50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第八章 落星の裂け目

第150話 賢者の日常、信仰の光

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 あの日、大精霊エルメノスとの対話によって森が本来の姿を取り戻してから、数週間が過ぎた。
 森は生命力に満ち、賢者として正式に認められた俺はエルドレアたちと共に失われた伝承の編纂へんさんや、森の魔力循環を安定させるための調整に追われる日々を送っていた。

 賢者の住居の書斎で古文書のインクの匂いに包まれながら、俺は静かにインク壺の蓋を閉じた。戦いではなく、知識と対話で森に関わる。この穏やかで知的な時間は俺がかつての世界で決して得られなかった満ち足りた時間だった。

 そんな俺のもとには様々な相談や報告を持って訪れるエルフが後を絶たない。その筆頭がミラネだった。

「カイン様、失礼いたします」

 柔らかな声と共に書斎に現れた彼女は蜂蜜色の豊かな髪を揺らし、白と金を基調とした優美なローブを身にまとっていた。その琥珀色の瞳は俺に対して隠すことのない絶対的な信頼を宿している。

「森の民の様子ですが、皆、エルメノス様の御心が還られたことを心から喜んでおります。カイン様の言葉が彼らの心を照らしたのです」

「俺一人の力じゃない。みんなが信じてくれたからだ」

「ご謙遜を」

 ミラネはくすりと微笑む。

「ですが、カイン様。光が強まれば、影もまた濃くなるもの。ヴィンドール様を信奉していた者たちの沈黙が、かえって森に不穏なざわつきを生んでいます。彼らは、あなたがもたらした変化を快く思っていません」

 彼女の情報網は森の隅々にまで張り巡らされているようだった。俺が知り得ない、民衆の心の機微まで正確に掴んでいる。

「分かっている。時間をかけて対話していくしかない」

「いいえ、カイン様! 今こそ、あなたの偉業を森全体に示す時です!」

 ミラネは一歩前に出て、その瞳を情熱に輝かせた。

「森の再生を祝う、大々的な祝祭を開きましょう! カイン様が森にもたらした光と、エルメノス様の御心を称えるのです。それこそが、新たな時代の幕開けを内外に示す最高の狼煙のろしとなります!」

 その熱意と、いささか暴走気味な提案に、俺は苦笑しながら首を横に振った。

「いや、祝祭はまだ早いな。今は森のことわりがようやく安定したばかりだ。大きな行事よりも、静かな進歩を優先したい」

「ですが……!」

「ミラネ」

 俺が静かに名を呼ぶと、彼女はハッとして口をつぐみ、うやうやしく頭を下げた。

「……申し訳ありません。少し、先を急ぎすぎました」

「いや、君の気持ちはありがたい。その情熱が多くのエルフを動かしてくれたことも知っている。……これからも頼りにしてるよ」

 俺の言葉にミラネはぱっと顔を輝かせ、満面の笑みでうなずいた。

「はい! この身、カイン様とこの森のために!」

 彼女が去った後、俺は書斎の窓から、活気を取り戻した森を眺めた。

(ありがたいが、少しばかり眩しすぎるな……)

 彼女のような存在がいるからこそ、俺は賢者として立っていられる。だが同時に、その強すぎる光に時々目がくらみそうになる。

「お前も隅に置けないな、教祖様」

 背後からの声に振り返ると、カズエルが壁に寄りかかり、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。

「……聞いてたのか、お前」

「まあな。あんな熱烈な信者がいて、お前も大変だな。で、その教祖様に、ちょっと話があるんだが」

 カズエルの目が、いつもの理知的な光を取り戻す。
 ここから、また新たな物語が動き出す。その予感が俺の心を再びざわつかせた。
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