2 / 5
2
しおりを挟む
私が今日、恋人のハルの勤務先であるこの工房へ彼に会いに来たのは、彼女たちが今話しているような噂話を聞いたからだった。
私はただの噂だと信じていない。休みの度に会いに来てくれる彼は、変わらず優しいし、私に愛を伝えてくれる。心変わりなんて感じられなかった。
だけど、父は怒り心頭だった。私や世間に誤解を与えるような言動をしているのなら、二度とパン屋の敷居を跨がせない、何なら王都から店を移転する、とまで言い出したのだ。
私はそれを宥めるために、彼の次の休みを待つことなく、どうしてこんな噂話が出回っているのか、事情を確認しようと会いに来たのだった。
確かに、最近休みの間隔が開いていて、前に会ったのは1ヶ月も前になる。その時の彼は特に変わりはなかったのだけど。
「そう言えば、ハルさん、勤め初めた頃は恋人がいると言ってたわよね」
思わず、ビクリと肩が揺れてしまう。このタイミングで「それ、私です」なんて言う勇気は私にはなく、挙動不審のまま口を閉じる。
「本当に? それはあれじゃない? マーガレアお嬢様との身分差を考えて、自分から距離を取ろうとするための嘘だったのよ」
「なるほど~。健気ね、ハルさん」
「少なくとも今のお相手はマーガレア様でしょう? もし、誰かと付き合っていたとしても、早々に別れたんじゃない?」
「マーガレア様と比べたら、そりゃあマーガレア様一択でしょ」
「美少女だし貴族令嬢でお金持ちだし」
「マグミット男爵はうちの工房にはなくてはならない出資者だしね。結婚したら、ここの工房長になれるかも」
「未来は安泰よねえ」
確かに、ただの平民のパン屋の娘と男爵令嬢とでは勝負にならない。
私がハルにあげられるのは、玉子サンドくらいなのだ。
美しいご令嬢に心を奪われてしまった?
貴族になりたかった?
それとも有名な工房で出世したかった?
だけど、恋人ってそういうものじゃないはず。ハルは、そんなもの望んで、私と別れるような人とは思えなかった。
「ハルさんが工房の奥の一室借り切って何か作ってるのは、知ってる?」
「工房長に頼み込んで、私物の材料持ち込んでるんだよね」
「あれ、絶対、マーガレア様への内緒の贈り物だと思う!」
「確かに! 絶対あそこには誰も入らせないものね」
「何かしら? アクセサリーよね、きっと」
ハルは金属を加工する職人だ。それも、繊細な技術を要するアクセサリーの類いを得意としている。
贈り物と聞いて、自分への物かと期待してしまった私は、一番近くに座っていた女性の言葉に息を止める。
「私、ちらっとだけ見たことあるの。あれ、ティアラだったと思う」
歓声が上がる。
「それ、絶対、マーガレア様のだよ! 貴族の結婚式では必須のやつ!」
ハルが仕事ではなく、私用でティアラを作っている。
ティアラなんて、パン屋の娘には絶対必要ない。ティアラが必要になるシチュエーションとして思いつくのは、さっき誰かが言ったように、慣例で被ることになっている貴族の結婚式くらい。
じゃあ、それは、誰への贈り物?
彼を信じていた心が、ちょっとだけ揺れたその時。
部屋に入ってきたのは、絶世の美少女だった。
私はただの噂だと信じていない。休みの度に会いに来てくれる彼は、変わらず優しいし、私に愛を伝えてくれる。心変わりなんて感じられなかった。
だけど、父は怒り心頭だった。私や世間に誤解を与えるような言動をしているのなら、二度とパン屋の敷居を跨がせない、何なら王都から店を移転する、とまで言い出したのだ。
私はそれを宥めるために、彼の次の休みを待つことなく、どうしてこんな噂話が出回っているのか、事情を確認しようと会いに来たのだった。
確かに、最近休みの間隔が開いていて、前に会ったのは1ヶ月も前になる。その時の彼は特に変わりはなかったのだけど。
「そう言えば、ハルさん、勤め初めた頃は恋人がいると言ってたわよね」
思わず、ビクリと肩が揺れてしまう。このタイミングで「それ、私です」なんて言う勇気は私にはなく、挙動不審のまま口を閉じる。
「本当に? それはあれじゃない? マーガレアお嬢様との身分差を考えて、自分から距離を取ろうとするための嘘だったのよ」
「なるほど~。健気ね、ハルさん」
「少なくとも今のお相手はマーガレア様でしょう? もし、誰かと付き合っていたとしても、早々に別れたんじゃない?」
「マーガレア様と比べたら、そりゃあマーガレア様一択でしょ」
「美少女だし貴族令嬢でお金持ちだし」
「マグミット男爵はうちの工房にはなくてはならない出資者だしね。結婚したら、ここの工房長になれるかも」
「未来は安泰よねえ」
確かに、ただの平民のパン屋の娘と男爵令嬢とでは勝負にならない。
私がハルにあげられるのは、玉子サンドくらいなのだ。
美しいご令嬢に心を奪われてしまった?
貴族になりたかった?
それとも有名な工房で出世したかった?
だけど、恋人ってそういうものじゃないはず。ハルは、そんなもの望んで、私と別れるような人とは思えなかった。
「ハルさんが工房の奥の一室借り切って何か作ってるのは、知ってる?」
「工房長に頼み込んで、私物の材料持ち込んでるんだよね」
「あれ、絶対、マーガレア様への内緒の贈り物だと思う!」
「確かに! 絶対あそこには誰も入らせないものね」
「何かしら? アクセサリーよね、きっと」
ハルは金属を加工する職人だ。それも、繊細な技術を要するアクセサリーの類いを得意としている。
贈り物と聞いて、自分への物かと期待してしまった私は、一番近くに座っていた女性の言葉に息を止める。
「私、ちらっとだけ見たことあるの。あれ、ティアラだったと思う」
歓声が上がる。
「それ、絶対、マーガレア様のだよ! 貴族の結婚式では必須のやつ!」
ハルが仕事ではなく、私用でティアラを作っている。
ティアラなんて、パン屋の娘には絶対必要ない。ティアラが必要になるシチュエーションとして思いつくのは、さっき誰かが言ったように、慣例で被ることになっている貴族の結婚式くらい。
じゃあ、それは、誰への贈り物?
彼を信じていた心が、ちょっとだけ揺れたその時。
部屋に入ってきたのは、絶世の美少女だった。
884
あなたにおすすめの小説
マリアの幸せな結婚
月樹《つき》
恋愛
花屋の一人娘マリアとパン屋の次男のサルバトーレは子供の頃から仲良しの幼馴染で、将来はマリアの家にサルバトーレが婿に入ると思われていた。
週末は花屋『マルゲリータ』でマリアの父の手伝いをしていたサルバトーレは、お見舞いの花を届けに行った先で、男爵家の娘アンジェラに出会う。
病気がちであまり外出のできないアンジェラは、頻繁に花の注文をし、サルバトーレを呼び寄せた。
そのうちアンジェラはサルバトーレとの結婚を夢見るようになって…。
この作品は他サイトにも投稿しております。
カメリア――彷徨う夫の恋心
来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。
※この作品は他サイト様にも掲載しています。
彼のいない夏
月樹《つき》
恋愛
幼い頃からの婚約者に婚約破棄を告げられたのは、沈丁花の花の咲く頃。
卒業パーティーの席で同じ年の義妹と婚約を結びなおすことを告げられた。
沈丁花の花の香りが好きだった彼。
沈丁花の花言葉のようにずっと一緒にいられると思っていた。
母が生まれた隣国に帰るように言われたけれど、例え一緒にいられなくても、私はあなたの国にいたかった。
だから王都から遠く離れた、海の見える教会に入ることに決めた。
あなたがいなくても、いつも一緒に海辺を散歩した夏はやって来る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる