陰で魔王と畏怖されている英雄とお見合いしています

鳴哉

文字の大きさ
4 / 8

4

しおりを挟む
 思っていたよりも早く、マッカート殿下からの文が届いた。
 緊張しながら封を切る。中身は食事のお誘いだった。

「お見合いのお断りではなく?!」

 思わず叫んでしまった私を、祖父は「だから、アリシアが気に入ったのだろう、と言ったじゃないか」と呆れている。

 食事のお誘い、ということは、お見合いは継続。緊張感ただならぬ中での食事をまた? と思うと、ちょっと考えてしまう。でも、予約の料理店の名前を見て、私の心は揺れ動く。確か、デザートが絶品だという、ちょっと敷居の高い名店。一度も行ったことがない。

 結局、もう一度くらいなら寿命は尽きないだろうし、そもそもこちらからお断りしてよいようなものではないし、とお誘いを受けることにした。食い意地がはっている訳ではない。断りづらいお店を選ぶマッカート殿下のせいだ。


 食事会の日、約束の時間よりかなり早く着いたというのに、またしてもマッカート殿下は先に着いて待っていた。案内してくれた店員は短い悲鳴を発したが、私は予想できていた分なんとか笑顔で挨拶することができた。

「お誘いいただきありがとうございます、マッカート殿下」

 そう声をかけると、殿下の眉間にさらに皺が寄る。あまりの凶暴な顔に出かけた悲鳴を飲み込む。私、何か変なこと言った?

 その時、店員が口の中で小さく「マッカート」と呟くのが聞こえた。おそらく殿下には聞こえなかったとは思うけれど、殿下を呼び捨てるなんて不敬に当たる。
 私の眉間にも思わず皺が寄ってしまったのに気付いたのか、店員は慌てて頭を下げ個室から出て行った。

「フェイシール嬢」

 低い声で呼ばれ、私ははっと顔を上げて、殿下を見た。目を合わせないよう気をつけていたのに、見てしまった。
 「ああ」以外の言葉に不覚にも感動してしまったのだ。

 殿下は、視線は冷ややかではあるものの、想像していたものよりはるかに穏やかな表情だった。

 こんな顔もされるのだ。

 殿下は私を呼んでから、しばらく逡巡した後、「その呼び名は悪目立ちするので、できれば名前の方で呼んでくれないだろうか」とおっしゃった。

 そういえば、この店も私の名前で予約されていた。余りにも有名なその家名(ちなみにマッカートは前々王の妾であった母方の家名だ。その家は今は衰退して貴族位を返上しているそうで、現在マッカートを名乗っているのはイオネル殿下ただ一人だ。)に店側も過剰に反応することは想像に難くない。先程の店員の悪い意味での反応も思い出し納得する。公に前王王弟としてここに来ているのではないということ。
 それならば、不用意にお名前を呼んでしまった私の責だ。

「大変申し訳ございません。配慮が足りませんでした」
「いや、こちらが意向を伝えていなかっただけだ」

 意に反した言動を取った私を問答無用で叱責するような方ではないことに安堵する。

 とにかく席に着くよう促され、私は恐縮しながら着席した。目が合う。確かに視線は厳しい。でも少しの会話をしただけで、射殺されるような恐怖は感じなくなった。相手を知ることの大切さを噛み締めながら、徐々に視覚情報を頭で認識し始める。

 鋭い視線は変わらずこちらに向けられているが、これは睨んでいると言うよりも単に目付きが悪いという感じにも思えてきた。この人の顔形によるものなのかも。

 そう思えるようになると、元々の顔面の秀麗さが際立って感じられる。前回視線に怯え、顔をちゃんと見られなくてもイケメンだろうと想像できてはいたけれど、その想像を超えるイケメンっぷりに、私は自覚と共に自分の頬が紅潮していくことがとても恥ずかしかった。

 「では僭越ながら、イオネル様、とお呼びしてもよろしいでしょうか」と確認すると、堅苦しいので省略するよう言われ、結局は「イオ様」と呼ぶことになった。

 「イオ」と呼ばれるこの若い男性のことを英雄と結びつける人は多くはないだろう。でも、なんだか愛称で呼ぶみたいな感じで、私にとって難易度は高い。男性を愛称で呼ぶなんて、私の人生では初めてのことだ。
 いや、これは愛称とかではなく、ただ、便宜上で。自分の中でいろいろと言い訳をしながら羞恥心と戦うことになってしまった。


 そのはずなのに。
 私は順応性が高いのだろう。とても美味しい食事を経て、デザートを食べる頃にはもう、いろいろ考えていたことなど、すっかり忘れてしまっていた。

「ごちそうさまでした」
 そう言った時、殿下も食べ終わったところだった。

「イオ様は男性ですし体も大きいのに、私と同じ量では足りないのではないですか?」

 思わず口から出た気安い問いに、慌てて口を押さえる。今日は最初に「ああ」以外の言葉を聞いたうえに少し会話などできたものだから、ちょっと油断してしまった。鋭い視線がさらに険しくなる。やっぱり睨まれているのかも!

 しばらくの沈黙の後、答えが返ってきた。

「充分だ」

 なるほど。足りているのか。
 普通に返事が返ってきたことに、ホッとする。

「それなら良かったです」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

処理中です...