怪物どもが蠢く島

湖城マコト

文字の大きさ
19 / 36

第19話 殺す者の目

「……私をどうするつもり?」
「安心しなよ。エッチなことは何もしないから。ただし」

 玲於奈の身体に馬乗りとなり、月彦は懐から狩猟用ナイフを取り出し、月光が反射される。昼間に殺害した四方手嘉音の遺体から拝借したものだ。狩猟用ナイフは獣の解体にも使われるもので、切れ味が非常に鋭い。

「僕は人間を生きたまま解体するのが大好きでね。君がどんな声で鳴いてくれるのか、今からとても楽しみだ」
「あなたの武器は鉈だけじゃ……」
「ちょっとした戦利品だよ」

 ナイフの刃先が玲於奈の右頬を撫で、赤い線が引かれた。鮮血が汗と混じりあって滴り落ちる。

「狂ってる」
「狂っている方が人生は楽しいよ。さっきの彼然りね」

 玲於奈の美しい顔の皮を生きたまま剥がしてやろうと思い、月彦はナイフを逆手に持ち替える。蛭巻の時とは違い、助けを求める心の余裕すら玲於奈は持つことが出来なかった。蛭巻は確かに犯罪者だったが、今目の前にいる鞍橋月彦の存在は犯罪者である以上に、人の形とした死の概念そのものに見えた。

 刃が振り下ろされた瞬間、玲於奈は迫りくる激痛に備え、目を閉じて歯を食いしばった。

 しかし、いくら待とうとも凶刃は玲於奈の肌には届かない。恐る恐る玲於奈が瞼を上げると、そこにはナイフを握る月彦の腕を取る男性の右手が見えた。

「黎一さん!」

 真の救世主の名を玲於奈は叫ぶ。彼が来てくれたことはとても心強かった。しかしその表情は、見慣れた黎一のものとは明らかに異なっていた。その目は動く死体を壊す者の目ではない。生きた人間を殺す者の目だ。

「鞍橋月彦。こんな島にいても、凶暴性はそのままか」
「今度の邪魔者は君か。君のことは気に入ってるけど、僕と彼女の邪魔をするような容赦なく殺すよ?」
「上等だ。俺もお前を殺すために来た」
「良い目をしてるじゃないか」

 手を振り払った月彦は、黎一の殺意に満ち溢れた双眸を見て感嘆の声を漏らした。
 てっきり玲於奈を助けるために正義感で駆けつけたものだとばかり思っていたが、今の黎一の表情は、仲間を助けにきた正義の味方のそれではない。獲物の首を刈るために、殺意を纏った冷血なハンターのそれだ。

「君は何者だ?」

 数時間前に玲於奈が発したセリフを、同じ場所で今度は月彦が発した。

「殺し屋だ。この島に来る以前から、お前を殺してほしいという依頼を受けていてな。それがまさか、同じ島に連れてこられているとは」

 殺しのターゲットが目の前にいる以上、殺し屋としてやることは決まっていた。月彦と遭遇した直後はゾンビの群れとの激闘で疲弊したため、リスクを考えて体力が回復するまで時を待っていた。体力が戻った今ならやれる。
 この島で月彦を出会えたことはある意味では幸運だった。警察からも逃げおおせた月彦の足取りを掴むことに黎一も苦慮していたが、本土で終ぞ見つけることが出来なかった標的が、今は逃げ場のない、島という名の牢に囚われている。狩る側としてこれほど好都合な状況はない。

「なるほど。ただ者ではないと思っていたけど、君は殺し屋だったのか。それも僕が標的だなんて、神様は面白いシナリオを用意してくれるものだ」

 殺し屋と相対しても、月彦はまるで危機感を感じていないようだった。むしろ、初めて生で見る殺し屋の存在に興奮さえ覚えているようだ。

「覚悟はいいな? 鞍橋月彦」
「君のことは気に入っているけど、これからも大勢殺すためにも、降りかかる火の粉は払わないとね」

 両者睨み合い、黎一はバールを、月彦は鉈をそれぞれ構えた。

「黎一さん」

 拘束されたままの玲於奈には、戦いの行く末を見守ることしか出来なかった。勝敗が決した時、玲於奈の運命も決まる。

 ※※※

「準備は整ったかな?」
「はい。いつでも」

 モニタールームでは、白衣の研究員たちが忙しなく動き回っている。
 数時間襲撃が無いという状況に新たな風を吹き込むため、面繋はちょっとしたサプライズを用意していた。
 現在参加者たちが集まっている建物、旧日本軍の施設には地下室が存在し、そこには数十体のゾンビを待機させてある。
 ゾンビは全て身体能力に優れる新鮮なもの。身体能力に優れるゾンビが大量に襲い掛かって来るという状況は、参加者達も初めてのはずだ。安全だと思われた施設の地下から、突如として現れる強力なゾンビの群れ。参加者たちがそれにどう対処してみせるのか。その結果は貴重なデータとして今後の研究にも活かされる。

「地下室の解放にはあとどれくらいかかる?」
「十分以内には完了します」
「よろしい。では、ゾンビの投入は十分後とする」

 面繋の指示を受けて総角が頷き、タイマーをセットした。

「はてさて。何人がこの夜を生き残るかな?」

 面繋は愉悦の笑みを浮かべる。今回の実験において、この夜が間違いなく正念場となる。この窮地を生き延びたものには、あるいは勝利の女神が微笑んでくれるかもしれない。
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉列島:ゾンビに沈む国

もちもちほっぺ
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ