悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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16話

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「……まぁ、この道、どこかで見覚えがございますわね」

春の陽光の下、帝都郊外の林道を歩くルゥナ=フェリシェは、花を一輪手にしながら首を傾げた。  
道は緩やかな坂となり、やがて大きな鉄扉と石造りの要塞の影が姿を現す。

「……あら、ごきげんよう。こちらの建物、確か以前……」

そう、そこは“黒鉄の塔”。  
かつてルゥナが「扉が開いていたので出てきた」だけで脱獄扱いされた、帝国最大の牢獄である。



「侵入者!? ……いや違う! 奴だ……ッ!」

「まさか、正面から現れるとは……!」

「顔を上げるな! 目を合わせるな! 息を整えろ、気を抜くな……!」

その塔内では、かつて彼女を収容した看守たちが、血の気の引いた顔で集結していた。

「……どういう状況ですの?」

ルゥナは正門前に立ち、のんびりとした笑顔で扉を叩いた。  
扉の上部の見張り窓が開き、緊張した声が降ってくる。

「な、何用だ……」

「少し、道に迷いまして。中庭に咲いておりました百合がまた見たくなったのですの」

「百合!? 中庭の……!? お、おい、花壇整えておけ!」

「それより対応を! 誰が出る!?」

「おまえだ! おまえが話がうまいだろう!」

「無理だ! あれは、話の通じる人じゃない……!」

混乱する塔の中とは裏腹に、ルゥナは手を重ね、静かに佇んでいた。  
まるで王族の使者のような気品がそこにはあった。

やがて扉が軋みをあげて開かれる。  
恐る恐る顔を出したのは、見覚えのある監視長だった。

「……ご、ご無沙汰しております」

「あら、まあ。お元気そうで何よりですわ。大富豪はその後、上達なさいました?」

監視長、黙して頷く。  
その頬はなぜか紅潮していた。  
気まずさと、どこか懐かしさと、理不尽な敗北の記憶が交錯しているらしい。

「少しだけお庭を見せていただいても?」

「ど、どうぞ……! 何卒、お好きなだけ!」

こうして脱獄犯は、再び堂々と収容施設に“入館”した。しかも正面から。



「塔の中で、“ご案内”されておられると……?」

「……お茶もお出ししました。礼儀として」

「収容施設って……そういう場所でしたか……?」

同日午後、近隣の兵士たちは頭を抱え、  
一部の貴族たちは「黒鉄の塔は特別な客を迎える施設」と勘違いし始める。

当の本人はというと、

「やっぱり百合は美しゅうございますわね。また咲いた頃に参りますわ」

そう言い残し、何事もなかったように風の道へと戻っていった。

塔の記録には、こう残されたという。

――再来訪。目的は花見。結果、全職員静かに震えた。  
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