恋人は笑う、私の知らない顔で

鳴哉

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 幼馴染で恋人の彼が、王都でも有名な工房に声をかけられて就職が決まった時、なんとなく胸が騒いだのを思い出す。

 いつか、こんな日が来るかも知れないと。



「本当にお似合いのお二人よねえ」

「ええ、まるで一対のお人形みたい」

「もうそろそろ婚約のお許しも出るとか」

 興奮冷めやらぬ女性たちの会話が聞こえてきた。その話に夢中のまま部屋に入ってきた彼女たちは、見慣れない私が部屋の隅に佇んでいることに気付く。

「あら、どちら様ですか?」

 私とあまり歳の変わらない売り子さんと思われる女性が声をかけてくる。

「こんにちは。こちらで働いている者に面会に来たのですが、この部屋で待つように言われまして」

 ペコリと頭を下げた拍子に抱き抱えていたパンの包みがくしゃりと音を立てる。久しぶりに会う彼のために作った玉子サンド。彼はこれを食べる時いつも「毎日食べられたらいいのに」と笑うのだ。

「そうなんですね。なら、そこの椅子におかけになっていらして」

 愛想の良い笑顔で同じ制服を着た少し年上の女性がテーブルの端の席を指し示した。
 お言葉に甘えて、座らせてもらう。彼の休憩時間までにはまだ時間があることを聞いていたのでありがたい。

 同じテーブルに女性たちは座り、噂話が再開する。どうやらここは彼女たちの休憩室も兼ねているようだ。


「ハルさんは優れた職人ってだけでなく、平民とは思えないほどの美丈夫ですもの。そりゃあ、マーガレアお嬢様の目にも留まるわよ」

「お嬢様のハルさんへの好意は最初から隠しきれていらっしゃらなかったけれど、最近は隠そうともなさらなくなったわよね。これは正式にお付き合いを始められたってことよね?」

「マーガレア様も王都で評判の美少女だもん。そりゃあ、当然の結果だと思う」

「そう言えば、ハルさんがお嬢様を見る時の顔を見たことある?」

「何度も見たわよ! お仕事の時の真剣な顔とは全く違って、優しくはにかむように笑うのよ!」

 黄色い歓声が上がる。
 聞こうとせずとも聞こえてくる会話の中の名前に、私は耐えきれず声をかけた。

「あの、今おっしゃっていたのは」

「あら、ごめんなさい。気になるわよね」

 一番年上と思われる眼鏡をかけた女性が私に笑いかけた。

「ここだけの話にしていただけると助かるのだけど、我が工房の若手一の職人で今度国王から表彰されることが内定しているハル・エディットと、工房の出資者であるマグミット男爵家の末のお嬢様のマーガレア・マグミット様が、恋仲なの」

「惹かれ合う2人。なのにそれを阻む身分の差!」

「私たちは、同僚としてハルさんを応援したいと思っていて」

「とてもお似合いの二人なのよ。お会いになったことある?」

「ええっと、男爵家のご令嬢は噂でしか。私、ただのパン屋の娘なので」

 次々と話しかけられて、私が悩みながらそう答えれば、一番若い女性が、「なんか美味しそうな匂いすると思った!」とパンの包みを興味深そうに見た。
 私は心の中で、ハルのことはよく知っているのだけど、と補足した。






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