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第九章 光と闇を抱いて
第172話 静かなる終焉と闇の萌芽
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契約は果たされた。
闇の大精霊ノクスはエルドレアの魂を対価とし、カイランの魂を新たな契約者として、その気配を静かに闇の奥へと引いた。
部屋には友の亡骸と、眠る若きエルフ、そして――カインの身体に宿る二人の賢者だけが残された。
カイランは自らの内に流れ込み根付いていく、冷たい闇の力を感じながら深く息を吐いた。それは魂の一部が永遠に闇に繋がれるという、重い枷の感触だった。
『カインよ、これでいい。これが最善の道だ』
彼は、まだ意識の表層にいないカインへと最後の言葉を遺すように語りかける。
『この力はお前が背負うにはまだ重い。だが、いずれ使いこなす時が来るだろう。それまで、私はしばし眠る。闇の契約の枷はこの私が引き受けた……。だから、お前は……お前の信じる光の道を行け……』
その言葉を最後にカイランの蒼く輝いていた瞳の光が、すっと消える。彼の意識は新たに結ばれた闇の契約の底へと、深く、深く沈んでいった。導き手の魂はカインを守るための静かな眠りについたのだ。
次に俺の意識が浮上した時、感じたのは、ひどい疲労感と頭を鈍く殴られたような混乱だった。
「……? 俺は何を……?」
エルンに淹れてもらったハーブ湯を飲んで眠ってしまったはずだ。なのに、なぜ俺は書斎の床に立ち尽くしているんだ?
思考が霧に包まれたようにはっきりしない。
俺はゆっくりと周囲を見回した。そこで、目に入ってきた光景に心臓が凍りついた。
床にエルンが倒れるように眠っている。その寝顔は穏やかだが頬には涙の跡があった。
俺は彼女に駆け寄ろうとして、足元にあるもう一つの人影に気づいた。
「……エルドレア?」
呼びかけても返事はない。
俺は震える手でその肩に触れた。冷たい。息も、脈もない。
その安らかな寝顔は、まるで全ての役目を終えて満足したかのように穏やかだった。だが、その身体に命の温もりはもう欠片も残されていなかった。
床に転がる黒曜石の短剣。微かに残る禍々しい魔力の残滓。眠るエルン。そして、エルドレアの亡骸。
バラバラだったピースが頭の中で一つの、あまりにも残酷な答えを形作る。
「……まさか……」
エルンが俺のために自らを生贄にしようとしたのだ。そして、エルドレアがそれを止めて、代わりに……。
「俺の……せいだ……」
俺がこの森に来なければ。俺がネフィラに狙われなければ。俺がもっと強ければ。
後悔と罪悪感が洪水のように押し寄せる。俺はエルドレアの亡骸のそばに力なく膝から崩れ落ちた。
その瞬間だった。
俺は感じた。自らの魂の奥底に、これまで感じたことのない異質な力が渦巻いているのを。
光の精霊と交信する時の温かい感覚でも、カイランの叡智に触れる時の澄んだ感覚でもない。冷たく、静かで、全てを飲み込むような深淵の闇。
「……なんだ、これは……」
俺はおそるおそる自分の掌を見つめた。そこから、黒い靄のような魔力が、ゆらりと立ち上っては、すぐに消える。
カイランの声がしない。代わりに、この得体のしれない闇の力が俺の中にいる。
エルドレアの死と引き換えに俺の中に何かが生まれた。いや、与えられたのだ。望みもしない、この不吉な力が。
友の亡骸を前に俺はただ、愕然と立ち尽くすしかなかった。
守られた命の重さと、その代償として手にしてしまった力の意味も分からぬまま、俺は静まり返った部屋で、一人、夜明けを待つしかなかった。
闇の大精霊ノクスはエルドレアの魂を対価とし、カイランの魂を新たな契約者として、その気配を静かに闇の奥へと引いた。
部屋には友の亡骸と、眠る若きエルフ、そして――カインの身体に宿る二人の賢者だけが残された。
カイランは自らの内に流れ込み根付いていく、冷たい闇の力を感じながら深く息を吐いた。それは魂の一部が永遠に闇に繋がれるという、重い枷の感触だった。
『カインよ、これでいい。これが最善の道だ』
彼は、まだ意識の表層にいないカインへと最後の言葉を遺すように語りかける。
『この力はお前が背負うにはまだ重い。だが、いずれ使いこなす時が来るだろう。それまで、私はしばし眠る。闇の契約の枷はこの私が引き受けた……。だから、お前は……お前の信じる光の道を行け……』
その言葉を最後にカイランの蒼く輝いていた瞳の光が、すっと消える。彼の意識は新たに結ばれた闇の契約の底へと、深く、深く沈んでいった。導き手の魂はカインを守るための静かな眠りについたのだ。
次に俺の意識が浮上した時、感じたのは、ひどい疲労感と頭を鈍く殴られたような混乱だった。
「……? 俺は何を……?」
エルンに淹れてもらったハーブ湯を飲んで眠ってしまったはずだ。なのに、なぜ俺は書斎の床に立ち尽くしているんだ?
思考が霧に包まれたようにはっきりしない。
俺はゆっくりと周囲を見回した。そこで、目に入ってきた光景に心臓が凍りついた。
床にエルンが倒れるように眠っている。その寝顔は穏やかだが頬には涙の跡があった。
俺は彼女に駆け寄ろうとして、足元にあるもう一つの人影に気づいた。
「……エルドレア?」
呼びかけても返事はない。
俺は震える手でその肩に触れた。冷たい。息も、脈もない。
その安らかな寝顔は、まるで全ての役目を終えて満足したかのように穏やかだった。だが、その身体に命の温もりはもう欠片も残されていなかった。
床に転がる黒曜石の短剣。微かに残る禍々しい魔力の残滓。眠るエルン。そして、エルドレアの亡骸。
バラバラだったピースが頭の中で一つの、あまりにも残酷な答えを形作る。
「……まさか……」
エルンが俺のために自らを生贄にしようとしたのだ。そして、エルドレアがそれを止めて、代わりに……。
「俺の……せいだ……」
俺がこの森に来なければ。俺がネフィラに狙われなければ。俺がもっと強ければ。
後悔と罪悪感が洪水のように押し寄せる。俺はエルドレアの亡骸のそばに力なく膝から崩れ落ちた。
その瞬間だった。
俺は感じた。自らの魂の奥底に、これまで感じたことのない異質な力が渦巻いているのを。
光の精霊と交信する時の温かい感覚でも、カイランの叡智に触れる時の澄んだ感覚でもない。冷たく、静かで、全てを飲み込むような深淵の闇。
「……なんだ、これは……」
俺はおそるおそる自分の掌を見つめた。そこから、黒い靄のような魔力が、ゆらりと立ち上っては、すぐに消える。
カイランの声がしない。代わりに、この得体のしれない闇の力が俺の中にいる。
エルドレアの死と引き換えに俺の中に何かが生まれた。いや、与えられたのだ。望みもしない、この不吉な力が。
友の亡骸を前に俺はただ、愕然と立ち尽くすしかなかった。
守られた命の重さと、その代償として手にしてしまった力の意味も分からぬまま、俺は静まり返った部屋で、一人、夜明けを待つしかなかった。
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