50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第七章 森のざわめき

第145話 仲間たちの対立

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 賢者の住居に戻った夜、暖炉の火だけが静かに揺れていた。
 地下祭壇で見た光景と、長老たちの重い告白が、俺たちの間に言葉にできないほどの壁を作っていた。森の未来、大精霊の命、そして、あまりにも重すぎる選択の権利。そのすべてが、この部屋の空気を満たしていた。

 沈黙を破ったのはエルンだった。彼女は固く拳を握りしめ、その瞳には怒りと悲しみの色が混じっていた。

「……私たちはすぐに行動すべきです」

 その声はいつになく鋭かった。

「あの方を、あの大精霊様を、これ以上あの祭壇に縛り付けておくわけにはいきません。たとえ、この森の豊かさが失われることになったとしても、私は……あの気高い魂を解放すべきだと考えます」

 エルンの言葉は精霊と深く共感する彼女らしい、純粋な正義感から来ていた。だが、その正義は別の現実と衝突する。

「ですが、エルン。契約を即座に破棄すれば、この森の民の暮らしはどうなるのですか?」

 セリスが、静かだが強い意志を込めて反論した。

「この森の豊かな実りも、外敵を防ぐ結界の力も、すべてはあの契約の恩恵の上に成り立っています。それを突然失えば森は混乱し、多くの者が苦しむことになる。何か……何か、この恩恵を維持しながら、大精霊様の負担を和らげるような、そんな道はないのでしょうか」

 セリスの視点は、この森で生きる人々を守るという、戦士としての責任感に満ちていた。

 その二人の意見に、カズエルが冷静な、しかし厳しい言葉を差しはさむ。

「二人とも、少し落ち着いてくれ。問題はもっと根が深い」

 彼は机に広げた羊皮紙を指差した。

「あの祭壇の術式は森のことわりそのものと結びついている。もし、これを不適切に、急激に解除しようとすればどうなるか……。蓄積された魔力が暴走し、反動でこの森一帯が消滅する可能性すらある。即時破棄は自殺行為に等しい」

 三者三様の、どれもが正しい意見。エルンの精霊への想い、セリスの民への想い、カズエルのことわりへの洞察。そのすべてがぶつかり合い、答えのない議論が部屋を支配する。俺の頭の中も、様々な意見が渦を巻いてざわついていた。

 どうすればいい。賢者として俺は何を選ぶべきなんだ。

 議論が平行線をたどり、空気が重く張り詰めた、その時だった。これまで黙って皆の話を聞いていたルナが、ぽつりとつぶやいた。

「……難しいことは、ルナにはよくわかんないけど……」

 彼女は小さな手で、自分の胸をそっと押さえた。

「ルナが見た夢の中の、あの大きな人……怒ってなかったよ。ただ、すごく、すごく悲しそうで……寂しそうだった。ねぇ、誰かがそんな顔をしてたら、一番最初にすることって……『ごめんなさい』って、謝ることじゃないの?」

 ルナの、あまりにも純粋な言葉。その一言が、複雑に絡み合った俺の思考を鋭い光のように貫いた。

 そうだ。俺たちは大精霊をどうすべきか、森をどうすべきかということばかりを議論していた。
 契約の当事者である、あの大精霊自身の気持ちを誰一人として聞いていなかった。
 もし、俺たちの先祖が犯した過ちが、あの気高い魂を縛り付けているのなら。俺たちが最初にすべきことは救済の方法を考えることじゃない。

 ――まず、心から詫びることだ。

 俺の中で、進むべき道がようやく定まった気がした。俺は立ち上がり、まだ議論を続けようとする仲間たちを手で制した。

「……みんなの言いたいことはよくわかった。ありがとう」

 俺の静かな声に三人は顔を上げる。

「明日、もう一度、長老会と森の民に話をする。そして、俺の考えを伝える」

 その目にはもう迷いはなかった。
 賢者として、俺が選ぶべき道が、はっきりと見えていた。
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