悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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婚約編

62話

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帝都中央広場。  
午後の柔らかな光が石畳を照らすなか、ルゥナ=フェリシェは小さな噴水のそばで、ベンチに腰掛けていた。  
今日も猫を膝に乗せ、手には紅茶と焼き菓子。  
その姿を見つけた貴族子息たちが、次々と“偶然”を装って近づいてくる。

「本日は麗しい天気ですね、ルゥナ様」  
「まあ、ええ。貴族の方々の想いが空に映ったのでしょうかしら」

何気ないやりとりのように見えて、その言葉の裏には無数の“遠回しな告白”が散りばめられていた。

「実は……想い人がおりまして」  
「それはそれは、素敵なことですわね」

「彼女は、優しくて、風のようで……」  
「お話を伺う限り、まるで猫さんのように穏やかですわね」

誰もが彼女の名を伏せつつ、自分の想いを託そうとする。  
だが、ルゥナはそれを“美しい愛の語り”として受け取り、  
当たり前のように笑顔で讃えてしまう。

結果、婚約候補者たちは自らの告白にうなずかれながら、  
“彼女が自分を指していない”と気づいて沈んでゆく。

「……お慕いしておりました」  
そう言った者に、彼女は一切の曇りなく返した。

「まあ、それはとてもお幸せなことですわね。どなたがご相手で?」

膝から猫が降りて歩き去ったのと同時に、彼の心も静かに崩れた。

この一連の“天然爆撃”によって、  
帝都貴族社会では“ルゥナ様に告白する者は、精神の回復に三日を要する”とすら言われるようになっていた。

そして、その日もまた、誰かが玉砕していく中――  
広場の外れ、影の中に立つ騎士の姿があった。

リヒャルト=ヴァイスベルク。  
彼は、いつもと同じように黙って佇んでいた。  
けれどその手には、一枚の紙も、贈り物もなかった。

静かな時間が流れ、広場のざわめきの中、ルゥナの視線がふと彼に向く。  
目が合った。

そして、彼はその場から一歩踏み出し、はっきりと口を開いた。

「私はもう、誤魔化さない」

その言葉に、広場の空気が止まる。  
周囲の者たちが、一斉に動きを止めた。

それは告白だった。  
誰の婉曲表現でもない、まっすぐな意思。  
不器用で、飾らなくて、けれど何より強い言葉。

「……まあ」

ルゥナはただ小さく微笑んだ。  
それが戸惑いなのか、理解なのかは誰にも分からない。  
けれど、その笑みには確かに、これまでとは違う響きがあった。

風が、静かに向きを変えていく。  
舞台は、最終局面を迎えようとしていた。
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