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第十一章 混沌の使徒
第196話 古文書の番人
カズエルに導かれ、俺たちは『学術都市』の知の心臓部『大書庫』へと足を踏み入れた。
その内部は想像を絶する空間だった。床から視界の及ばぬ遥か上方の天井まで、壁という壁が全て、無数の書物で埋め尽くされている。
いくつかの書棚は物理法則を無視して宙に浮き、緩やかに回転していた。
静寂の中、学者たちが魔法の足場に乗って宙を移動し、目的の書物を探している。
古い羊皮紙と魔力を帯びたインクの匂いが、この空間の長大な歴史を物語っていた。
「これが世界の叡智の集積庫……」
エルンが感嘆の息を漏らす。魔導の探求者である彼女にとって、ここはまさに聖地だろう。
「すごい……。本が、お空に浮いてる……」
ルナもまた、きょろきょろと周囲を見回し、その非現実的な光景に目を奪われていた。
「感心している暇はない。行くよ」
カズエルは慣れた足取りで、俺たちを大書庫の奥深くへと案内していく。
彼の話によれば、この書庫は迷宮のように入り組んでおり、深層部へは限られた資格を持つ者しか立ち入れないのだという。
やがて俺たちは、ひときわ古めかしく、そして重厚な扉の前へとたどり着いた。扉には『禁書庫』と古代語で記されている。
カズエルが扉を特定の魔力パターンで三度たたくと、内側から錠の開く音がした。
「……入れ」
中から聞こえてきたのは、年老いた穏やかな声だった。
扉の奥は、さらに静かで濃密な知識の気配に満ちた部屋だった。その中央、山と積まれた古文書に囲まれた机で、一人の老神官が拡大鏡を片手に書物の解読に没頭していた。
「……カズエルか」
老神官は顔を上げると、懐かしいものを見るように、その目を細めた。
「……お久しぶりです、ヴァレリウス様」
ヴァレリウスと呼ばれた老神官はカズエルの背後に立つ俺たちに視線を移すと、すぐに事態を察したようだった。彼は杖をついて立ち上がると、扉に手をかざし、強力な防音と防諜の理式を展開させた。
「……無事であったか。それが何よりだ。だが、なぜ戻ってきた。お前ほどの切れ者が、この都市の『闇』に気づかぬはずはなかろうに」
ヴァレリウスの言葉にカズエルは静かにうなずいた。
「ええ。だからこそ戻ってきました。俺一人の手には余る、その『闇』と決着をつけるために。……こちらは俺の仲間です」
カズエルが俺たちを紹介すると、ヴァレリウスは一人一人の顔をじっと見つめ、そして、俺の姿に目を留めた。
「……ほう。貴殿が、あの『双冠の英雄』カイン殿か。噂は、このアーカイメリアにも届いておる。して、その魂に宿すは……光と、そして、なんという深く、静かな闇だ……」
彼の慧眼は俺の内なる力の正体までも見抜いているようだった。
俺は魔族領での出来事、そしてマルヴェスから得た情報をありのままに話した。
操られた魔族たち、解くことのできなかった精神操作の術式、そして、その術式がアーカイメリアの神官のものであるという、衝撃の事実を。
俺の話をヴァレリウスは黙って聞いていた。そして、全てを聞き終えると、深い、深い溜息をついた。
「……やはり、奴らの仕業か。もはや、見て見ぬふりをすることも限界のようじゃな」
彼の顔には深い後悔と、そして、何かを決意したような強い光が宿っていた。
「カズエル。そして、賢者カイン殿。よくぞ、ここまでたどり着かれた」
彼はゆっくりと俺たちを見回した。
「危険な話になる。それでも、聞く覚悟はおありかな?」
俺たちは誰一人として目を逸らさなかった。その無言の答えに、ヴァレリウスは満足げにうなずいた。
「よろしい。ならば私が知っていること、そのすべてをお話ししよう。この都市の光に隠された深き闇……」
彼の声がわずかに震える。
「――『混沌の使徒』について」
その内部は想像を絶する空間だった。床から視界の及ばぬ遥か上方の天井まで、壁という壁が全て、無数の書物で埋め尽くされている。
いくつかの書棚は物理法則を無視して宙に浮き、緩やかに回転していた。
静寂の中、学者たちが魔法の足場に乗って宙を移動し、目的の書物を探している。
古い羊皮紙と魔力を帯びたインクの匂いが、この空間の長大な歴史を物語っていた。
「これが世界の叡智の集積庫……」
エルンが感嘆の息を漏らす。魔導の探求者である彼女にとって、ここはまさに聖地だろう。
「すごい……。本が、お空に浮いてる……」
ルナもまた、きょろきょろと周囲を見回し、その非現実的な光景に目を奪われていた。
「感心している暇はない。行くよ」
カズエルは慣れた足取りで、俺たちを大書庫の奥深くへと案内していく。
彼の話によれば、この書庫は迷宮のように入り組んでおり、深層部へは限られた資格を持つ者しか立ち入れないのだという。
やがて俺たちは、ひときわ古めかしく、そして重厚な扉の前へとたどり着いた。扉には『禁書庫』と古代語で記されている。
カズエルが扉を特定の魔力パターンで三度たたくと、内側から錠の開く音がした。
「……入れ」
中から聞こえてきたのは、年老いた穏やかな声だった。
扉の奥は、さらに静かで濃密な知識の気配に満ちた部屋だった。その中央、山と積まれた古文書に囲まれた机で、一人の老神官が拡大鏡を片手に書物の解読に没頭していた。
「……カズエルか」
老神官は顔を上げると、懐かしいものを見るように、その目を細めた。
「……お久しぶりです、ヴァレリウス様」
ヴァレリウスと呼ばれた老神官はカズエルの背後に立つ俺たちに視線を移すと、すぐに事態を察したようだった。彼は杖をついて立ち上がると、扉に手をかざし、強力な防音と防諜の理式を展開させた。
「……無事であったか。それが何よりだ。だが、なぜ戻ってきた。お前ほどの切れ者が、この都市の『闇』に気づかぬはずはなかろうに」
ヴァレリウスの言葉にカズエルは静かにうなずいた。
「ええ。だからこそ戻ってきました。俺一人の手には余る、その『闇』と決着をつけるために。……こちらは俺の仲間です」
カズエルが俺たちを紹介すると、ヴァレリウスは一人一人の顔をじっと見つめ、そして、俺の姿に目を留めた。
「……ほう。貴殿が、あの『双冠の英雄』カイン殿か。噂は、このアーカイメリアにも届いておる。して、その魂に宿すは……光と、そして、なんという深く、静かな闇だ……」
彼の慧眼は俺の内なる力の正体までも見抜いているようだった。
俺は魔族領での出来事、そしてマルヴェスから得た情報をありのままに話した。
操られた魔族たち、解くことのできなかった精神操作の術式、そして、その術式がアーカイメリアの神官のものであるという、衝撃の事実を。
俺の話をヴァレリウスは黙って聞いていた。そして、全てを聞き終えると、深い、深い溜息をついた。
「……やはり、奴らの仕業か。もはや、見て見ぬふりをすることも限界のようじゃな」
彼の顔には深い後悔と、そして、何かを決意したような強い光が宿っていた。
「カズエル。そして、賢者カイン殿。よくぞ、ここまでたどり着かれた」
彼はゆっくりと俺たちを見回した。
「危険な話になる。それでも、聞く覚悟はおありかな?」
俺たちは誰一人として目を逸らさなかった。その無言の答えに、ヴァレリウスは満足げにうなずいた。
「よろしい。ならば私が知っていること、そのすべてをお話ししよう。この都市の光に隠された深き闇……」
彼の声がわずかに震える。
「――『混沌の使徒』について」
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