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そんなことを考えていたウィズラート家での茶会。急用で席を外したケイン様に代わるように、アリア嬢が東屋にやって来た。
ちなみに、今日の茶菓子は私が持参したもので、お茶はそれに合うものをケイン様が選んでくれた。
「ご機嫌よう、アリア様」
「貴女、どういうつもりなの?!」
この人は挨拶もできないのか、とちょっと残念に思ったのが顔に出てしまったのは仕方ないと思う。端から喧嘩腰だった彼女の眉間にさらに深い皺が寄る。せっかくの美人が台無しだ。
「ケインは当主になって忙しいのよ! 貴女のお遊びに付き合っている暇はないの!!」
どうやら、私がデートに誘い出しているのが気に食わないらしい。
「私は婚約者として交流を深めようとしているだけです。ケイン様もお断りになられないので、問題はないかと」
「ケインは気が弱いから断れないだけよ! 貴女にはわからないだろうけどね」
幼馴染である優越感かも知れないけれど、失礼な言い草だ。
「ケイン様は気が弱くありませんし、本当に嫌だったり無理であれば、お断りされると思います」
もしかしたら、彼女の中では彼はずっと幼い弟のような守るべき存在のままなのかも知れない。そう好意的に考えてみる。
「貴女が図々しいだけでしょう?! ケインは両親を早くに亡くした可哀想な人なのよ! 喪に服している彼に無駄なお金と時間を使わせて、気の毒だと思わないの?! 最近は私を遠ざけるよう無理強いしたりして、どれだけ冷たい女なの?!」
どうやらそんな感じでもないらしい。
「アリア様は、いつまでケイン様を喪に服させる気なんですか?」
「は?!」
「もう16年経つんですよ? 確かに幼い頃両親を亡くされたケイン様はお気の毒です。喪に服されていた時期もあるでしょう。でも、いつまで可哀想なままでいさせる気なんですか? もう、新しい気持ちで自らの人生を生きてもいいと思います」
「私が押しつけてるみたいに言わないで! よく知りもしない貴女が偉そうに!!」
「婚約者との交流を無駄だなんて言って、喪に服せと押しつけてるんでしょう? そんな風に貴女がいつまでも一番近くで、可哀想、可哀想と言い続けるから、彼もそこから抜け出せないんじゃないですか!」
つい、彼女の勢いに煽られてしまった私に、急にアリア嬢が得意げに鼻を鳴らした。
「そうよ! 貴女も認めているんでしょう?! 私がケインの一番近くにいて、一番彼のことを分かっているのよ!!」
自分に都合の良いところだけ、耳に入れるなんて、本当、調子がいい。それに、いろいろと聞き捨てならない。
「一番近くにいながら、16年もあんな暗い顔をさせてきたなんて、幼馴染としてどうなんですか? 彼のことを少しでも思っているなら、もっと楽しい顔をさせてあげたらいいのに!!」
語気を強めた私の言葉が少しは届いたのだろうか、アリア嬢の表情は益々険しくなった。
「うるさいっ! 私とケインの関係は幼馴染なんて言葉じゃ足りないの! 私たちは、愛し合っているのよ! 貴女なんて所詮お飾りの妻にしかなれないんだから、今のうちに婚約解消しなさいっっ!!」
「ケイン様は貴女のこと、姉のようにしか思ってないって言ってましたけど!」
「そんな嘘、信じないわ! 彼が愛してるのは私! 貴女なんかいらないのよっっ!!」
売り言葉に買い言葉で、お互いにかなり興奮してしまった挙句、アリア嬢は私に掴みかかってきた。赤く長い爪が、防ごうとした私の手の甲を掠める。流石にカチンときた。
「私も言いたいこと我慢できず言っちゃうような淑女らしくない女だけど、貴女みたいな礼儀知らずで暴力的で、実はケイン様のことをちゃんと見てもいない人が、伯爵夫人になってケイン様を支えられるとは思えない!」
勢いのままに私は叫んだ。
「私がケイン様を幸せにしてみせるわ!!」
溜まりに溜まった感情が限界を超えて、最早罵声とも言える私の強い口調に、憤怒の表情だったアリア嬢の顔から一才の感情が抜け落ちた。訳もわからず背筋が凍る。
彼女はサイドテーブルにあったティーポットを持ち上げた。まだお湯の入ったそれは、片手で持つには重いと思うのだけれど、彼女はそれを感じさせなかった。
「お前なんか、お前なんか! 伯爵家に嫁げないような女になってしまえばいいっ!!」
横薙ぎに払われた手からポットが投げつけられる軌道がスローモーションで見えた。熱湯ではないものの火傷はするだろうし、陶器がぶつかって無傷ではいられないだろう。
自慢ではないが、運動全般は不得手だ。反射神経も人より劣ると自負している。
言い過ぎたなあ、と走馬灯のごとく彼女とのやりとりを反芻しながら、覚悟を決めた。
後ろから腕を引かれた。
蹈鞴を踏んでよろけた体を誰かに受け止められる。
硬い胸板が背に触れた。
東屋のアイボリーのタイルに落ちたティーポットの割れる音。
飛び散る飛沫と欠片。
驚愕に見開かれるアリア嬢の紫の瞳。
侍女の高い悲鳴。
突然割り込んできた背の高い壮年の男性。
彼の手がアリア嬢の頬を打った乾いた音。
コマ送りのように一瞬で起きた出来事に、息をするのを忘れていた私は、
「大丈夫か?!」
と頭越しに問われた声で、ようやく息を吐いた。
こんな近くで声を聞いたのは初めてで、こんな時だというのにどきりとした。
「大丈夫、です」
そう返すと、ケイン様も同じように息を吐いた。
「……驚いた」
流石にケイン様もアリア嬢がこんなことをするとは思っていなかったのだろう。私が焚き付け過ぎたところが多分にあるので、大変申し訳ない。
ちなみに、今日の茶菓子は私が持参したもので、お茶はそれに合うものをケイン様が選んでくれた。
「ご機嫌よう、アリア様」
「貴女、どういうつもりなの?!」
この人は挨拶もできないのか、とちょっと残念に思ったのが顔に出てしまったのは仕方ないと思う。端から喧嘩腰だった彼女の眉間にさらに深い皺が寄る。せっかくの美人が台無しだ。
「ケインは当主になって忙しいのよ! 貴女のお遊びに付き合っている暇はないの!!」
どうやら、私がデートに誘い出しているのが気に食わないらしい。
「私は婚約者として交流を深めようとしているだけです。ケイン様もお断りになられないので、問題はないかと」
「ケインは気が弱いから断れないだけよ! 貴女にはわからないだろうけどね」
幼馴染である優越感かも知れないけれど、失礼な言い草だ。
「ケイン様は気が弱くありませんし、本当に嫌だったり無理であれば、お断りされると思います」
もしかしたら、彼女の中では彼はずっと幼い弟のような守るべき存在のままなのかも知れない。そう好意的に考えてみる。
「貴女が図々しいだけでしょう?! ケインは両親を早くに亡くした可哀想な人なのよ! 喪に服している彼に無駄なお金と時間を使わせて、気の毒だと思わないの?! 最近は私を遠ざけるよう無理強いしたりして、どれだけ冷たい女なの?!」
どうやらそんな感じでもないらしい。
「アリア様は、いつまでケイン様を喪に服させる気なんですか?」
「は?!」
「もう16年経つんですよ? 確かに幼い頃両親を亡くされたケイン様はお気の毒です。喪に服されていた時期もあるでしょう。でも、いつまで可哀想なままでいさせる気なんですか? もう、新しい気持ちで自らの人生を生きてもいいと思います」
「私が押しつけてるみたいに言わないで! よく知りもしない貴女が偉そうに!!」
「婚約者との交流を無駄だなんて言って、喪に服せと押しつけてるんでしょう? そんな風に貴女がいつまでも一番近くで、可哀想、可哀想と言い続けるから、彼もそこから抜け出せないんじゃないですか!」
つい、彼女の勢いに煽られてしまった私に、急にアリア嬢が得意げに鼻を鳴らした。
「そうよ! 貴女も認めているんでしょう?! 私がケインの一番近くにいて、一番彼のことを分かっているのよ!!」
自分に都合の良いところだけ、耳に入れるなんて、本当、調子がいい。それに、いろいろと聞き捨てならない。
「一番近くにいながら、16年もあんな暗い顔をさせてきたなんて、幼馴染としてどうなんですか? 彼のことを少しでも思っているなら、もっと楽しい顔をさせてあげたらいいのに!!」
語気を強めた私の言葉が少しは届いたのだろうか、アリア嬢の表情は益々険しくなった。
「うるさいっ! 私とケインの関係は幼馴染なんて言葉じゃ足りないの! 私たちは、愛し合っているのよ! 貴女なんて所詮お飾りの妻にしかなれないんだから、今のうちに婚約解消しなさいっっ!!」
「ケイン様は貴女のこと、姉のようにしか思ってないって言ってましたけど!」
「そんな嘘、信じないわ! 彼が愛してるのは私! 貴女なんかいらないのよっっ!!」
売り言葉に買い言葉で、お互いにかなり興奮してしまった挙句、アリア嬢は私に掴みかかってきた。赤く長い爪が、防ごうとした私の手の甲を掠める。流石にカチンときた。
「私も言いたいこと我慢できず言っちゃうような淑女らしくない女だけど、貴女みたいな礼儀知らずで暴力的で、実はケイン様のことをちゃんと見てもいない人が、伯爵夫人になってケイン様を支えられるとは思えない!」
勢いのままに私は叫んだ。
「私がケイン様を幸せにしてみせるわ!!」
溜まりに溜まった感情が限界を超えて、最早罵声とも言える私の強い口調に、憤怒の表情だったアリア嬢の顔から一才の感情が抜け落ちた。訳もわからず背筋が凍る。
彼女はサイドテーブルにあったティーポットを持ち上げた。まだお湯の入ったそれは、片手で持つには重いと思うのだけれど、彼女はそれを感じさせなかった。
「お前なんか、お前なんか! 伯爵家に嫁げないような女になってしまえばいいっ!!」
横薙ぎに払われた手からポットが投げつけられる軌道がスローモーションで見えた。熱湯ではないものの火傷はするだろうし、陶器がぶつかって無傷ではいられないだろう。
自慢ではないが、運動全般は不得手だ。反射神経も人より劣ると自負している。
言い過ぎたなあ、と走馬灯のごとく彼女とのやりとりを反芻しながら、覚悟を決めた。
後ろから腕を引かれた。
蹈鞴を踏んでよろけた体を誰かに受け止められる。
硬い胸板が背に触れた。
東屋のアイボリーのタイルに落ちたティーポットの割れる音。
飛び散る飛沫と欠片。
驚愕に見開かれるアリア嬢の紫の瞳。
侍女の高い悲鳴。
突然割り込んできた背の高い壮年の男性。
彼の手がアリア嬢の頬を打った乾いた音。
コマ送りのように一瞬で起きた出来事に、息をするのを忘れていた私は、
「大丈夫か?!」
と頭越しに問われた声で、ようやく息を吐いた。
こんな近くで声を聞いたのは初めてで、こんな時だというのにどきりとした。
「大丈夫、です」
そう返すと、ケイン様も同じように息を吐いた。
「……驚いた」
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