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静かな食事。
食べながらでも変わらない刺すような視線に、私は心の中で泣きながら、それでも美味しい料理に舌鼓を打つ。せっかくの料理なのにもったいない。こんな窮屈でなければもっと美味しくいただけるはずなのに。
そう思って、とにかくこの場の空気を変えようと、当たり障りのない会話を試みる。
「この前菜、とても美味しいですね」
「ああ」
「私、このスープの味付け、好みです」
「ああ」
「お肉ってこんなに柔らかく調理できるんですね」
「ああ」
「パンもこんなに種類があると悩んでしまいますね」
「ああ」
私、結構頑張ったと思う。でも「ああ」以外の言葉を引き出すことはできず、内心がっくりと項垂れた。
それでも全ての料理を完食した。決して私の食い意地がはっている訳ではない。素晴らしく美味しいコース料理だった。
向かいの席でも同じくらいのタイミングで男性は食べ終わっていた。食後のお茶を飲みながらこっそりその人を観察する。ずっとこちらを向いたままの鋭い視線に私なんかの貧弱な視線を合わせるのは心臓が持ちそうにないので、観察するのは困難を極めたけれど。
座っていても身長は私よりかなり高いことが分かる。肩幅も倍近くありそうだ。とにかく、がっちりとしていて、体を使う仕事をされているのであろうことが想像できた。顔は焦点を合わせず見る限りではあるけれど、かなりモテそうな整った顔をしているような気がする。多分、濃い青い瞳に、濃い焦茶の髪。襟足は短く切り揃えられていて清潔感がある。
その中でも私が気になったのは、その姿勢の良さだった。伸びた背筋、バランスよく椅子に腰掛け、食事を終えた後の手は両膝の辺りにそれぞれ置かれたまま、両足も適度に開いた状態で微動だにしない。石像かな、と思うくらいに。
でも、あんなに固まっていてはせっかくの美味しい食事を堪能できてはいないのだろうな、とちょっと残念に思う。一緒に食べる食事をお互いに楽しめない、それは結婚相手としてはどうだろう。少なくとも私はそう思った。
お茶を飲み終え、さてこの後どうお暇を告げたらいいのかと私の中で緊張感が増した時、お互いに名前も名乗り合っていないことに気付く。祖父からも聞いていない。
「あの、今更で申し訳ありません。私、アリシア・フェイシールと申します。祖父のダグラス・フェイシールの紹介で本日参りました」
「ああ」
こちらが自己紹介しても自らは名乗る様子もないということで、この人が私に全く興味がないことを悟る。まあ、わかっていたけれど。
でも、今日この場限りになるにしても、名前くらい、「ああ」以外を聞いてからお断りされたい。変な拘りが私の中で芽生えてしまった。
「お名前をおうかがいしてもよろしいですか? 祖父からは聞いておりませんでしたので」
そう尋ねると、初めて表情が、というか視線が動いた。何となく、眉間の皺がさらに寄って、纏う気の殺傷力が増した(気がした)。本能的に出そうになった悲鳴と涙をすんでのところで押し留める。
「……イオネル・マッカートだ」
名前を聞くのは地雷だったのか、と死を覚悟すらした私に向かって彼は名乗った。恐怖のあまり麻痺して鈍くなった頭で、どこかで聞いた名前だと思った。思考を巡らせたどり着いたのは。
「英雄マッカート殿下?!」
私は淑女らしからず、叫び、立ち上がってしまった。でも仕方ないことだと思う。まさか目の前に、つい先日儚くなられた先代の王の時代、隣国との戦で功績を上げ、英雄と呼ばれた前王弟殿下がお見合い相手として座っているなんて!
王族とのお見合いなんて、一介の男爵令嬢に容易く持ち込まれるようなものではない。それも、先代の王の時代の英雄。私とそれほど年が離れていない程の若さ(少なくとも見た目はそう見える)であることも驚きだし、そもそも隣国との戦が終結してから生まれた私にはおとぎ話の中の人物のようなものだ。
それに英雄にはもう一つ有名な二つ名があった。
『救国の魔王』
先代の王は戦の最中の治世にありながら、その温厚さ故「陽光王」と呼ばれる名君だった。その王に代わり、隣国の攻撃を跳ね返し、完膚なきまでに叩き潰し戦意を喪失させたのが、英雄マッカートであり、その様は必要以上に苛烈なものだった。
そうしないと戦は終わらず今の平和はなかったのかも知れないが、隣国の兵士だけではなく民にまで刃を向け虐殺した彼を、この国の民は英雄と崇め奉りながら、影では魔王と畏怖した。
その伝説のような人が、今、目の前にいる。
そして私を睨み続けている。視線だけで射殺されるかも知れないと感じたのはあながち間違いでもなかった。
正体を知った脅威に、私は祈るしかなかった。
何かの間違いであって欲しい、と。
食べながらでも変わらない刺すような視線に、私は心の中で泣きながら、それでも美味しい料理に舌鼓を打つ。せっかくの料理なのにもったいない。こんな窮屈でなければもっと美味しくいただけるはずなのに。
そう思って、とにかくこの場の空気を変えようと、当たり障りのない会話を試みる。
「この前菜、とても美味しいですね」
「ああ」
「私、このスープの味付け、好みです」
「ああ」
「お肉ってこんなに柔らかく調理できるんですね」
「ああ」
「パンもこんなに種類があると悩んでしまいますね」
「ああ」
私、結構頑張ったと思う。でも「ああ」以外の言葉を引き出すことはできず、内心がっくりと項垂れた。
それでも全ての料理を完食した。決して私の食い意地がはっている訳ではない。素晴らしく美味しいコース料理だった。
向かいの席でも同じくらいのタイミングで男性は食べ終わっていた。食後のお茶を飲みながらこっそりその人を観察する。ずっとこちらを向いたままの鋭い視線に私なんかの貧弱な視線を合わせるのは心臓が持ちそうにないので、観察するのは困難を極めたけれど。
座っていても身長は私よりかなり高いことが分かる。肩幅も倍近くありそうだ。とにかく、がっちりとしていて、体を使う仕事をされているのであろうことが想像できた。顔は焦点を合わせず見る限りではあるけれど、かなりモテそうな整った顔をしているような気がする。多分、濃い青い瞳に、濃い焦茶の髪。襟足は短く切り揃えられていて清潔感がある。
その中でも私が気になったのは、その姿勢の良さだった。伸びた背筋、バランスよく椅子に腰掛け、食事を終えた後の手は両膝の辺りにそれぞれ置かれたまま、両足も適度に開いた状態で微動だにしない。石像かな、と思うくらいに。
でも、あんなに固まっていてはせっかくの美味しい食事を堪能できてはいないのだろうな、とちょっと残念に思う。一緒に食べる食事をお互いに楽しめない、それは結婚相手としてはどうだろう。少なくとも私はそう思った。
お茶を飲み終え、さてこの後どうお暇を告げたらいいのかと私の中で緊張感が増した時、お互いに名前も名乗り合っていないことに気付く。祖父からも聞いていない。
「あの、今更で申し訳ありません。私、アリシア・フェイシールと申します。祖父のダグラス・フェイシールの紹介で本日参りました」
「ああ」
こちらが自己紹介しても自らは名乗る様子もないということで、この人が私に全く興味がないことを悟る。まあ、わかっていたけれど。
でも、今日この場限りになるにしても、名前くらい、「ああ」以外を聞いてからお断りされたい。変な拘りが私の中で芽生えてしまった。
「お名前をおうかがいしてもよろしいですか? 祖父からは聞いておりませんでしたので」
そう尋ねると、初めて表情が、というか視線が動いた。何となく、眉間の皺がさらに寄って、纏う気の殺傷力が増した(気がした)。本能的に出そうになった悲鳴と涙をすんでのところで押し留める。
「……イオネル・マッカートだ」
名前を聞くのは地雷だったのか、と死を覚悟すらした私に向かって彼は名乗った。恐怖のあまり麻痺して鈍くなった頭で、どこかで聞いた名前だと思った。思考を巡らせたどり着いたのは。
「英雄マッカート殿下?!」
私は淑女らしからず、叫び、立ち上がってしまった。でも仕方ないことだと思う。まさか目の前に、つい先日儚くなられた先代の王の時代、隣国との戦で功績を上げ、英雄と呼ばれた前王弟殿下がお見合い相手として座っているなんて!
王族とのお見合いなんて、一介の男爵令嬢に容易く持ち込まれるようなものではない。それも、先代の王の時代の英雄。私とそれほど年が離れていない程の若さ(少なくとも見た目はそう見える)であることも驚きだし、そもそも隣国との戦が終結してから生まれた私にはおとぎ話の中の人物のようなものだ。
それに英雄にはもう一つ有名な二つ名があった。
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先代の王は戦の最中の治世にありながら、その温厚さ故「陽光王」と呼ばれる名君だった。その王に代わり、隣国の攻撃を跳ね返し、完膚なきまでに叩き潰し戦意を喪失させたのが、英雄マッカートであり、その様は必要以上に苛烈なものだった。
そうしないと戦は終わらず今の平和はなかったのかも知れないが、隣国の兵士だけではなく民にまで刃を向け虐殺した彼を、この国の民は英雄と崇め奉りながら、影では魔王と畏怖した。
その伝説のような人が、今、目の前にいる。
そして私を睨み続けている。視線だけで射殺されるかも知れないと感じたのはあながち間違いでもなかった。
正体を知った脅威に、私は祈るしかなかった。
何かの間違いであって欲しい、と。
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