悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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17話

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「……あら、またいなくなってしまいましたわね」

帝都の片隅で拾った白猫――名前も付けず、ただ「猫さん」と呼んでいたその子が、気づけばルゥナの腕をすり抜けて走り出していた。

彼女は慌てるでもなく、草を踏み分けてその後を追っていく。

「まあまあ、そんなに急がなくてもよろしいのに。きっとそこ、道ではありませんわよ?」

しかし猫の方が一枚上手だった。  
すり抜けた路地裏はやがて森の細道へ、そして、山裾の荒れ地へとつながっていた。

気づけば、足元の草は枯れ、木々の枝には斬り跡が残り、空気には緊張の匂いが漂っていた。  
それでもルゥナは花を摘みながら歩いていた。なぜなら――

「……あら、この小さな黄色の花、かわいらしいですわね。猫さんのお首に飾って差し上げましょう」

そう、彼女にとっては、猫が第一。そして花が第二。  
魔物が出没する危険地帯だという事実など、露ほども知らなかった。

その頃、近隣の辺境領では非常召集がかけられていた。

「魔獣《ガルグ=ノルク》が南の谷に出現したとの報告が……!」

「このままでは村が……! 騎士団の到着まで持ちません!」

「誰か、誰か止められる者はおらんのかッ!」

絶望が支配する中、その“谷”の中心――  
茨と岩の割れ目から、白猫を抱き上げたひとりの令嬢が姿を現した。

「ようやく見つけましたわ。……まあ、お鼻が泥だらけですわよ?」

ルゥナはしゃがみ込み、猫の鼻先をハンカチで優しく拭っていた。

そしてその背後に、咆哮が響いた。  
魔獣《ガルグ=ノルク》。  
黒毛に包まれた巨体。赤く光る眼。刃のような爪を持ち、数人の兵を葬った帝国の脅威。

それが、ルゥナの背に迫る――

彼女は、気づかなかった。  
ただ、摘み取ったばかりの花冠をそっと猫の頭に乗せながら言った。

「お似合いですわ。……ほら、笑ってくださいな」

猫が「にゃあ」と鳴いた瞬間、魔獣は動きを止めた。  
ぴたりと、威圧が消えた。そして、ほんの一秒の静寂ののち――

逃げ出した。

どこまでも全力で、山の奥へ駆けて行った。  
誰にも止められぬ速さで、恐怖に突き動かされるように。

後に駆けつけた騎士団が目にしたのは、静かな花畑と、猫を撫でる貴族令嬢の姿だった。

「……まさか、魔獣が逃げた?」

「令嬢がいたと報告を受けて来たのだが……彼女ひとり、か?」

「……花冠を乗せただけで……?」

その日以降、“花冠の巫女”の伝説が辺境一帯に広がる。  
魔獣を鎮める謎の令嬢。その正体は、ただ猫を探していただけの旅人であるとも知らずに。

「……さ、お腹が空いたでしょう? 次は何を召し上がります?」

魔物の脅威が消えた谷間に、彼女の柔らかな声だけが、心地よく響いていた。
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