150 / 280
第八章 落星の裂け目
第150話 賢者の日常、信仰の光
しおりを挟む
あの日、大精霊エルメノスとの対話によって森が本来の姿を取り戻してから、数週間が過ぎた。
森は生命力に満ち、賢者として正式に認められた俺はエルドレアたちと共に失われた伝承の編纂や、森の魔力循環を安定させるための調整に追われる日々を送っていた。
賢者の住居の書斎で古文書のインクの匂いに包まれながら、俺は静かにインク壺の蓋を閉じた。戦いではなく、知識と対話で森に関わる。この穏やかで知的な時間は俺がかつての世界で決して得られなかった満ち足りた時間だった。
そんな俺のもとには様々な相談や報告を持って訪れるエルフが後を絶たない。その筆頭がミラネだった。
「カイン様、失礼いたします」
柔らかな声と共に書斎に現れた彼女は蜂蜜色の豊かな髪を揺らし、白と金を基調とした優美なローブを身にまとっていた。その琥珀色の瞳は俺に対して隠すことのない絶対的な信頼を宿している。
「森の民の様子ですが、皆、エルメノス様の御心が還られたことを心から喜んでおります。カイン様の言葉が彼らの心を照らしたのです」
「俺一人の力じゃない。みんなが信じてくれたからだ」
「ご謙遜を」
ミラネはくすりと微笑む。
「ですが、カイン様。光が強まれば、影もまた濃くなるもの。ヴィンドール様を信奉していた者たちの沈黙が、かえって森に不穏なざわつきを生んでいます。彼らは、あなたがもたらした変化を快く思っていません」
彼女の情報網は森の隅々にまで張り巡らされているようだった。俺が知り得ない、民衆の心の機微まで正確に掴んでいる。
「分かっている。時間をかけて対話していくしかない」
「いいえ、カイン様! 今こそ、あなたの偉業を森全体に示す時です!」
ミラネは一歩前に出て、その瞳を情熱に輝かせた。
「森の再生を祝う、大々的な祝祭を開きましょう! カイン様が森にもたらした光と、エルメノス様の御心を称えるのです。それこそが、新たな時代の幕開けを内外に示す最高の狼煙となります!」
その熱意と、いささか暴走気味な提案に、俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、祝祭はまだ早いな。今は森の理がようやく安定したばかりだ。大きな行事よりも、静かな進歩を優先したい」
「ですが……!」
「ミラネ」
俺が静かに名を呼ぶと、彼女はハッとして口をつぐみ、恭しく頭を下げた。
「……申し訳ありません。少し、先を急ぎすぎました」
「いや、君の気持ちはありがたい。その情熱が多くのエルフを動かしてくれたことも知っている。……これからも頼りにしてるよ」
俺の言葉にミラネはぱっと顔を輝かせ、満面の笑みでうなずいた。
「はい! この身、カイン様とこの森のために!」
彼女が去った後、俺は書斎の窓から、活気を取り戻した森を眺めた。
(ありがたいが、少しばかり眩しすぎるな……)
彼女のような存在がいるからこそ、俺は賢者として立っていられる。だが同時に、その強すぎる光に時々目がくらみそうになる。
「お前も隅に置けないな、教祖様」
背後からの声に振り返ると、カズエルが壁に寄りかかり、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「……聞いてたのか、お前」
「まあな。あんな熱烈な信者がいて、お前も大変だな。で、その教祖様に、ちょっと話があるんだが」
カズエルの目が、いつもの理知的な光を取り戻す。
ここから、また新たな物語が動き出す。その予感が俺の心を再びざわつかせた。
森は生命力に満ち、賢者として正式に認められた俺はエルドレアたちと共に失われた伝承の編纂や、森の魔力循環を安定させるための調整に追われる日々を送っていた。
賢者の住居の書斎で古文書のインクの匂いに包まれながら、俺は静かにインク壺の蓋を閉じた。戦いではなく、知識と対話で森に関わる。この穏やかで知的な時間は俺がかつての世界で決して得られなかった満ち足りた時間だった。
そんな俺のもとには様々な相談や報告を持って訪れるエルフが後を絶たない。その筆頭がミラネだった。
「カイン様、失礼いたします」
柔らかな声と共に書斎に現れた彼女は蜂蜜色の豊かな髪を揺らし、白と金を基調とした優美なローブを身にまとっていた。その琥珀色の瞳は俺に対して隠すことのない絶対的な信頼を宿している。
「森の民の様子ですが、皆、エルメノス様の御心が還られたことを心から喜んでおります。カイン様の言葉が彼らの心を照らしたのです」
「俺一人の力じゃない。みんなが信じてくれたからだ」
「ご謙遜を」
ミラネはくすりと微笑む。
「ですが、カイン様。光が強まれば、影もまた濃くなるもの。ヴィンドール様を信奉していた者たちの沈黙が、かえって森に不穏なざわつきを生んでいます。彼らは、あなたがもたらした変化を快く思っていません」
彼女の情報網は森の隅々にまで張り巡らされているようだった。俺が知り得ない、民衆の心の機微まで正確に掴んでいる。
「分かっている。時間をかけて対話していくしかない」
「いいえ、カイン様! 今こそ、あなたの偉業を森全体に示す時です!」
ミラネは一歩前に出て、その瞳を情熱に輝かせた。
「森の再生を祝う、大々的な祝祭を開きましょう! カイン様が森にもたらした光と、エルメノス様の御心を称えるのです。それこそが、新たな時代の幕開けを内外に示す最高の狼煙となります!」
その熱意と、いささか暴走気味な提案に、俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、祝祭はまだ早いな。今は森の理がようやく安定したばかりだ。大きな行事よりも、静かな進歩を優先したい」
「ですが……!」
「ミラネ」
俺が静かに名を呼ぶと、彼女はハッとして口をつぐみ、恭しく頭を下げた。
「……申し訳ありません。少し、先を急ぎすぎました」
「いや、君の気持ちはありがたい。その情熱が多くのエルフを動かしてくれたことも知っている。……これからも頼りにしてるよ」
俺の言葉にミラネはぱっと顔を輝かせ、満面の笑みでうなずいた。
「はい! この身、カイン様とこの森のために!」
彼女が去った後、俺は書斎の窓から、活気を取り戻した森を眺めた。
(ありがたいが、少しばかり眩しすぎるな……)
彼女のような存在がいるからこそ、俺は賢者として立っていられる。だが同時に、その強すぎる光に時々目がくらみそうになる。
「お前も隅に置けないな、教祖様」
背後からの声に振り返ると、カズエルが壁に寄りかかり、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「……聞いてたのか、お前」
「まあな。あんな熱烈な信者がいて、お前も大変だな。で、その教祖様に、ちょっと話があるんだが」
カズエルの目が、いつもの理知的な光を取り戻す。
ここから、また新たな物語が動き出す。その予感が俺の心を再びざわつかせた。
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる
書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。
鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。
だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。
その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。
俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。
ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。
なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
英雄の孫は今日も最強
まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。
前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。
中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。
元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる