恋人は笑う、私の知らない顔で

鳴哉

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 マーガレア様だとすぐにわかった。

 こんな綺麗な人、初めて見た。

 そして、こんな綺麗な人と並んで、お似合いと言われるハルのことを思い浮かべた。

 確かに、極々平凡な容姿の町娘の私より、彼女の隣がハルにはよく似合う。それくらいハルはとてもカッコいい。


「皆様、部屋の外まで声が聞こえていらっしゃったわよ」

 注意する声も高く澄んでいて、森で囀る小鳥のように可愛らしい。


 確かに、ハルも彼女にならはにかむように笑うかも知れない。どんな表情か全く想像できなかったけど。
 だって、そんな顔、私は見たことない。


「それに、ハルが私に秘密にしていることを、そんな風に簡単にバラさないで」

 ふふ、と余裕のある笑みでマーガレア様が言うと、女性たちは慌て出した。

「も、申し訳ありません」

「まさか、マーガレアお嬢様がこんな裏方にいらっしゃるとは思いもせず」

 マーガレア様は、頭を下げて謝る彼女たちを責めたりするような、よくある高慢な貴族のご令嬢ではなかった。

「たまには工房の皆様とたわいないお話でもさせていただこうかと思って、休憩室に来させていただいたの。ご迷惑でしたかしら?」

 そう言って、マーガレア様は手にしていた包みを差し出す。どうやら差し入れのお菓子のようだ。
 私も、ハル以外の方への差し入れを持ってきたら良かった、と今頃思いつく。
 噂話など信じない、ハルを信じてる、と思っていた私だけど、そんな配慮を忘れるほど動揺していたのかも。


 テーブルの上座の位置に当然のように腰掛けたマーガレア様は、にこやかに微笑んだ。

「ハルが私のために結婚式用のティアラを作ってくれていることは、工房長から聞いて知っていたの。彼は秘密にしているつもりだから、皆様も知らないことにしておいてね」

「はい、わかりました!」

「やっぱり、お嬢様のティアラだったんですね!」

 一番若い女性が、聞いてもいいのか様子を伺いながら、おずおずと問いかける。

「あの、あのティアラは、その、マーガレア様とハルさんの結婚式のために、ですか?」

 私は内心どきりとしながら、マーガレア様に注目する。


 マーガレア様は笑った。薔薇の花のように。


「今度、ハルは国王から表彰を受けることが内定したでしょう? それによって、一代限りの貴族位を賜るそうなの。それでようやく、父から結婚の許可をいただけたのよ」

 またしても歓声が上がる。

「唯一の問題の身分の差が解消されたのですね!」

「おめでとうございます!」

「結婚のお許しが出たから、ハルさん、急いでティアラを作り始めたんですね。最近休みの日も工房に籠っているなあ、と思ってたんです」

「結婚式はいつなんですか?」

「気が早いわよ。貴族の方は、婚約期間を設けるものよ」

 興奮して口々に口を開くかしましい彼女たちを微笑ましいものを見るように見るマーガレア様。

「できれば私、プロポーズなるものをされてみたいわ。政略結婚が多い貴族の中ではあまり経験された方がいなくって」

 マーガレア様は頬を染めて、恥ずかしそうに言う。なんて可愛らしい。こんなの、ハルだって好きになってしまう。

 それに、一代限りとはいえ、貴族になるハルのお嫁さんには、パン屋の娘でなく男爵令嬢の方が相応しいと思えた。

 これから若手の職人として活躍が期待されているハルにとって、工房の出資者のマグミット男爵家のご令嬢との結婚は、とても有益だろう。
 ハルが工房の職人としてとても頑張っていることを知っている私は、その選択を責めることなんてできそうにない。


 素直にそう思えた私なのだけど、やっぱり嫌だった。ハルが望む、ハルのためになる結婚だとしても、祝福などできはしない。


「貴女、どうしたの?」

 隣にいた女性があげた声で、皆の視線が私に向いた。

「どうして泣いているの?」

 あれ、私、泣いてる。

 言われて初めて、自分の目から涙がはらはらと落ちていることに気付く。

 慌てて手で拭うけれど、勝手に溢れる涙が止まらない。とりあえず「すみません」と口にして、俯いた時。


「これ、どういう状況ですか?」
 

 今、一番会いたくて、でも会うのが怖い人の声が部屋に響いた。




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