存在し、そこには数十体のゾンビを待機させてある。
ゾンビは全て身体能力に優れる新鮮なもの。身体能力に優れるゾンビが大量に襲い掛かって来るという状況は、参加者達も初めてのはずだ。安全だと思われた施設の地下から、突如として現れる強力なゾンビの群れ。参加者たちがそれにどう対処してみせるのか。その結果は貴重なデータとして今後の研究にも活かされる。
「地下室の解放にはあとどれくらいかかる?」
「十分以内には完了します」
「よろしい。では、ゾンビの投入は十分後とする」
面繋の指示を受けて総角が頷き、タイマーをセットした。
「はてさて。何人がこの夜を生き残るかな?」
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