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第十一章 混沌の使徒
第203話 仕組まれた罠
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「――至急、帰還されたし」
セリスに届いた精霊通信の内容に封印書庫の最奥部は凍りついたような沈黙に包まれた。
数瞬前まで俺たちの間には、解呪への糸口を掴んだという確かな希望の光が灯っていたはずだった。だが、その光は王都からもたらされた凶報によって、いとも容易くかき消されようとしていた。
「……嘘、でしょう」
エルンが、か細い声でつぶやく。
「大型の飛行魔獣が王都を……? なぜ、今、この時に……」
「決まっている」
最初にその沈黙を破ったのは、石板の解析から顔を上げた、カズエルの冷徹な声だった。
「偶然じゃあない。これは奴らの『一手』だ」
彼はまるでチェスの盤面を読み解くかのように状況を分析し始めた。
「俺たちが奴らの本拠地に潜入し、最も重要な秘密に触れようとしている。その俺たちをここから引き離すための最も効果的な一手……。それが、このタイミングでの王都襲撃だ」
「陽動、ということか」
レオナルドが低い声で応じる。その戦士としての経験が、カズエルの分析が正しいことを裏付けていた。
「ああ。俺たちという、この世界の『英雄』が、王都の危機を前にして見過ごすはずがないと、奴らは踏んでいる。俺たちの善意や責任感そのものを利用した罠だ」
「なんて卑劣な……!」
エルンの声に怒りがにじむ。
その時、これまで黙って事態を受け止めていたセリスが険しい表情で口を開いた。
「……ですが、罠だと分かっていても、今の王都にあの魔獣を討伐できるだけの戦力は残っているでしょうか。私たちが王都で得た信頼も、『百閃』という称号も、人々を守るためにあるはずです。それをここで無視することは……私にはできません」
彼女の言葉には自責の念ではなく、王都を守る者としての誇りと責任感が宿っていた。
俺も強くうなずいた。
「セリスの言う通りだ。奴らは俺たちが『行かざるを得ない』ことを知っていて、この罠を仕掛けたんだ」
「じゃあ……」
ルナが不安そうに俺を見上げる。
「やっぱり、行くしかないってこと? 罠だってわかってるのに?」
その純粋な問いに誰も即答できなかった。
俺たちの目の前には二つの道があった。だが、そのどちらもが絶望へと続いているように思えた。
一つは、このまま封印書庫に留まり、解呪の理式の完成を急ぐ道。だが、それを選択すれば王都は見殺しになる。レオンハルト王や街で暮らす多くの人々が魔獣の牙にかかるだろう。俺たちが守ると誓ったはずのものが失われていくのを止める事はできない。
もう一つは、王都へ急行し、魔獣を討伐する道。だが、それを選べば『混沌の使徒』たちの思う壺だ。俺たちがこの場所を離れた瞬間、ヴァレリウスは危険に晒され、解呪の理式に関する手がかりは永遠に闇に葬られるかもしれない。『嘆きの谷』に残された、心を壊された者たちを救う道は閉ざされる。
どちらを選んでも、何かを失う。
どちらを選んでも、敵の思惑通り。
俺は仲間たちの顔を、一人一人、ゆっくりと見回した。エルン、ルナ、レオナルド、セリス、そしてカズエル。皆、苦渋の表情を浮かべている。だが、その瞳の奥にはまだ光が残っていた。
俺はテーブルの上に広げられた『学術都市』の設計図と、王都ロルディアの地図を交互に見つめた。
一つの答えを選ばなければならない。
俺は賢者として最善の道を示すことができるだろうか。
頼りにしてきたカイランは沈黙を続けている。決めるのは俺自身なのだ。
セリスに届いた精霊通信の内容に封印書庫の最奥部は凍りついたような沈黙に包まれた。
数瞬前まで俺たちの間には、解呪への糸口を掴んだという確かな希望の光が灯っていたはずだった。だが、その光は王都からもたらされた凶報によって、いとも容易くかき消されようとしていた。
「……嘘、でしょう」
エルンが、か細い声でつぶやく。
「大型の飛行魔獣が王都を……? なぜ、今、この時に……」
「決まっている」
最初にその沈黙を破ったのは、石板の解析から顔を上げた、カズエルの冷徹な声だった。
「偶然じゃあない。これは奴らの『一手』だ」
彼はまるでチェスの盤面を読み解くかのように状況を分析し始めた。
「俺たちが奴らの本拠地に潜入し、最も重要な秘密に触れようとしている。その俺たちをここから引き離すための最も効果的な一手……。それが、このタイミングでの王都襲撃だ」
「陽動、ということか」
レオナルドが低い声で応じる。その戦士としての経験が、カズエルの分析が正しいことを裏付けていた。
「ああ。俺たちという、この世界の『英雄』が、王都の危機を前にして見過ごすはずがないと、奴らは踏んでいる。俺たちの善意や責任感そのものを利用した罠だ」
「なんて卑劣な……!」
エルンの声に怒りがにじむ。
その時、これまで黙って事態を受け止めていたセリスが険しい表情で口を開いた。
「……ですが、罠だと分かっていても、今の王都にあの魔獣を討伐できるだけの戦力は残っているでしょうか。私たちが王都で得た信頼も、『百閃』という称号も、人々を守るためにあるはずです。それをここで無視することは……私にはできません」
彼女の言葉には自責の念ではなく、王都を守る者としての誇りと責任感が宿っていた。
俺も強くうなずいた。
「セリスの言う通りだ。奴らは俺たちが『行かざるを得ない』ことを知っていて、この罠を仕掛けたんだ」
「じゃあ……」
ルナが不安そうに俺を見上げる。
「やっぱり、行くしかないってこと? 罠だってわかってるのに?」
その純粋な問いに誰も即答できなかった。
俺たちの目の前には二つの道があった。だが、そのどちらもが絶望へと続いているように思えた。
一つは、このまま封印書庫に留まり、解呪の理式の完成を急ぐ道。だが、それを選択すれば王都は見殺しになる。レオンハルト王や街で暮らす多くの人々が魔獣の牙にかかるだろう。俺たちが守ると誓ったはずのものが失われていくのを止める事はできない。
もう一つは、王都へ急行し、魔獣を討伐する道。だが、それを選べば『混沌の使徒』たちの思う壺だ。俺たちがこの場所を離れた瞬間、ヴァレリウスは危険に晒され、解呪の理式に関する手がかりは永遠に闇に葬られるかもしれない。『嘆きの谷』に残された、心を壊された者たちを救う道は閉ざされる。
どちらを選んでも、何かを失う。
どちらを選んでも、敵の思惑通り。
俺は仲間たちの顔を、一人一人、ゆっくりと見回した。エルン、ルナ、レオナルド、セリス、そしてカズエル。皆、苦渋の表情を浮かべている。だが、その瞳の奥にはまだ光が残っていた。
俺はテーブルの上に広げられた『学術都市』の設計図と、王都ロルディアの地図を交互に見つめた。
一つの答えを選ばなければならない。
俺は賢者として最善の道を示すことができるだろうか。
頼りにしてきたカイランは沈黙を続けている。決めるのは俺自身なのだ。
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