悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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婚約編

63話

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帝都の朝、宮廷通りの舗道は花々の香りと焼き菓子の匂いに包まれていた。  
その穏やかな空気の中で、ルゥナ=フェリシェは今日も猫を抱えながら歩いていた。  
その隣には、いつものように騎士団長リヒャルト=ヴァイスベルクの姿。

だが、今日の彼の動きには、ほんの少し“変化”があった。

いつもより半歩前に出る足取り。  
周囲の視線を遮るように歩く配置。  
焼き菓子屋では自ら先に入り、品物を吟味して袋を手にする。  
道を渡る際には軽く手を差し出し、石畳の段差にもさりげなく注意を促す。

すべてが自然で、さりげなく、そして過保護だった。

「……あの、リヒャルト様? 本日は随分と……お気遣いが細やかでいらっしゃいますのね」

彼は何も言わずに、視線だけで「当然のことだ」と返してくる。

ルゥナは首を傾げたまま、猫の背を撫でた。

「これ、護衛任務の一環でございますのよね? それとも……もしかして……」

猫が小さく「にゃあ」と鳴いた。  
ルゥナはしばらく真剣な顔で考え込んだあと、ぽつりと呟いた。

「……これは、“お茶のお誘い”というものと似ておりますわよね。  
いえ、もしかして……“デート”? というものでしょうか?」

その声は偶然、通りすがりの新聞記者の耳に届いた。

翌朝――  
『祝福の姫、ついにデート認識か!? 騎士団長との“護衛以上”の関係とは』  
という見出しが、帝国新聞の一面を飾っていた。

貴族たちは顔を青ざめさせ、  
町の乙女たちは「きゃー!」と叫び、  
街角では「“護衛と求婚の違い”」を講義する茶会まで開かれる始末。

一方、ルゥナ本人はその新聞を片手に、紅茶を飲みながらぽつりと。

「まあ……こんなに大きく書かれておりますけれど、わたくし、本当にそんなこと申しましたかしら……?」

猫がまた「にゃあ」と答える。

「うーん……いずれにしても、お茶はお茶ですわ。  
もしこれが“求婚”でしたら、もう少し、告げられるべき言葉があるのではなくて?」

それはまるで、“告げてくださってもよろしいのですのよ”というような、  
ほんの一滴の揺らぎを含んだ声だった。

その横顔を、リヒャルトは遠巻きに見守っていた。  
何も言わず、けれどその眼差しだけは、もう迷っていなかった。

護衛とお茶の違い。  
その境界が、今、静かに――確かに、消えようとしていた。
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