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鬼の首23
しおりを挟む竹中はそれが夢であると早々に理解していた。
それでも、強制的に目を覚ましたりできる気はしなかった。
竹中はもう1人の竹中を見ている。
関係を持った今までの人間に囲まれているもう1人の竹中を。
『辛い?』
向けられるのはいつものような視線や言葉ではない。
幼馴染からも、長年付き合ってきた友人からも、新しくできた友人も、それ以外のコミュニティの仲間たちからも。
くだらないものを見るような視線を向けられて、口に出すのも嫌なのだと口ほどに語るのだ。
それ見ている竹中は、とても辛い事なのに、自分の中にその言葉たちさえ受け入れてしまって何も言えなくなるのだ。
それを、もう1人の自分がじっと見ている。
分類するのならば、間違いなく悪夢の類。
「とても辛いと、今感じられないことが辛い」
『酷いよねぇ。君が何したっていうんだろうねぇ』
じっと見ている竹中が、がらんどうの竹中を見ながらそう答えた。
誰に向かって答えているのかはよくわからないが、何かを答えなければいけないと思った。
『君は、初めからそうじゃなかった』
「……違う。きっと初めからそうだった」
否定。
認めたくはないものがある。
そうかもしれないというものがあるとしても。
場面が切り替わる。
四方白い壁に覆われた空間に、ぽつりと1人竹中が立っている。
『いやぁ、それは無理があるでしょう。君は他の人のようにきちんと器があった。強くなろうとすれば体調が悪くなる理由も、本当はなんとなくわかっている。だって、君は1番近くにいたんだものね? 重力を感じないとは言わないように、はっきりと感じているはずだよ君は』
「……それは」
地面である白い床の中心に穴が開く。
見えない何かが、ぼとぼと、ぼとぼと、と落ちて行ってしまっているのが見えはしないながらなんとなくわかる。
零れ落ちてはいけない何かが、穴に向かって吸い寄せられていくように。
『庇ったとしてどうなるんだい? 誰のためにだい? 今はくびきから解き放たれているはずだろう? 大体そうして、君が元に戻るわけでもないのに――普通であることが大事なんて言ってごまかすのは今は良そうよ。強くなれば自身がつくなんて自分でも信じ切れないことを信じてるふりも辛いだろう? ……そうなれないことなんて、君は1番理解できているんだ。今は自由に言っていいんだ。そら、近くにいる限り』
「うるさい!」
叫ぶ。
四角い白い壁に覆われた竹中の中身は全てなくなってしまった。
そこにはがらんどうの竹中が残るのだということを自身が良く知っている。
ここに何か、気に入らないものが入るとまた穴から吸い込まれるようにそれは抜けていくのだ。
抜けてはいけないものが抜けていくから、結果的にできってしまうまで体調を崩すという形になる。
『医者じゃあわからないような体の異常。意思を詰め込むことさえ許されない己。どこが3人に比べて普通で、どこが普通だからこそ寄り添えるといえるんだい? 君が』
「うるさいっていってるんだよ」
『駄目だね。君は普通なんかじゃあないし、君は君が思うとおりの君でもない。
そもそも、君が誰とでも仲良くできるのは』
耳をふさぐ。
出る言葉が理解できているから。
それを自覚したくないからだ。聞いてしまえば、もう、誤魔化すことが出来なくなると思ったのだ。
聞こえてくる声には、そういう力があるように感じた。
『君が空っぽだからにすぎない。
そりゃ心地いいだろうねぇ。どんな感情も受け入れてくれる。ぴったりはまった気分になれるんだ、君と話す人間は――そして、本能が君をがらんどうで空っぽだと見抜く。さぞかし優越感に浸れるだろう。当たり前のものが詰めても詰めても無くなり続けている君は、君以外の何物にも劣っているんだから。人形よりもひどいじゃあないか』
ぎし、と、久方ぶりに強くひび割れすら感じるほど内面が揺れる。
落ち込んでいるように見えてさえ、それはすぐに消え去ってしまうから。
竹中の中には、そうであれと許された竹中という中身のない器しか存在しない。
少し経てばごらんのとおり、いつもの見慣れた竹中が戻ってきてしまうのだ。
どんな感情を覚えてさえ。
「好きだ。好きだよ。俺は、みんなが好きだ! これは俺のものだ。消えない思いだ! からっぽじゃあない! 残っている、俺の! 失くされていない、俺の……!」
『いやぁ、そりゃそのほうが都合がいいからでしょ』
呆れたような声が響く。
『大体からして、君はみんなが好きなんじゃあない。誰も嫌いになれないだけなんだ。誰もかれも受け止めてもらえるのは気持ちよくって、君はからっぽの器に一時的にでも注ぎ込まれるのが――それがどんなものでも心地いいんだから。まぁそれって1人遊びっぽいけど。よっ1人上手2人プレイ!』
諭すような様子だったのが、だんだんと雑というか、煽るような口調に変わっている。
けらけらと笑う声は確かに不快。
夢だからか、いつものようにすぐさま消えてしまうことはなく、ヘドロのようにこびりついている。
演技ではなく、怒りの感情が高まる。
目の前に影が落ちる。
すっと怒るままにそこに視線を這わせれば、冷水を浴びせかけられたようにそれが凍ってしまった。
そこには人形のように無表情の、青ざめた、やせぎすの、薄汚れた、見た事のある記憶の少女。
好きだと思い続けている、自分が助けることはできないままの浅井という少女。
『お前が自分が普通と思うのも、それを間違ってないと思うのも、最近また焦燥に駆られているのも……全部お前主体じゃあない』
「違う。納得してるんだ、嘘じゃない。少しでいいんだ……離れようってわけじゃないんだよ、本当だ」
『少しでいいってのは、普通レベルに鍛えられたらーって話だろ? おいおい、だからさぁ、お前がちょろっとばっかし鍛えた程度でどうにもこうにもなるもんかよ。お前が鍛えたいと思ってるのは自信を持ちたいとかじゃあない。それは、単なる本能でやってる隠蔽だよ。実質そりゃ抵抗なんだよ、ただの。残った竹中が、必死にそうしてあがいているのをまた都合良く変換されているだけの話だよ』
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