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第九章 光と闇を抱いて
第173話 遺された者たち
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夜が明けた。
俺は書斎の床に座り込み、目の前に横たわるエルドレアの亡骸から、ただの一度も目を逸らすことができずにいた。
カイランの気配は完全に消え、代わりに魂の奥で渦巻く冷たい闇の力が、俺が支払わせた代償の重さを絶えず突きつけてくる。
俺がこの森に来なければ。俺がネフィラに狙われなければ。俺がもっと強ければ。
後悔と罪悪感が思考を支配する。友の死と引き換えに得たこの不吉な力を俺はこれからどうすればいいのか。いくら考えても答えなど見つかるはずもなかった。
その時だった。
「……ん……」
隣で眠っていたエルンが小さく身じろぎした。彼女の瞼がゆっくりと持ち上がり、焦点の合わない瞳が俺の姿を捉える。
「カイン……? よかった、目が覚めて……」
安堵の息が漏れたのも束の間、彼女の視線は俺の傍らに横たわるエルドレアの姿を捉えた。
「……エルドレア、様……?」
血の気が引いていくのが手に取るようにわかった。エルンはよろめくように立ち上がり、亡骸に駆け寄る。
「あ……ああ……嘘、でしょう……?」
「……俺が眠っている間に全て終わっていた」
俺は静かに事実を告げた。
「お前がやろうとしていたことを、エルドレアが……身代わりになったんだ」
その瞬間、エルンは全てを理解した。彼女はわなわなと唇を震わせ、やがて堰を切ったように涙を流しながら俺の前に崩れ落ちた。
「ごめんなさい……カイン、ごめんなさい……! 私があなたを眠らせて……私が勝手なことをしようとしたから……! エルドレア様が私の代わりに……!」
「エルン……」
「あなたに死んでほしくなかった……でも、私のせいで、エルドレア様が……!」
彼女の告白は罪悪感に苛まれていた俺の心を、さらに深くえぐった。俺が彼女をそこまで追い詰めてしまったのだ。俺は言葉もなく、ただ彼女の震える肩を見つめることしかできなかった。
書斎の扉がそっと開かれた。心配して様子を見に来たルナとレオナルドだった。
「カイン? エルン? どうしたの、朝だよ……って……」
ルナの言葉は部屋の惨状を前に途切れた。彼女の瞳が大きく見開かれ、やがて大粒の涙となって溢れ出す。
「……エルドレア、さま……?」
レオナルドもまた、言葉を失っていた。彼は静かに部屋に入ると、エルドレアの亡骸の前に膝をつき、深く、深く頭をたれた。それは偉大なる森の賢者へ捧げる、戦士としての最大限の敬意だった。
しばしの沈黙が重く部屋を支配する。ルナは俺の腕に泣きながらしがみつき、エルンは顔を覆って嗚咽を漏らし続けていた。
その重い静寂を破ったのはレオナルドの冷静な声だった。
「……悲しむのは後だ。今は、やるべきことがある」
彼はゆっくりと立ち上がり、俺たちを見据えた。その瞳には悲しみはあれど、混乱はなかった。
「この事実は隠し通せるものではない。長老会にはすぐに報告せねばならん」
「……だが、どうやって説明する」
俺はかろうじて声を絞り出した。
「俺にかけられた闇の契約のせいで、エルドレアが死んだと? 保守派の連中がそれを黙って聞いているはずがない」
「その通りだ」
レオナルドはうなずいた。
「彼らはこれを好機と捉え、お前を『森に災厄を招いた元凶』として糾弾するだろう。エルドレア様の死すらも、政治の道具にしかねん。……だからこそ、こちらから仕掛ける」
彼の声には戦士としての戦略的な響きがあった。
「事実は伝え方一つで意味を変える。我らが伝えるべきは『賢者カインを縛る呪いを解くため、長老エルドレアがその尊い命を捧げた』という、揺るぎない英雄譚だ。彼の死は森の未来を守るための崇高な自己犠牲であったと我々が証明するんだ」
レオナルドはエルンに向き直る。
「エルン殿。辛いだろうが、君の口から、君を止めようとしたエルドレア様の最後の言葉を他の長老たちに伝えてほしい。君の言葉にはカイラン様の弟子としての重みがある」
そして、彼は俺を見た。
「カイン。お前は何も言うな。今はただ、エルドレア様の死を悼み、賢者としての威厳を保て。下手に弁明すれば彼らの思う壺だ。報告と交渉は俺とエルン殿で引き受ける」
レオナルドの冷静な判断が、混乱していた俺たちの進むべき道をわずかに照らし出してくれた。
俺は静まり返った部屋で、仲間たちの決意を聞いていた。
俺は書斎の床に座り込み、目の前に横たわるエルドレアの亡骸から、ただの一度も目を逸らすことができずにいた。
カイランの気配は完全に消え、代わりに魂の奥で渦巻く冷たい闇の力が、俺が支払わせた代償の重さを絶えず突きつけてくる。
俺がこの森に来なければ。俺がネフィラに狙われなければ。俺がもっと強ければ。
後悔と罪悪感が思考を支配する。友の死と引き換えに得たこの不吉な力を俺はこれからどうすればいいのか。いくら考えても答えなど見つかるはずもなかった。
その時だった。
「……ん……」
隣で眠っていたエルンが小さく身じろぎした。彼女の瞼がゆっくりと持ち上がり、焦点の合わない瞳が俺の姿を捉える。
「カイン……? よかった、目が覚めて……」
安堵の息が漏れたのも束の間、彼女の視線は俺の傍らに横たわるエルドレアの姿を捉えた。
「……エルドレア、様……?」
血の気が引いていくのが手に取るようにわかった。エルンはよろめくように立ち上がり、亡骸に駆け寄る。
「あ……ああ……嘘、でしょう……?」
「……俺が眠っている間に全て終わっていた」
俺は静かに事実を告げた。
「お前がやろうとしていたことを、エルドレアが……身代わりになったんだ」
その瞬間、エルンは全てを理解した。彼女はわなわなと唇を震わせ、やがて堰を切ったように涙を流しながら俺の前に崩れ落ちた。
「ごめんなさい……カイン、ごめんなさい……! 私があなたを眠らせて……私が勝手なことをしようとしたから……! エルドレア様が私の代わりに……!」
「エルン……」
「あなたに死んでほしくなかった……でも、私のせいで、エルドレア様が……!」
彼女の告白は罪悪感に苛まれていた俺の心を、さらに深くえぐった。俺が彼女をそこまで追い詰めてしまったのだ。俺は言葉もなく、ただ彼女の震える肩を見つめることしかできなかった。
書斎の扉がそっと開かれた。心配して様子を見に来たルナとレオナルドだった。
「カイン? エルン? どうしたの、朝だよ……って……」
ルナの言葉は部屋の惨状を前に途切れた。彼女の瞳が大きく見開かれ、やがて大粒の涙となって溢れ出す。
「……エルドレア、さま……?」
レオナルドもまた、言葉を失っていた。彼は静かに部屋に入ると、エルドレアの亡骸の前に膝をつき、深く、深く頭をたれた。それは偉大なる森の賢者へ捧げる、戦士としての最大限の敬意だった。
しばしの沈黙が重く部屋を支配する。ルナは俺の腕に泣きながらしがみつき、エルンは顔を覆って嗚咽を漏らし続けていた。
その重い静寂を破ったのはレオナルドの冷静な声だった。
「……悲しむのは後だ。今は、やるべきことがある」
彼はゆっくりと立ち上がり、俺たちを見据えた。その瞳には悲しみはあれど、混乱はなかった。
「この事実は隠し通せるものではない。長老会にはすぐに報告せねばならん」
「……だが、どうやって説明する」
俺はかろうじて声を絞り出した。
「俺にかけられた闇の契約のせいで、エルドレアが死んだと? 保守派の連中がそれを黙って聞いているはずがない」
「その通りだ」
レオナルドはうなずいた。
「彼らはこれを好機と捉え、お前を『森に災厄を招いた元凶』として糾弾するだろう。エルドレア様の死すらも、政治の道具にしかねん。……だからこそ、こちらから仕掛ける」
彼の声には戦士としての戦略的な響きがあった。
「事実は伝え方一つで意味を変える。我らが伝えるべきは『賢者カインを縛る呪いを解くため、長老エルドレアがその尊い命を捧げた』という、揺るぎない英雄譚だ。彼の死は森の未来を守るための崇高な自己犠牲であったと我々が証明するんだ」
レオナルドはエルンに向き直る。
「エルン殿。辛いだろうが、君の口から、君を止めようとしたエルドレア様の最後の言葉を他の長老たちに伝えてほしい。君の言葉にはカイラン様の弟子としての重みがある」
そして、彼は俺を見た。
「カイン。お前は何も言うな。今はただ、エルドレア様の死を悼み、賢者としての威厳を保て。下手に弁明すれば彼らの思う壺だ。報告と交渉は俺とエルン殿で引き受ける」
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俺は静まり返った部屋で、仲間たちの決意を聞いていた。
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