50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十一章 混沌の使徒

第202話 凶報

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 封印書庫の最奥部は張り詰めた静寂に支配されていた。
 部屋の中央では、カズエルとエルンが宙に浮かべた黒い石板に刻まれた理式の解読に没頭している。その後方を俺は扉を背にして守り、万が一の襲撃に備えていた。

 ルナは俺がいるこの部屋と、レオナルドとセリスが守る封印書庫の入り口との間、長い回廊を連絡役として軽快に行き来していた。罠が解除された回廊は彼女の独壇場どくだんじょうだった。

「――変わりない?」

「うん、静かだよ。レオナルドとセリスも、ちゃんと門番してる」

 時折、様子を見にくるルナからの短い報告だけが、この静寂の中での唯一の動きだった。

 カズエルとエルンの解析は困難を極めていた。

「くそっ……! 掴んだと思ったら、すぐに形を変える。まるで生きているみたいだ……!」

 カズエルの指先から放たれる光の糸が術式の一部を切り取ろうとするが、その度に術式全体がうごめき、解析対象の構造を変化させてしまう。

「これではイタチごっこだ。解読するそばから、ロジックが書き換えられていく」

 カズエルの額には、びっしりと汗が浮かんでいる。彼の集中力は確実に削られていた。
 その様子をエルンは固唾かたずをのんで見守っていた。そして、彼女は精霊魔法の使い手としての観点から、ある可能性に気づく。

「カズエル、試してもいいですか」

 エルンはカズエルの隣に進み出ると、静かに杖を構えた。

「精霊魔法の結界のように、光の魔力でこの術式の一部を一時的に『固定』するのです。流れを完全に止めて、その一瞬だけ構造を読み解きます」

 それは、理式魔術の専門家からすれば、あまりに乱暴な発想だった。だが、行き詰まっていたカズエルにとって、その提案は一条の光に見えた。

「……面白い。やってみる価値はあるな。それを頼む」

 エルンは深くうなずくと、詠唱を始める。彼女の清浄な光の魔力が、投影された理式の一部をまるで氷漬けにするかのように包み込み、その動きをほんの数秒だけ完全に停止させた。

「今です、カズエル!」

「ああ!」

 カズエルはその一瞬を逃さず、停止した部分の論理構造を超高速で解析していく。

「……わかったぞ。こいつのエネルギー源の一部は……宿主の『後悔』だ。過去の後悔を糧にして、魂を内側から食い破っていく理式……なんて悪辣あくらつなんだ」

 ついに呪いの本質の一端が明らかになった。それは解呪への、あまりに小さいが、しかし確実な一歩だった。

 ***

 その頃、封印書庫の入り口。
 レオナルドとセリスは巨大な扉を背に、互いに背中を預けるようにして回廊の闇を警戒していた。

「……静かすぎるな」

 レオナルドが低い声でつぶやく。

「ええ。ですが、この静けさこそが、この場所の異常性の証。気を緩めるわけにはいきません」

 セリスがそう答えた、まさにその瞬間だった。

 ヒュン、と澄んだ風を切る音がして、一羽の小鳥が滑り込むように飛来した。それは風の精霊に導かれた、緊急の精霊通信だった。
 小鳥はまっすぐにセリスの腕へと舞い降りる。

「……王都から?」

 セリスは小鳥の足に結ばれた小さな羊皮紙を怪訝けげんな表情で解いた。そして、そこに記された文字を読み、血相を変えた。

「どうした」

 レオナルドの問いに彼女は震える声で答えた。

「王都に……王都に大型の飛行魔獣が出現。連日、甚大な被害が出ている、と……」

 彼女は手にした羊皮紙をレオナルドに見せる。そこには走り書きのような、しかし切迫した文字で、こう記されていた。

『――至急、帰還されたし』

「……このタイミングでか」

 レオナルドは奥歯を噛みしめた。これがただの偶然でないことは火を見るより明らかだった。

「カイン殿に知らせなければ」

 セリスが回廊の奥を見つめた、その時。

「セリスー! どうしたのー?」

 ちょうど、ルナが巡回から戻ってきたところだった。

 セリスはルナの元へ駆け寄る。

「ルナ! 急いでカイン殿の元へ! 王都が、王都が危険です!」

 事の重大さを瞬時に悟ったルナは、一言も返さず、その小さな体をひるがえした。彼女はこれまでにないほどの速度で、長い回廊を風のように駆け抜けていく。

 ***

 一方、最奥部ではカズエルとエルンの解析が一つの光明を見出みいだしていた。

「よし、この調子で、次も……!」

 カズエルが次の解析へと移ろうとした、その時だった。

「カイン! 大変!」

 息を切らし、今にも泣き出しそうな顔でルナが部屋に飛び込んできた。

「王都が! 王都が大変なの!」

 ルナから渡された羊皮紙を読み、俺の顔色も変わる。解呪への糸口を掴んだ、まさにこのタイミングでの王都からの凶報。これが、ただの偶然であるはずがなかった。

 俺たちは、敵の次なる一手の中にいることを悟らざるを得なかった。
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