50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
196 / 280
第十一章 混沌の使徒

第196話 古文書の番人

しおりを挟む
 カズエルに導かれ、俺たちは『学術都市アーカイメリア』の知の心臓部『大書庫』へと足を踏み入れた。
 その内部は想像を絶する空間だった。床から視界の及ばぬ遥か上方の天井まで、壁という壁が全て、無数の書物で埋め尽くされている。
 いくつかの書棚は物理法則を無視して宙に浮き、緩やかに回転していた。
 静寂の中、学者たちが魔法の足場に乗って宙を移動し、目的の書物を探している。
 古い羊皮紙と魔力を帯びたインクの匂いが、この空間の長大な歴史を物語っていた。

「これが世界の叡智えいちの集積庫……」

 エルンが感嘆かんたんの息を漏らす。魔導の探求者である彼女にとって、ここはまさに聖地だろう。

「すごい……。本が、お空に浮いてる……」

 ルナもまた、きょろきょろと周囲を見回し、その非現実的な光景に目を奪われていた。

「感心している暇はない。行くよ」

 カズエルは慣れた足取りで、俺たちを大書庫の奥深くへと案内していく。
 彼の話によれば、この書庫は迷宮のように入り組んでおり、深層部へは限られた資格を持つ者しか立ち入れないのだという。

 やがて俺たちは、ひときわ古めかしく、そして重厚な扉の前へとたどり着いた。扉には『禁書庫』と古代語で記されている。
 カズエルが扉を特定の魔力パターンで三度たたくと、内側から錠の開く音がした。

「……入れ」

 中から聞こえてきたのは、年老いた穏やかな声だった。

 扉の奥は、さらに静かで濃密な知識の気配に満ちた部屋だった。その中央、山と積まれた古文書に囲まれた机で、一人の老神官が拡大鏡を片手に書物の解読に没頭していた。

「……カズエルか」

 老神官は顔を上げると、懐かしいものを見るように、その目を細めた。

「……お久しぶりです、ヴァレリウス様」

 ヴァレリウスと呼ばれた老神官はカズエルの背後に立つ俺たちに視線を移すと、すぐに事態を察したようだった。彼は杖をついて立ち上がると、扉に手をかざし、強力な防音と防諜ぼうちょう理式りしきを展開させた。

「……無事であったか。それが何よりだ。だが、なぜ戻ってきた。お前ほどの切れ者が、この都市の『闇』に気づかぬはずはなかろうに」

 ヴァレリウスの言葉にカズエルは静かにうなずいた。

「ええ。だからこそ戻ってきました。俺一人の手には余る、その『闇』と決着をつけるために。……こちらは俺の仲間です」

 カズエルが俺たちを紹介すると、ヴァレリウスは一人一人の顔をじっと見つめ、そして、俺の姿に目を留めた。

「……ほう。貴殿が、あの『双冠そうかんの英雄』カイン殿か。うわさは、このアーカイメリアにも届いておる。して、その魂に宿すは……光と、そして、なんという深く、静かな闇だ……」

 彼の慧眼けいがんは俺の内なる力の正体までも見抜いているようだった。

 俺は魔族領での出来事、そしてマルヴェスから得た情報をありのままに話した。
 操られた魔族たち、解くことのできなかった精神操作の術式、そして、その術式がアーカイメリアの神官のものであるという、衝撃の事実を。

 俺の話をヴァレリウスは黙って聞いていた。そして、全てを聞き終えると、深い、深い溜息をついた。

「……やはり、奴らの仕業か。もはや、見て見ぬふりをすることも限界のようじゃな」

 彼の顔には深い後悔と、そして、何かを決意したような強い光が宿っていた。

「カズエル。そして、賢者カイン殿。よくぞ、ここまでたどり着かれた」

 彼はゆっくりと俺たちを見回した。

「危険な話になる。それでも、聞く覚悟はおありかな?」

 俺たちは誰一人として目を逸らさなかった。その無言の答えに、ヴァレリウスは満足げにうなずいた。

「よろしい。ならば私が知っていること、そのすべてをお話ししよう。この都市の光に隠された深き闇……」

 彼の声がわずかに震える。

「――『混沌の使徒』について」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる

書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。 鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。 だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。 その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。 俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。 ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。 なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!

英雄の孫は今日も最強

まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。 前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。 中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。 元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...