50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第七章 森のざわめき

第146話 賢者の選択、森の総意

 暖炉の火が静かに燃える部屋。昨夜の激しい議論の熱は重い沈黙となって俺たちの間に残っていた。どの道を選んでも何かが失われる。その現実が俺の肩に重くのしかかっていた。

 俺はゆっくりと立ち上がり、窓の外で白み始めた空を見た。そして、仲間たち一人一人の顔を見回して、静かに口を開いた。

「昨日は、みんなの本当の気持ちが聞けてよかった」

 俺の言葉に仲間たちは顔を上げる。

「みんなの意見を聞いて、俺に足りなかったものが分かったよ。俺たちはあの方をどうすべきか、ということばかりを考えていた。まるで、解決すべき『問題』みたいに。でも、一番大事なことを忘れていたんだ」

 俺は仲間たちの目を真っ直ぐに見つめた。

「契約の当事者である、あの大精霊自身の気持ちを、俺たちはまだ聞いていない」

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

「だから、俺は決めたよ。何かをする前に、まず、あの方と対話しなければならない。もし俺たちの先祖が犯した過ちが、あの気高い魂を縛り付けているのなら……。賢者として、この森の代表として、心から詫びるべきだ、と」

 俺の決意に仲間たちは静かにうなずいた。

 その日の昼前、俺は再び議事堂にいた。俺の要請で広場には多くの森の民が集まっていた。壇上に立った俺は集まった民衆の視線を一身に受け、かつて経験したことのない重圧に足がすくむのを感じた。

(こんなに大勢の前で話すなんて……。ものすごく緊張してきた……)

 手のひらにじっとりと汗がにじむ。言葉に詰まりそうになった、その時だった。
 広場の隅に立つ仲間たちの顔が目に入った。真っ直ぐに自分を信じるエルン、セリス、ルナ、そしてカズエルの視線。そうだ、俺は一人じゃない。彼らのために、この森のために、俺はここに立っているんだ。

 俺は一度、深く息を吸い、覚悟を決めて口を開いた。声はわずかに震えている。

「……俺は皆が思うような立派な賢者じゃない。……それでも、この森やこの世界を良くしたいと思って頑張ってきた。そして今、この森で認めてもらえるまでになった」

 俺は自分の出自を隠さなかった。

「もとは異世界の人間だから、何も知らないくせにと思う者もいるだろう。だけど、そんな俺だからこそ、この森の常識に縛られない俺だからこそ、間違っていることには、間違っているとはっきり言えるんだ」

 声に力がこもる。
 俺は神殿の地下で見た真実をありのままに語った。森の繁栄が創始者の気高い自己犠牲の上に成り立っていたこと。そして今、その魂の灯火が、忘れ去られたまま消えゆこうとしていることを。

 民衆の間に衝撃と悲しみが広がる。そのざわつきが最高潮に達した時、俺は静かに続けた。

「俺はこれから祭壇へ向かい、あの大精霊様と対話を試みる。そして、この森の祖先の過ちと、我々の永きにわたる忘却を森の総意として謝罪したい」

 俺は深く頭を下げた。

「だから、皆に頼みたい。俺に皆の心を託してほしい。この儀式は俺一人でやるものじゃない。この森に生きる全員で成し遂げるものだ」

 保守派の一部から「大それたことを」とささやきが漏れる。だが、多くの民の心には別の感情が灯っていた。カインの完璧さではない、その不器用で正直な熱意。そして、彼が歩んできた道のり。

 やがて、一人の若いエルフが声を上げた。

「俺は信じる! この人は一度は森を追放されながら、それでもこの世界のために戦ってくれた英雄だ!」

 その声が次々と伝播していく。

「そうだ、異世界の人間だからこそ、我らの過ちを正してくれるのかもしれない!」
「我らの想いを託そう!」
「どうか、大精霊様と、この森を……!」

 民衆の声がひとつの大きなうねりとなって議事堂を包み込む。長老たちも、その光景を前に、もはや何も言うことはできなかった。

 俺は民衆の顔を見渡した。
 彼らが託してくれた信頼。それが今、何よりも強い力となって、俺の背中を押していた。
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