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帰宅した私は、呑気にお茶を飲んでいる祖父を問い質した。
「どうして言ってくれなかったんですか?!」
一緒にお茶を飲んでいた父と母は私の剣幕に驚いている。
「言ったら会わずに断っただろう?」
悪びれもせず祖父は答える。
「どうしたの、アリシア? お見合いの相手はそんなに嫌な人だったの?」
心配そうに聞いてくる母に、私はなんとか声を絞り出した。
「……英雄マッカート様でした」
「は? 英雄がどうした?」
父が訝しげに問い返した。
「……お見合い相手は、英雄マッカート様でした」
「は?」
そうなるよね? 何馬鹿なこと言ってるんだ、って顔をしている父に向かって、もう一度繰り返す。
「お祖父様がご紹介くださったお見合い相手は、英雄マッカート様でした!!」
何度も繰り返した言葉に父母は言葉を失っている。祖父は「何か問題でもあるのか」と言って私を見た。
「問題ありますよ!」
何が問題なのかさっぱりわからない、といった体の祖父に苛立ちが募る。問題があり過ぎて何から挙げればいいのかわからない。とにかく、思いつくまま口にする。
「会ってから帰るまで、食事中もずっと、殺すぞとばかりに睨まれました!」
「ちょっと人とのコミュニケーションが苦手な男なのだ」
「食事中も、ずっと、一度も、視線を外さなかったのですよ?!」
「器用だな」
祖父の返事は私の思っていたものではない。祖父が変わり者であることは重々承知していたはずの私でも納得できるものではなく、「そういう問題ではないのです!」と言い返すと、想定外のことを言い出した。
「きっと、アリシアの顔が気に入ったのだろう」
「は? すごい形相でしたよ?」
私自身、もう少し自分に自信があれば間に受けたかもしれない。でも私は自他共に認める平々凡々な容姿で、男性に顔を褒められたことなど、かつて一度もない。
「ちょっと不器用な男なのだ」
「そんな感じは、全く、少しも、感じられませんでした! それに会話も全くなく、こちらから話しかけても結局『ああ』しか発しませんでしたし!」
「ちょっと口下手な男なのだ」
「ちょっとの意味がわかりません!」
祖父の言う「ちょっと」の定義がわからなくなってきた……。我が家が男爵位をもらうに至った功労者である祖父のことは尊敬しているのだけれど。ちなみに、祖父の功労とは隣国との戦での活躍だそうだ。マッカート殿下とはその時のご縁なのだろうか。
「多分、顔だけでなくアリシア自身も気に入ったのだろう。緊張して語彙が死んだのだろうな」
「……にわかには信じられません」
口ではやんわりそう言ったものの、そんな訳ない、と断言できる。自分に気に入られる要素は思いつかないし、気に入られたと感じられる態度の一つも思い出せなかった。祖父の言葉への信頼度が低くなるのに合わせて、何を言っても無駄だという境地に至る。
「まあ、今日無事に帰ってきたじゃないか」
呑気にそんなことを言う祖父に反論する気力も尽きて、淑女らしからぬ勢いで祖父の向かいのソファに座り込み愚痴る。
「全く無事ではありません。尋常ならない緊張感で寿命は確実に短くなりましたよ」
「お互いに慣れてくれば、緊張感もなくなるんじゃないか」
目線を同じ高さにした祖父の中に、ふといつにも増して優しい空気を感じる。祖父なりにいつまでも婚約者が決まらない私の今後を案じてくれているのだろうと思う。だけど、それだけでないようにも思う。
「慣れる前に寿命が尽きそうですけど。それに次の約束はしてませんよ?」
返した返事に、祖父は呆れたように溜息をつく。
「思った以上にヘタレだな。でもまあ大丈夫だ。文なら緊張しないだろうから、すぐに届くだろう」
あの様子から次のお誘いの文が届くとはとても思えなかった。でも、こちらからお断りできるようなものでもない。だって相手は前王の王弟殿下。祖父はとんでもない縁談を持ってきたということを自覚していない。
どうやら相手を初めて聞いた父母が慌てふためいているけれど、これからどうなるのか考えるのも億劫になった私は、早々に思考を放棄するのだった。
「どうして言ってくれなかったんですか?!」
一緒にお茶を飲んでいた父と母は私の剣幕に驚いている。
「言ったら会わずに断っただろう?」
悪びれもせず祖父は答える。
「どうしたの、アリシア? お見合いの相手はそんなに嫌な人だったの?」
心配そうに聞いてくる母に、私はなんとか声を絞り出した。
「……英雄マッカート様でした」
「は? 英雄がどうした?」
父が訝しげに問い返した。
「……お見合い相手は、英雄マッカート様でした」
「は?」
そうなるよね? 何馬鹿なこと言ってるんだ、って顔をしている父に向かって、もう一度繰り返す。
「お祖父様がご紹介くださったお見合い相手は、英雄マッカート様でした!!」
何度も繰り返した言葉に父母は言葉を失っている。祖父は「何か問題でもあるのか」と言って私を見た。
「問題ありますよ!」
何が問題なのかさっぱりわからない、といった体の祖父に苛立ちが募る。問題があり過ぎて何から挙げればいいのかわからない。とにかく、思いつくまま口にする。
「会ってから帰るまで、食事中もずっと、殺すぞとばかりに睨まれました!」
「ちょっと人とのコミュニケーションが苦手な男なのだ」
「食事中も、ずっと、一度も、視線を外さなかったのですよ?!」
「器用だな」
祖父の返事は私の思っていたものではない。祖父が変わり者であることは重々承知していたはずの私でも納得できるものではなく、「そういう問題ではないのです!」と言い返すと、想定外のことを言い出した。
「きっと、アリシアの顔が気に入ったのだろう」
「は? すごい形相でしたよ?」
私自身、もう少し自分に自信があれば間に受けたかもしれない。でも私は自他共に認める平々凡々な容姿で、男性に顔を褒められたことなど、かつて一度もない。
「ちょっと不器用な男なのだ」
「そんな感じは、全く、少しも、感じられませんでした! それに会話も全くなく、こちらから話しかけても結局『ああ』しか発しませんでしたし!」
「ちょっと口下手な男なのだ」
「ちょっとの意味がわかりません!」
祖父の言う「ちょっと」の定義がわからなくなってきた……。我が家が男爵位をもらうに至った功労者である祖父のことは尊敬しているのだけれど。ちなみに、祖父の功労とは隣国との戦での活躍だそうだ。マッカート殿下とはその時のご縁なのだろうか。
「多分、顔だけでなくアリシア自身も気に入ったのだろう。緊張して語彙が死んだのだろうな」
「……にわかには信じられません」
口ではやんわりそう言ったものの、そんな訳ない、と断言できる。自分に気に入られる要素は思いつかないし、気に入られたと感じられる態度の一つも思い出せなかった。祖父の言葉への信頼度が低くなるのに合わせて、何を言っても無駄だという境地に至る。
「まあ、今日無事に帰ってきたじゃないか」
呑気にそんなことを言う祖父に反論する気力も尽きて、淑女らしからぬ勢いで祖父の向かいのソファに座り込み愚痴る。
「全く無事ではありません。尋常ならない緊張感で寿命は確実に短くなりましたよ」
「お互いに慣れてくれば、緊張感もなくなるんじゃないか」
目線を同じ高さにした祖父の中に、ふといつにも増して優しい空気を感じる。祖父なりにいつまでも婚約者が決まらない私の今後を案じてくれているのだろうと思う。だけど、それだけでないようにも思う。
「慣れる前に寿命が尽きそうですけど。それに次の約束はしてませんよ?」
返した返事に、祖父は呆れたように溜息をつく。
「思った以上にヘタレだな。でもまあ大丈夫だ。文なら緊張しないだろうから、すぐに届くだろう」
あの様子から次のお誘いの文が届くとはとても思えなかった。でも、こちらからお断りできるようなものでもない。だって相手は前王の王弟殿下。祖父はとんでもない縁談を持ってきたということを自覚していない。
どうやら相手を初めて聞いた父母が慌てふためいているけれど、これからどうなるのか考えるのも億劫になった私は、早々に思考を放棄するのだった。
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