197 / 280
第十一章 混沌の使徒
第197話 混沌の輪郭
しおりを挟む
「――『混沌の使徒』について」
ヴァレリウスの口から放たれたその言葉に俺たちは息を呑んだ。
書斎の空気は彼の静かな、しかし重い声によって、一瞬にして張り詰める。
「奴らは元々はこの都市の理想を追求する純粋な探求者の一団じゃった。世界の理を解き明かし、その先にある真理へと至ろうとする、我々と同じ……いや、我々以上に熱心な者たちの集まりじゃった」
彼は遠い過去を思い出すように、一度目を伏せた。
「だが、その探求が行き過ぎた。奴らはある結論に達してしまった。『世界は、静止し、安定した時にこそ、緩やかに腐敗していく。真の進化とは、破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しない』……奴らは本気でそう信じておる」
「……なんて歪んだ思想だ」
レオナルドが低い声で吐き捨てる。
「うむ。奴らは自らが神に代わり、世界に『試練』を与えるべきだと考え始めた。停滞した文明には争いを、堕落した国家には内乱を。人為的に『混沌』を引き起こし、世界を強制的に次のステージへ進化させる。それこそが至高の叡智だと信じておる」
ヴァレリウスは、そこで俺とカズエルを交互に見つめた。
「そのための最も効果的な手段として、奴らが研究を重ねてきたのが、禁術……『異世界召喚』じゃ。予測不能な『異物』をこの世界に投入すること。それこそが、最も劇的な『ざわめき』を生むと、奴らは考えた」
その言葉は俺とカズエルの存在そのものが、奴らの計画の一部であったことを決定的に示していた。俺たちがこの世界で出会い、戦い、何かを変えようとすること、その全てが奴らの手のひらの上で踊っているに過ぎなかったのかもしれない。
「そして、その『混沌の使徒』を率いているのが……かつて、このアーカイメリアで、賢者カイランと並び称されたほどの天才じゃ」
ヴァレリウスの声が一層低くなる。
「筆頭神官、セイオン。穏やかな笑みの裏に、底知れぬ野心と自らの正義を微塵も疑わぬ冷徹な精神を隠し持った男。お前をこの地に呼び寄せたのも、十中八九、その男じゃろう、カズエル」
「……ええ。俺を最初に歓迎した、あの神官です」
カズエルは苦々しくうなずいた。
「そんな……」
エルンが、か細い声でつぶやく。
「では私たちはどうすれば……。彼らはこの都市の中枢にいるのでしょう?」
「その通りじゃ。賢人会議にも、奴らの息のかかった者が数多くおる。我々穏健派が表立って動けば、即座に潰されるじゃろう。奴らは自分たちの研究と思想のためなら、どんな犠牲も厭わぬ」
絶望的な状況。敵はこの知の殿堂そのものに巣食う、巨大な癌だった。
俺たちの力だけで、どうにかなる相手ではないのかもしれない。だが、俺は諦めるわけにはいかなかった。
「ヴァレリウス様」
俺は一歩前に出た。
「『嘆きの谷』に心を壊された魔族たちがいました。彼らは今も、解けぬ呪いの中で苦しんでいるはずです。彼らを救う方法はありませんか?」
俺の問いにヴァレリウスは、わずかに目を見開いた。そして、何かを試すように俺の瞳の奥をじっと見つめた。
やがて、彼は静かにうなずいた。
「……道が、一つだけあるやもしれん」
彼の視線が書斎のさらに奥、厳重な封印が施された、一際大きな扉へと向けられる。
「今、我々がおるこの場所は、限られた者しか立ち入れぬ『禁書庫』じゃ。だが、このさらに奥……あの扉の向こうに『封印書庫』と呼ばれる場所がある」
ヴァレリウスは扉を指差して告げた。
「そこに奴らが用いた精神干渉の原典となった理式が眠っている。それを解読できれば、あるいは……解呪の道筋も見えるやもしれん」
「封印書庫……」
「ただし、そこへ至る道は『混沌の使徒』たちが作り出した、無数の罠と防衛理式によって閉ざされておる。生きてたどり着ける保証はどこにもない」
それはあまりにも危険な賭けだった。だが、俺たちの目にはもう迷いはなかった。
「……感謝します、ヴァレリウス様。俺たちが進むべき道が見えました」
俺の言葉に仲間たちが力強くうなずく。
危険が待ち受ける禁断の書庫へ、俺たちは歩み出そうとしていた。
ヴァレリウスの口から放たれたその言葉に俺たちは息を呑んだ。
書斎の空気は彼の静かな、しかし重い声によって、一瞬にして張り詰める。
「奴らは元々はこの都市の理想を追求する純粋な探求者の一団じゃった。世界の理を解き明かし、その先にある真理へと至ろうとする、我々と同じ……いや、我々以上に熱心な者たちの集まりじゃった」
彼は遠い過去を思い出すように、一度目を伏せた。
「だが、その探求が行き過ぎた。奴らはある結論に達してしまった。『世界は、静止し、安定した時にこそ、緩やかに腐敗していく。真の進化とは、破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しない』……奴らは本気でそう信じておる」
「……なんて歪んだ思想だ」
レオナルドが低い声で吐き捨てる。
「うむ。奴らは自らが神に代わり、世界に『試練』を与えるべきだと考え始めた。停滞した文明には争いを、堕落した国家には内乱を。人為的に『混沌』を引き起こし、世界を強制的に次のステージへ進化させる。それこそが至高の叡智だと信じておる」
ヴァレリウスは、そこで俺とカズエルを交互に見つめた。
「そのための最も効果的な手段として、奴らが研究を重ねてきたのが、禁術……『異世界召喚』じゃ。予測不能な『異物』をこの世界に投入すること。それこそが、最も劇的な『ざわめき』を生むと、奴らは考えた」
その言葉は俺とカズエルの存在そのものが、奴らの計画の一部であったことを決定的に示していた。俺たちがこの世界で出会い、戦い、何かを変えようとすること、その全てが奴らの手のひらの上で踊っているに過ぎなかったのかもしれない。
「そして、その『混沌の使徒』を率いているのが……かつて、このアーカイメリアで、賢者カイランと並び称されたほどの天才じゃ」
ヴァレリウスの声が一層低くなる。
「筆頭神官、セイオン。穏やかな笑みの裏に、底知れぬ野心と自らの正義を微塵も疑わぬ冷徹な精神を隠し持った男。お前をこの地に呼び寄せたのも、十中八九、その男じゃろう、カズエル」
「……ええ。俺を最初に歓迎した、あの神官です」
カズエルは苦々しくうなずいた。
「そんな……」
エルンが、か細い声でつぶやく。
「では私たちはどうすれば……。彼らはこの都市の中枢にいるのでしょう?」
「その通りじゃ。賢人会議にも、奴らの息のかかった者が数多くおる。我々穏健派が表立って動けば、即座に潰されるじゃろう。奴らは自分たちの研究と思想のためなら、どんな犠牲も厭わぬ」
絶望的な状況。敵はこの知の殿堂そのものに巣食う、巨大な癌だった。
俺たちの力だけで、どうにかなる相手ではないのかもしれない。だが、俺は諦めるわけにはいかなかった。
「ヴァレリウス様」
俺は一歩前に出た。
「『嘆きの谷』に心を壊された魔族たちがいました。彼らは今も、解けぬ呪いの中で苦しんでいるはずです。彼らを救う方法はありませんか?」
俺の問いにヴァレリウスは、わずかに目を見開いた。そして、何かを試すように俺の瞳の奥をじっと見つめた。
やがて、彼は静かにうなずいた。
「……道が、一つだけあるやもしれん」
彼の視線が書斎のさらに奥、厳重な封印が施された、一際大きな扉へと向けられる。
「今、我々がおるこの場所は、限られた者しか立ち入れぬ『禁書庫』じゃ。だが、このさらに奥……あの扉の向こうに『封印書庫』と呼ばれる場所がある」
ヴァレリウスは扉を指差して告げた。
「そこに奴らが用いた精神干渉の原典となった理式が眠っている。それを解読できれば、あるいは……解呪の道筋も見えるやもしれん」
「封印書庫……」
「ただし、そこへ至る道は『混沌の使徒』たちが作り出した、無数の罠と防衛理式によって閉ざされておる。生きてたどり着ける保証はどこにもない」
それはあまりにも危険な賭けだった。だが、俺たちの目にはもう迷いはなかった。
「……感謝します、ヴァレリウス様。俺たちが進むべき道が見えました」
俺の言葉に仲間たちが力強くうなずく。
危険が待ち受ける禁断の書庫へ、俺たちは歩み出そうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる
書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。
鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。
だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。
その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。
俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。
ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。
なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
英雄の孫は今日も最強
まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。
前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。
中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。
元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる