恋人は笑う、私の知らない顔で

鳴哉

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 私が今日、恋人のハルの勤務先であるこの工房へ彼に会いに来たのは、彼女たちが今話しているような噂話を聞いたからだった。

 私はただの噂だと信じていない。休みの度に会いに来てくれる彼は、変わらず優しいし、私に愛を伝えてくれる。心変わりなんて感じられなかった。

 だけど、父は怒り心頭だった。私や世間に誤解を与えるような言動をしているのなら、二度とパン屋の敷居を跨がせない、何なら王都から店を移転する、とまで言い出したのだ。

 私はそれを宥めるために、彼の次の休みを待つことなく、どうしてこんな噂話が出回っているのか、事情を確認しようと会いに来たのだった。
 確かに、最近休みの間隔が開いていて、前に会ったのは1ヶ月も前になる。その時の彼は特に変わりはなかったのだけど。



「そう言えば、ハルさん、勤め初めた頃は恋人がいると言ってたわよね」

 思わず、ビクリと肩が揺れてしまう。このタイミングで「それ、私です」なんて言う勇気は私にはなく、挙動不審のまま口を閉じる。

「本当に? それはあれじゃない? マーガレアお嬢様との身分差を考えて、自分から距離を取ろうとするための嘘だったのよ」

「なるほど~。健気ね、ハルさん」

「少なくとも今のお相手はマーガレア様でしょう? もし、誰かと付き合っていたとしても、早々に別れたんじゃない?」

「マーガレア様と比べたら、そりゃあマーガレア様一択でしょ」

「美少女だし貴族令嬢でお金持ちだし」

「マグミット男爵はうちの工房にはなくてはならない出資者だしね。結婚したら、ここの工房長になれるかも」

「未来は安泰よねえ」


 確かに、ただの平民のパン屋の娘と男爵令嬢とでは勝負にならない。
 私がハルにあげられるのは、玉子サンドくらいなのだ。


 美しいご令嬢に心を奪われてしまった?

 貴族になりたかった?

 それとも有名な工房で出世したかった?


 だけど、恋人ってそういうものじゃないはず。ハルは、そんなもの望んで、私と別れるような人とは思えなかった。


「ハルさんが工房の奥の一室借り切って何か作ってるのは、知ってる?」

「工房長に頼み込んで、私物の材料持ち込んでるんだよね」

「あれ、絶対、マーガレア様への内緒の贈り物だと思う!」

「確かに! 絶対あそこには誰も入らせないものね」

「何かしら? アクセサリーよね、きっと」


 ハルは金属を加工する職人だ。それも、繊細な技術を要するアクセサリーの類いを得意としている。

 贈り物と聞いて、自分への物かと期待してしまった私は、一番近くに座っていた女性の言葉に息を止める。


「私、ちらっとだけ見たことあるの。あれ、ティアラだったと思う」

 歓声が上がる。

「それ、絶対、マーガレア様のだよ! 貴族の結婚式では必須のやつ!」


 ハルが仕事ではなく、私用でティアラを作っている。
 ティアラなんて、パン屋の娘には絶対必要ない。ティアラが必要になるシチュエーションとして思いつくのは、さっき誰かが言ったように、慣例で被ることになっている貴族の結婚式くらい。


 じゃあ、それは、誰への贈り物?


 彼を信じていた心が、ちょっとだけ揺れたその時。

 部屋に入ってきたのは、絶世の美少女だった。



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