チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました

Gaku

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シーズン4:混沌の調律者たち

第6話:琥珀色の憂鬱と、歪んだ道標

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秋の深まりを告げる風が、街道沿いのススキを大きく揺らしていた。
乾いた草の匂いを含んだ空気が、肺の奥まで染み渡るような透明感を帯びている。空は高く、吸い込まれそうなほどに青い。雲の形は刷毛(はけ)で掃いたように薄く、太陽の光は真夏の暴力的な強さを失い、優しく、そしてどこか寂しげな琥珀(こはく)色の輝きを地上に投げかけていた。

魔法学園都市マギステルを後にしたユウキ一行は、次なる目的地、武術都市「ケンブレイブ」を目指して馬車を走らせていた。

車輪が砂利を踏む音が、一定のリズムで響く。
本来であれば、旅の情緒を感じさせる穏やかな移動時間になるはずだった。
そう、この世界が「歪(ゆが)んで」いなければ。

「……なあ、誰か説明してくれないか。なんで僕たちの馬車は、さっきから空を飛んでいるんだ?」

御者台(ぎょしゃだい)の手綱を握るユウキが、虚空を見つめたまま呟いた。
彼の視線の先には、眼下に広がる紅葉(こうよう)した森の絨毯(じゅうたん)と、豆粒のように小さな街道が見えていた。馬車の馬たちは、何食わぬ顔で空中の見えない道をパカパカと歩いている。

「ユウキ、何を慌てているのですか。これもまた、世界の『理(ことわり)』が揺らいでいる証拠。高いところは気持ちが良いですよ!」

隣に座るソフィアが、風に金色の髪をなびかせながら無邪気に笑う。彼女の透き通るような白い肌が、秋の日差しを受けて神々しいほどに輝いていた。
彼女は元女神だが、今はただの恋する乙女だ。ユウキの腕にぎゅっと抱きつき、その柔らかい感触を遠慮なく押し付けてくる。

「ソフィア、気持ちいいとかそういう問題じゃなくて……物理法則が仕事放棄してるんだよ。落ちたら即死だぞ」
「大丈夫です。私がついていますから。それに、もし落ちてもユウキが下敷きになってくれれば私は助かります」
「愛の重さが物理的すぎる!」

荷台の方からは、さらにカオスな会話が聞こえてきた。

「あっはは! すごいねぇユウキちゃん! アタシ、鳥になった気分! ……あ、あそこの雲、おいしそうな綿あめに見える!」

元盗賊のリナが、身を乗り出して雲を掴もうとしている。

「こらリナ! 危ないから座りなさい! ……ひっ、高い、高いですわ……! 私、高所恐怖症ではありませんけれど、地面がないというのは論理的に不安定すぎます!」

セレスティアが真っ青な顔でリナの服の裾(すそ)を掴んでいる。先日の戦いで覚醒したとはいえ、基本的なヘタレ属性は変わっていないようだ。

「おお、神よ……。これぞまさに、我々が地に足をつけて生きることへの執着を捨てよという啓示。空を行く鳥のように、心もまた重力から解き放たれよと仰っているのですね……!」

女神教のシスター、アンジェラが両手を組んで祈り始めた。彼女の信仰は、どんな異常事態も都合よく解釈するフィルターを通しているため、無敵である。

「あの……皆さん、お茶が入りましたけど、カップが浮いてしまって……ああっ! すみません、お茶が空中で暴れています!」

「うっかり聖女」マリアの悲鳴と共に、琥珀色の液体が重力を無視して蛇のようにうねり、荷台の中で踊り狂った。

「あちちちっ! マリア、なんで熱湯のまま空中に固定するんだよ!」
「す、すみません! 冷まそうと思って魔法をかけたら、熱運動が加速してしまって!」

相変わらずのドタバタ劇。
だが、ユウキはこの騒がしい日常の中に、一つだけ、いつもとは違う「異物」が混じっていることに気づいていた。

馬車の最後尾。
いつもなら、真っ先に下品な冗談を飛ばして場を盛り上げるはずの男が、沈黙を守っている。
剣豪ジン。
彼は愛用の酒瓶を片手に、うつろな目で流れる雲を見つめていた。その横顔には、いつもの陽気さは微塵もなく、秋の夕暮れのような深い影が落ちている。

(……ジン。)

ユウキは手綱を握り直した。
マギステルの図書館で得た情報。「混沌の御子(セレスティア)」の力を守護していた剣士の一族。その末裔(まつえい)が、ジンの故郷であるケンブレイブ近郊の「忘れられた剣の谷」にいるという。
その情報を聞いてから、ジンの様子がおかしい。
酒を飲む量が増え、口数が減り、時折、何かに怯えるように自分の震える手をじっと見つめている。

「……すべては移り変わる、か」

ユウキはふと、この世界に来て学んだ真理を口にした。
季節が巡り、木々の葉が色を変え、やがて散っていくように。
人の心も、関係性も、永遠に同じままでいることはできない。
それは寂しいことだが、避けることのできない現実だ。
ジンが隠している「過去」という蓋(ふた)が、今まさに開かれようとしている。その変化を、彼自身が一番恐れているのかもしれない。



日が傾き、空が茜(あかね)色と紫色のグラデーションに染まる頃、一行は野営の準備を始めた。
幸いにも、馬車は唐突に「着陸」した。地面があることのありがたさを噛み締めながら、ユウキは焚き火の準備をする。

パチパチと爆(は)ぜる薪(まき)の音。
揺らめく炎が、仲間たちの顔を赤く照らし出す。
スープの温かい香りが漂い、リナとサラが料理の取り合いをしている横で、アンジェラがマリアに「空飛ぶお茶」の神学的意味を説いている。

ユウキは、少し離れた岩場に座っているジンに近づいた。
彼は焚き火の輪には加わらず、暗闇に溶け込むように一人で酒をあおっている。

「……隣、いいか?」
「おう、大将か。……やめとけ、酒臭ぇぞ」

ジンは自嘲(じちょう)気味に笑ったが、拒絶はしなかった。
ユウキは隣に腰を下ろす。夜風が冷たい。吐く息が白く濁る。

「珍しいな。お前がリナたちの食事争奪戦に参加しないなんて」
「ハハ……今日はちっとばかし、腹が減ってねぇんだ」
「……ケンブレイブに近づいてるからか?」

ユウキが核心を突くと、ジンは酒瓶を口に運ぶ手をぴたりと止めた。
長い沈黙。
虫の音が、静寂を際立たせるように響く。

「……大将。お前、すげぇよな」
「え?」
「なんの力もねぇのに、とんでもねぇ化け物ども相手に一歩も引かねぇ。ソフィアちゃんのことだって、全世界を敵に回しても守り抜いた。……俺には、できねぇよ」

ジンの声は、いつになく弱々しかった。
それは、これまで彼が見せてきた「頼れる兄貴分」の仮面の下にある、生身の人間としての弱音だった。

「俺はな、逃げたんだよ」
「逃げた?」
「……ああ。大事なもんから、一番守らなきゃいけねぇもんから、背中向けて逃げ出した。今もそうだ。本当は、あの街に近づくのすら怖くてたまらねぇ」

ジンは酒瓶を強く握りしめた。その指の節が白くなっている。

「『忘れられた剣の谷』……。そこにあるのは、俺が捨ててきた過去そのものだ。もしそこに行けば、俺は……」

言葉を濁し、ジンはまた酒をあおる。
ユウキは、ジンの横顔を見つめながら思った。
人は誰でも、思い通りにならない苦しみを抱えている。
過去の失敗、失ったものへの執着、自分自身への失望。
それらは心にこびりつき、焼けた鉄のようにジリジリと精神を焦がす。
ジンにとっての「故郷」は、帰るべき場所ではなく、触れれば火傷(やけど)をする傷跡そのものなのだ。

「ジン」

ユウキは静かに言った。

「俺は、お前が何から逃げたのかは知らない。でも、お前が今まで俺たちを守ってくれたことは知ってる」

ジンが顔を上げる。

「逃げたっていいじゃないか。辛いなら、立ち止まってもいい。でもな、今の世界はバグだらけだ。道なんてあってないようなもんだろ?」

ユウキは、夜空に輝く「不吉な星座」を指差した。
以前の星空とは全く違う、歪(いびつ)な配置の星々。

「世界がおかしくなってるのに、俺たちだけがまともでいようなんて無理な話さ。……お前が動けなくなったら、俺が引っ張るよ。リナが背中を押すし、サラが変な方向に引っ張るし、アンジェラが謎の祈りを捧げるだろうさ」

「……ぷっ」

ジンが吹き出した。

「違いねぇ。サラの嬢ちゃんが引っ張ったら、谷どころか地球の裏側に行っちまう」
「だろ? だから安心しろ。お前一人で背負い込む必要なんてない。俺たちはもう、そういう『関係』なんだから」

関係性。
独立した個人なんていない。互いに支え合い、迷惑をかけ合い、影響し合う網の目の中で、私たちは生きている。
ユウキの言葉は、複雑に絡まったジンの心の糸を、少しだけ緩(ゆる)めたようだった。

「……へっ。相変わらず口の上手い大将だぜ」

ジンは酒瓶を空にし、立ち上がった。

「悪かったな、湿っぽい話しちまって。……寝るわ。明日は忙しくなりそうだ」

そう言って背中を向けたジンの足取りは、さっきまでより少しだけ軽くなっているように見えた。
だが、ユウキは知っていた。
根本的な解決はまだ何もなされていない。
明日の朝、ケンブレイブに到着した時、本当の試練が始まるのだと。



翌朝。
一行を乗せた馬車は、武術都市ケンブレイブの城門をくぐった。

「うわぁ……! なんか、前来た時よりすごくない?」

リナが窓から顔を出して歓声を上げる。
ケンブレイブは、武術と剣の街だ。道行く人々は皆、腰に剣を携え、道着を着ている。
だが、ここでも「世界のバグ」の影響は顕著だった。

石畳の道は、ところどころがゴムのように弾力を持っており、歩くたびに人々がトランポリンのように跳ねている。
武器屋の看板は、文字がひとりでに動き出し、店主と値段交渉の喧嘩(けんか)をしていた。
道場の屋根の上では、重力を無視して逆さまに稽古(けいこ)をしている門下生たちの姿が見える。

「相変わらず賑やか……というより、混沌としていますね」

ソフィアが苦笑する。
しかし、そんな街の喧騒(けんそう)とは裏腹に、馬車の中の空気は重かった。
ジンが、青ざめた顔でガタガタと震えているのだ。

「お、おい、大将……。やっぱり帰らねぇか? 俺、急に腹痛が……いや、全身の毛穴から酒が噴き出す病気にかかったかもしれねぇ」
「どんな病気だよ。……ジン、あそこを見てみろ」

ユウキが指差したのは、街の中心にある掲示板だった。
そこには、古びた羊皮紙が貼られている。風雨に晒(さら)され、文字はかすれているが、剣の紋章だけははっきりと読み取れた。

『求む、剣の谷の調査員。報酬、金貨五百枚。ただし――命の保証なし』

そして、その依頼主の名前。

『依頼人:ケンブレイブ剣術師範代 シオン・ブレイブハート』

その名前を見た瞬間、ジンの喉から、ひきつったような音が漏れた。

「……シオン」

それは、かつての親友の名前。
そして、彼が裏切り、捨ててきた男の名前だった。

「知り合いですか?」

何も知らないアンジェラが尋ねる。

「……ああ。マブダチだったよ。……俺が、あいつの人生をめちゃくちゃにするまではな」

ジンは自嘲気味に呟くと、覚悟を決めたように馬車を降りた。

「行くぞ。依頼人はシオンだ。あいつに会えば、谷への入り方がわかるはずだ」



シオンの屋敷は、街一番の道場に併設されていた。
質実剛健を絵に描いたような、飾り気のない武家屋敷だ。
門を叩くと、中から一人の青年が現れた。
背筋がピンと伸び、鋭い眼光を持った剣士。整った顔立ちには、厳しい修行に耐えてきた者特有の静謐(せいひつ)さが宿っている。

彼こそが、シオン・ブレイブハート。
そして、かつてジンと後継者の座を争った男だった。

「……依頼の件で来た者か?」

シオンの視線が、ユウキたちを一通り舐(な)めるように確認し、そして――最後に、後ろに隠れるようにしていたジンで止まった。

その瞬間、時間が凍りついた。
風が止み、庭の鹿威(ししおど)しの「カコン」という音だけが、やけに大きく響く。

シオンの目が大きく見開かれる。
驚愕(きょうがく)。
困惑。
そして、激しい感情の波がその瞳を揺らす。

「……ジン? ジンなのか?」

震える声。
ジンは、バツが悪そうに頭をかきながら、一歩前に出た。

「よう、シオン。……十年ぶり、か? 随分と老けたな、お前」

精一杯の軽口。しかし、その声は微(かす)かに震えていた。
次の瞬間、シオンが動いた。
神速の踏み込み。
一瞬で距離を詰め、ジンの胸倉(むなぐら)を掴み上げると、そのまま壁に叩きつけた。

ドゴォッ!!

「ぐっ……!」
「ジン!!」

ユウキたちが慌てて止めに入ろうとするが、ジンは手でそれを制した。

「手ェ出すな! ……これは、俺とこいつの問題だ」

シオンは、鬼のような形相でジンを睨(にら)みつけていた。拳が震えている。殴りかかるかと思われたが、彼はギリギリのところで踏みとどまっていた。

「……なぜだ。なぜ戻ってきた」

シオンの声は、怒りよりも深い悲しみに彩られていた。

「黙って俺の前から消えて、後継者の座も、約束も、すべて放り投げて……! ずっと死んだと思っていたお前が、なぜ今更、のこのこと顔を見せる!」

「……悪かったよ」

ジンは抵抗しなかった。ただ、シオンの怒りを、甘んじて受け入れていた。

「言い訳はしねぇ。俺は逃げた。お前からも、この街からもな」
「ふざけるな! 俺が……俺がどれだけ……ッ!」

シオンは言葉を詰まらせ、掴んでいた手を離した。
彼は背を向け、肩で息をする。

「……帰れ。二度と俺の前に現れるな」

拒絶。
それは当然の反応だった。
しかし、ユウキはここで引き下がるわけにはいかなかった。
セレスティアのルーツ、そして世界のバグの謎を解く鍵が、この街の近くにある「谷」にあるのだ。

「あの、シオンさん。すみません、部外者が口を挟んで」

ユウキは恐る恐る声をかけた。

「僕たちは、ジンを連れ戻しに来たわけじゃないんです。……『忘れられた剣の谷』について、知りたいことがあって」

「谷だと?」

シオンが振り返る。その目に、鋭い警戒の色が走った。

「あそこは禁足地だ。近寄れば、命はない」
「それでも行かなきゃならないんです。世界中で起きている『バグ』……異変の原因が、あそこにあるかもしれないんです」
「……バグ?」

シオンは怪訝(けげん)そうな顔をしたが、ふと何かを思い出したように表情を曇らせた。

「……そういえば、最近、谷の方角から奇妙な『光』が見えることがある。それに呼応するように、道場の門下生たちが原因不明の体調不良を訴えたり、剣が勝手に曲がったりする現象が起きている」

「それです! それが僕たちの追っている現象なんです!」

ユウキが食い気味に言うと、シオンはしばらく考え込み、そして重い口を開いた。

「……谷へ行くには、特別な『鍵』が必要だ。それは、我がブレイブハート家が代々守ってきたものだが……今は、ない」
「ない?」
「ああ。十年前に、一人の愚か者が持ち出したまま、行方知れずになっているからな」

シオンの視線が、再びジンに突き刺さる。
ジンは、観念したように懐(ふところ)から、古びた一本の短剣を取り出した。
鞘(さや)には、複雑な紋様が刻まれている。

「……これのことか?」

「……ッ! 貴様、まだそれを持っていたのか!」

シオンが詰め寄ろうとするが、ジンは静かに首を横に振った。

「シオン。俺たちを谷へ行かせてくれ。……いや、俺が行かなきゃならねぇんだ。この『鍵』を使って、決着をつけなきゃなんねぇ」

「決着だと? お前が?」

「ああ。俺が逃げた理由も、お前が怒ってる理由も、全部あそこにある。……そうだろ?」

二人の視線が交錯する。
そこには、ユウキたちには入り込めない、十年来の因縁と、言葉にできない感情のやり取りがあった。
怒り、後悔、そして――かつて親友だった頃の、微かな信頼の残り香。

長い沈黙の後、シオンは大きくため息をついた。

「……勝手にしろ。ただし、俺も同行する」
「はぁ!? なんでだよ!」
「お前がまた逃げ出さないように監視するためだ。それに……谷の異変が街に害を及ぼしているなら、師範代として見過ごすわけにはいかん」

シオンの言葉に、ジンはバツが悪そうに鼻をかいた。

「……へいへい。相変わらず真面目なこった」

こうして、一行はシオンを加えた奇妙なパーティとなり、「忘れられた剣の谷」へと向かうことになった。



街を出て、山道を進む。
道中、サラが地図を逆さまに持って「こっちです! 私の勘がそう叫んでいます!」と崖(がけ)に向かって突進しようとし、それをゴードンとリックが必死に羽交い締めにするという恒例行事があった。

「あいつ……本当に剣士か? 脳の構造が迷路になってるんじゃないか?」

シオンが呆(あき)れ果てた顔で呟く。

「安心してくださいシオンさん。サラさんの方向音痴は、敵の予測すら裏切る最強の攪乱(かくらん)戦術なんですよ」
「……買い被(かぶ)りすぎだろう」

ユウキのフォローも虚(むな)しく響く中、一行は深い霧に包まれた渓谷の入り口に到着した。
ここから先は、地図にも載っていない「忘れられた場所」。

入り口には、巨大な二つの岩が門のようにそびえ立っている。
ジンが懐から短剣を取り出し、岩の窪(くぼ)みに差し込むと、地響きと共に岩が左右に開いた。

その先に見えた光景に、全員が息を呑んだ。

そこは、色が死んでいた。
木々は枯れ果て、地面は灰色にひび割れている。
しかし、それだけではない。
空間そのものが、まるで壊れた鏡のようにひび割れ、景色がズレているのだ。
遠近感が狂い、右にあるはずの岩が左に見えたり、川の水が下から上へと流れていたりする。

まさに「バグ」の吹き溜まり。

「……ひどいな。これじゃあ、まともに歩くことすらできない」

ユウキが顔をしかめる。
その時だった。
ユウキの視界の端に、奇妙なメッセージカードがふわりと舞い降りてきた。
どこからともなく現れたそのカードは、重力を無視してユウキの目の前に静止する。

『ヒント:論理が通じないなら、カオスで対抗すればいい。君たちの得意分野だろう? ――R』

「……レイ」

またしても、あの黒幕からの「助け舟」だ。
ユウキは舌打ちをしつつも、そのヒントの意味を理解した。

「みんな! ここは普通の歩き方じゃ進めない! サラ、お前の出番だ!」
「えっ!? 私ですか!?」
「そうだ! お前の『行きたい方向と逆に行く』才能をフル活用するんだ! 全員、サラの背中を追え! ただし、サラが右に行こうとしたら左へ重心をかけろ!」

「めちゃくちゃな指揮だな!」

シオンが叫ぶが、他に方法はない。
サラが自信満々に「あっちです!」と指差した方向(明らかに崖)とは逆の道へ、一行は突入した。

不思議なことに、サラのデタラメな動きに合わせると、歪んだ空間をスイスイと進むことができた。
バグにはバグを。
カオスにはカオスを。
複雑系科学でいうところの「創発(そうはつ)」――個々の無秩序な振る舞いが、全体として新たな秩序を生み出す現象が、今まさに起きていた。

「すげぇ……! なんだこの集団は……!」

常識人であるシオンにとって、それは驚愕の連続だった。
アンジェラが祈ると、なぜか落石が避けていく。
セレスティアが悲鳴を上げて転ぶと、その衝撃で隠し通路が開く。
リナが適当に押したスイッチが、罠(わな)を解除する。
すべてが偶然でありながら、奇妙に噛み合い、一行は谷の奥へと進んでいく。

そして、最深部。
そこには、朽ち果てた神殿と、一本の巨大な剣が地面に突き刺さっていた。
剣の周りには、黒い霧のようなものが渦巻いている。

「……あれが、『混沌の御子』を守護していた剣か」

セレスティアが呟く。
彼女の身体が、微かに共鳴するように光り始めた。

しかし、ジンだけは違っていた。
彼はその剣を見た瞬間、顔面蒼白になり、ガタガタと震えだしたのだ。

「……う、うぅ……」
「ジン? どうした?」

ユウキが駆け寄ろうとしたその時、黒い霧が実体化し、巨大な人型を形成した。
それは、鎧(よろい)を纏(まと)った亡霊のようにも見えた。
亡霊は、唸(うな)り声を上げて一行を見下ろす。

『……去れ。……呪われし運命を背負う者よ……去れ……』

その声を聞いた瞬間、ジンが叫んだ。

「やめろぉぉぉッ!!」

ジンは錯乱したように剣を抜き、デタラメに振り回した。

「来るな! 俺を見るな! 俺は……俺はもう、お前の操り人形じゃねぇんだよぉッ!」

「ジン! 落ち着け!」

シオンが止めに入ろうとするが、ジンの剣圧に弾き飛ばされる。
今のジンは、何かに取り憑かれたように正気を失っていた。

「……思い出したくねぇ……あの日、俺が……俺が親父を……ッ!」

ジンの口から漏れた言葉。
それは、彼が十年もの間、誰にも言わず、心の奥底に封印してきた「真実」の一端だった。
親父。
先代の当主。
それが意味する事実は、あまりにも重く、残酷な予感を孕(はら)んでいた。

黒い霧の亡霊が、ゆっくりと剣を振り上げる。
その切っ先が狙うのは、錯乱するジン。

「しまっ……! 全員、構えろッ!」

ユウキの叫び声が谷にこだまする。
風が唸りを上げて吹き荒れる。
舞い上がる砂埃(すなぼこり)の中で、ユウキは見た。
ジンの瞳の奥にある、底知れぬ絶望と、助けを求める子供のような怯(おび)えを。

(ジン、お前は一体、何を背負ってるんだ……!)

秋の日は釣瓶(つるべ)落とし。
急速に闇に包まれていく谷底で、過去と現在が交錯する戦いが、今まさに始まろうとしていた。



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不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

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