悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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9話

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「ええと……こちらを右でしたかしら……あら、左ですの?」

帝都中心部、貴族街と下町の境界に広がる、通称“帝都の迷宮”。  
古い建物が複雑に絡み合うように建ち並び、初見の者には抜け出せないとまで言われる難所。  
その入口に、地図を逆さに持ったまま歩く令嬢の姿があった。

「……まあ、どちらでも同じですわよね」

ためらいもなく選んだのは、より薄暗く、人気のない細道。



「……フェリシェ嬢、現在帝都内部に潜伏中との報が入りました!」

「迷い込んだ? まさか、あの“迷宮区画”にか!?」

「はい! しかも、兵士が見失いました!」

「……あの中は、下手に追うとこちらが遭難するぞ……!」

情報将校たちが青ざめる中、ルゥナはというと――

「……まあ、少し風が通らなくなりましたわね」

と、くるりと振り返る。

「……あら? こちら、通ってきた道……ではありませんでしたの?」

すでに来た道を忘れている。  
いや、そもそも来た道がどれか、覚えていない。



コツ、コツ――

小さなヒールの音が迷宮の石畳に響く。  
だがその音が、ふと途絶えた。

――ガコン!

「あら?」

足元が突然沈み、地面が割れた。次の瞬間、ルゥナの姿は、すとん、と闇に吸い込まれた。



ドサッ!

「……まあ、ふかふかですわね」

土埃の舞う地下空間。  
落ちた先には、帝都防衛用の古い避難壕跡が広がっていた。  
普通なら叫び声のひとつでもあげるところを、彼女はただ優雅に服の裾を払う。

「良い着地でしたわ。枯葉の香りも、なかなか趣がありますのね」

それどころか、周囲を見渡しながら「素敵な隠れ家ですわね」とまで言い出す始末。



「――報告!」

「何だ、見つかったのか!?」

「目撃情報が! 落とし穴に落ちたのに、優雅に着地して“ふかふかで気持ち良い”と笑っていたとのことです!」

「……何だその報告は!?」

「住民のあいだでは、“地下の姫巫女”と呼ばれて崇められているようで……!」



地下の迷宮を、のんびりと歩く令嬢。  
ランプも持たず、地図も持たず、でも怖がる様子は一切ない。

「さて、出口はどちらかしら。……いえ、出口でなくても構いませんわ。花があればどこでも」

地上では、“落ちても無傷”“地下に楽園を見た女”と噂され、帝都新聞の小さなコラムにも載ったその存在。  
それでも彼女は今日もまた、迷子という名の自由を謳歌していた。
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