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第三章
閑話 二人の密談
しおりを挟む「失礼します」
丁寧なノックの音の後、部屋の中から入室を許可する声を聞いた男は、そう口にするとその重い扉を開いた。
その部屋は貴族や金持ちの商家のように華美に装飾された部屋ではなかったが、重厚で実用主義的な機能性を重視した作りをしていた。
部屋の左右には書類などを納める棚がずらりと並び、中にはギッシリと書類なり資料なりが詰まっている。
部屋の片隅にはテーブルとソファーが配置されており、ドアを開けた正面にはそのテーブルより更に大きい机がこちらを威圧するかのように置かれていた。
その机の向こう、椅子に座りもせず近くの窓から外を眺めていた男が、入室者に対して徐に振り返る。
そして入室してきた男は入ってきた扉を閉め、振返った男に対して視線を合わせる。
「よくきたな。あの連中のギルド登録は終わったのか?」
「はい、特に問題なく終了致しました。今は……食事をしにいってる頃でしょう」
その二人の男の正体はグリーク冒険者ギルド・支部長のゴールドルと、《ジャガー村》の冒険者ギルド出張所の職員、ジョーディだった。
「そうか……。それで連中のステータスはどうだった?」
「どう、と申されても彼らも無闇に所有しているスキルの事を晒す事はなく、名前とか提示しても問題ないようなスキルだけしか拝見していないので……」
「その見えた範囲の中で妙な事はなかったか? 特にあのホージョーという男とイシダという男についてだ。例えば……スキルの数が二ページ目にまで達していたとか、そういう非表示にしてても判別できるような事でいい」
一度しかしていない自己紹介、それも十二人まとめての紹介にも関わらず二人の名前をはっきりと記憶しているゴールドル。
北条は訓練場で多少会話を交わしたとはいえ、石田については本人が無口な事から、注目も浴びにくい。
それに彼らの名前はこちらの世界では珍しい名前なので、より覚えにくいはずであった。
実際ジョーディも、最初の頃は憶えるのと上手く発音するのに苦労していたものだ。
ジョーディはゴールドルの質問の意図が読めないままギルド証作成の時を思い返してみるも、特にこれといった不審な点は見当たらなかった。
しいて言えば、みんな年齢の表示よりも若く見えるといった事位だろうか。
中でもメアリーの年齢を初めて知ったジョーディは、驚きの余り失礼ながら何度もメアリーを見返してしまった。
「うーん、私のみた限りでは特に不審な点は見当たりませんでした。ただ、みなさんの年齢が見た目より年上だった事が意外でしたね。特にメアリーさんには驚かされました」
「メアリーってーと、あの過保護で"回復魔法"を使う嬢ちゃんだな。……ちなみに何歳だったんだ?」
ジョーディの様子から好奇心が刺激されたゴールドルが、他には誰もいないにも関わらず、こっそりと小さな声でジョーディへ尋ねる。
女性の年齢について語るのは、この世界でも余りよろしいものとはされていないようで、ジョーディもおどおどとした様子で小声でメアリーの実年齢を伝える。
「……マジか! もちろん人族なんだよな? 俺の年齢からすりゃあ"嬢ちゃん"なのは変わらねーが、大分若作りしてんなあ」
ズケズケと失礼な物言いのゴールドルに、ジョーディも思わず「あはは…‥」と愛想笑いを浮かべている。
「に、しても……特に不審な点はなかったか。俺の勘も鈍ったかねえ……」
ひとつの道を突き進む者は、それに関係する物事に対して勘が働く事はある。
これは長年の経験や知識などから脳が無意識に働いて、適切だと思われる選択肢を示す直観とか呼ばれるものだ。
しかし、ゴールドルに関してはそれだけにとどまらない。
彼はスキルとして"第六感"というものを所有しており、言葉では上手く説明できない感覚で、"何か"を感じ取る事があるのだ。
それは何も人に関する事だけではなく「明日は大雨になりそうだ」などといった出来事としては別に大したことないような時にもこのスキルは発動する。
逆に詳細は分からないが明日命の危険がある、などといった本人にとっては重要な事を知らせてくれることもあった。
発動させようと思って発動させられるスキルではなく、また未来予知的な内容の場合そんなに先の未来の事までは知らせてくれない。
そしてこのスキルの発動に関しては、所有する人によって偏りも見られる。
冒険者という職業のせいでスキルの性質が寄っていったのか、元々そういう性質だったのかは分からない。
ゴールドルの"第六感"スキルの場合は、危険に関する事や人と対面した際にスキルが発動する事が多かった。
そのため、現役時代はかなりこのスキルのお世話になっていたもので、それは本人だけでなく、パーティーメンバーの命を何度となく救ったものだった。
ゴールドルはそんな自身のスキルをこよなく信頼しており、あの時あの場にいた十二人の内、石田と北条に対してはスキルが何かを訴えていたのだ。
付け加えるならば、十二人全員が全て微弱な違和感のようなものを放っていたのだが、特に石田と北条――特に北条に対して強い感覚を覚えていた。
それは、昨年ごろから街で活動しているあの"司祭"と同等の強い反応で、これまでのゴールドルの人生の中でも、あそこまで強くスキルが反応を示したことはなかった。
しかし件の"司祭"は今の所何か騒動を起こすでもなし、平穏な生活は続いている。
そこへ新しく表れた、反応が気になる二人を含む十二人の『遠い異国から来た』と述べる彼ら。
何かが起こり始めているのではないか、という思いがゴールドルの胸の内で膨らんでいく。
「あ、あの……」
深く考え込み黙りこくってしまったせいか、どこか所在無げな様子だったジョーディがおずおずと声をかける。
ふと現実に戻されたゴールドルは、
「ああ、すまん。特に問題がないなら、それでいい。で、お前を呼んだのはダンジョンについて詳しく聞くためだ。鳥便では詳しい所まで知らせる事はできんからな。まあ、そっちのソファーにでも座ってくれ」
そういうと、自らも窓辺の大きな机の傍からソファーの方へと移動する。
未だ若干の緊張感を持ちつつ、ジョーディも同じくソファーへと座り、ダンジョンに関する話が始まった。
▽△▽
「で、ダンジョン入口付近に迷宮碑を確認したとの事だったが……」
「はい。鳥便では伝えきれませんでしたので、こちらで今報告致します。該当のダンジョンの転移部屋には十二柱の迷宮碑が配置されていました」
「なっ! 十二だと?」
それを聞いたゴールドルは驚きを隠せない様子で声を上げた。
思わず「間違いないのか?」などと尋ねそうになったが、見間違えるようなものでもないし、ここで虚偽の報告をする意味もない。
うーん、と唸るゴールドルに対し続けて報告が行われていく。
「迷宮碑は円状に等間隔に配置されており、部屋の大きさもかなりのものがありました。更に、部屋の一番奥にある迷宮碑は〈ソウルボード〉を嵌めこむ窪みもありました」
「なんとっ……」
この《ヌーナ大陸》だけでも現在把握されているだけで、ダンジョンは百以上存在していると言われている。
その中でも〈ソウルボード〉対応のダンジョンの数は僅か四つしかない。
故に、冒険者にとって必須である〈ソウルダイス〉と比べ、〈ソウルボード〉を持っている冒険者が少ないのは、利用する機会がそもそもほとんどない、という理由からであった。
「これは、間違いなくそのダンジョンは祝福されているな」
「でしょうね……」
『祝福されたダンジョン』
それは一度ジョーディが長口上をしていた時にもポロッと漏れた言葉で、その時は結局有耶無耶にされてしまっていたのだが、後日その事を覚えていた北条に指摘され、その際に既に全員に説明は行われている。
まず前提としてダンジョンの最奥には必ず『守護者』と呼ばれる魔物が待ち構えている。
その『守護者』を倒さないと先には進めないようになっていて、見事『守護者』を討ち果たし、先へと進む事が出来ると、その先には《コアルーム》という部屋へと通じている。
その部屋の中央部には〈ダンジョンコア〉と呼ばれる、そのダンジョンの核となる薄い水色のクリスタルのようなものが安置されており、その形状はダンジョンによって微妙に異なり、大きさも規模の大きいダンジョンほど大きくなる。
そして重要なのは、その〈ダンジョンコア〉の隣に並び立つように存在している石碑である。
その材質は迷宮碑と同系統であり、高さは一メートルほど。
ただし、迷宮碑のように上部に窪みがあったりという事はなく、代わりに側面部に一面だけ精緻な文様が彫り刻まれている。
この石碑――神碑とも呼ばわれる石碑が存在しているダンジョンの事を冒険者たちは『祝福されたダンジョン』と呼んでいるのだ。
何故、神碑があるだけで『祝福されたダンジョン』と呼ばれるのか。
それは実際に神碑に触れてみれば誰しもが理解する。
神碑に触れた者に対し「ダンジョンを制覇せし者に祝福を授ける」という神の声が頭の中に響き渡ってくるからだ。
これは最初に触れた一人だけの特権ではなく、守護者を打ち倒したパーティー全員が同じ恩恵を受ける事ができる。
与えられる祝福は幾つも種類があり、どんな祝福が得られるかは同じパーティー内であってもバラバラだ。
その多くは身体能力や魔力の増加などであるが、稀にスキルや加護を授かる事もある。
この祝福は一度授かると、基本的に同じダンジョンでは再度授かる事ができない。
そのため、より強さを求める高ランクの冒険者は各地の『祝福されたダンジョン』を巡り、祝福を重ねてより高きを目指す。
このように多くの冒険者にとってダンジョンに更に付加価値をプラスしてくれる『祝福されたダンジョン』であるが、今までの冒険者達の活動によってある程度の傾向が明らかになっている。
それは、迷宮碑の設置されている迷宮はほぼ『祝福されたダンジョン』であるということ。
特に今回のケースのように、十二柱もの迷宮碑が設置されているとなれば、ほぼ確実だろうと予想できる。
一応迷宮碑が設置されていないダンジョンの中にも祝福されたダンジョンは存在しており、その見分け方の目安はダンジョンの攻略難度が関係していると言われている。
要するに魔物が強かったり、階層が深かったりといったダンジョンなら、迷宮碑の有無関係なく祝福されている可能性が高い、という事だ。
「それと、先ほど迷宮碑が円状に配置されていると言いましたが、その円の中心。つまり部屋の中央部には、これまで聞いたこともないような奇妙な構造物が存在していました」
そう報告すると、ジョーディは中央部にあった"鳥居"だとか"手水舎"の形状について語っていく。
今までのダンジョンにないその珍妙な特徴に、かつての熟練の冒険者であるゴールドルもお手上げのようで、ジョーディと二人してあーでもない、こーでもないと"謎の構造物"についてしばし話が続く。
「まー、結局今の段階では推測する事しかできんな。それよりも今後の具体的な話について話をするぞ」
そうして《ジャガー村》の冒険者ギルド出張所の扱いだとか、グリーク支部から派遣する職員の話だとか、込み入った話はしばらく続くのだった。
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