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鬼の首22
しおりを挟む夕方に近い中途半端な時間、今日は神田町と少し話したくらいで構内を1人歩いていた。聞けば浅井は途中で帰ったらしい。
珍しくというか、竹中とは1度も接触していない日であった。
あれ? と声をかけられて振り向けば、最近は竹中経由で顔見知りレベルになった男が不思議そうな顔を向けてそこにいた。
「どうした?」
「いやさぁ。工大と一緒にいるのかと思ってたから予想外で」
「いつも一緒にいるってわけでもないんだが」
「じゃなくて。なーんかさぁー、最近流行りだしてるっつか、そういう怪しげな奴? カルト? にいったっぽいトコみたって聞いてて。俺はついてっきり雨宮君と冷やかしんいったんだとばかり?」
怪しげなカルト。
いい印象を抱くのは難しい単語の繋がりだと啓一郎は感じながら頭の中を検索する。
「怪しげなカルトっていうと、傾きのうんちゃらっていうやつだったっけ?」
「そっちじゃなくてぇ、なんか、なんだっけ…えーと、超人のうんとかって奴」
「どっちも曖昧だなぁ。なんという若者らしい会話」
「や、どちかっつと言葉でなくなってる老人系じゃね……?」
数か月前からは考えられないほど軽く会話を交す。
うまく抑えが効くようになってきたことを心の中で嬉しく思いながらも、嬉しいばかりではいられない流れだと思う。
思い出せば、確かに今日は見ていない。
「興味本位で覗く奴もいるからさぁ、別にそりゃいったからって何だって話なんだけど……1人でいくとほら、あいつもやしだから心配だなぁってちょっと思ってさ」
「……確かにな。何かあった時逃げるのも大変だろうし、力技で押し切られそうでもある」
「だよなぁー……なんで1人でいったんだろ。そんくらい、工大もわかってると思うんだけど」
体調を崩してから――いや、その少しくらい前からか、思い悩んでいたというか、そういう風ではあった。
それが、1人で行くという事を決断させたのかもしれない。
「そうだ、超人への歩み、だ。くっそほど名前がうさんくせぇの。どういう意味だっつの」
うぇえと吐きそうな顔をしている知り合いを見て啓一郎も苦笑する。確かに胡散臭い。
超人。
超人だ。
啓一郎自身も聞いたことがある名前。最近広まりだしている、次の時代への力を持った人間、と銘打った能力開発を支援する団体らしい。
次の時代の、とか、能力開発、だとか。
細かな、具体的なものは一切示されていない、もう怪しいフレーズが満載である。
「入会金とか開発にはいくらかかりますとか系かと思っているんだが」
「あぁー、まぁ、工大はそこまで馬鹿じゃないから、脅されてってんならともかく、騙されてーってのはないとは思うけど。脅されて、強く迫られて、の部分が怖すぎんな」
「……ちらほら興味本位でいってる奴もいるみたいだし、今日明日どうこうってのはない……と思うんだがなぁ」
神田町でないが、嫌な予感がした。
何か――取り返しがつかなくなるような。
それは、大学に入って、変な夢だとしても父にあえて、よく前に進んでいると感じている中で感じた、特大の。
予感を放置できずに連絡して尋ねてみれば、そこにはなんら見た目変わった様子は――手に絆創膏を貼っているようだが大した傷ではなさそう――ない竹中と会う事ができた。
少なくとも、焦った様子がなくてほっと――しそうになったが、おかしなことに気付く。
つい数日前にはあった、焦燥感のようなものが全く見られないのだ。
まさか、と思う。
「怪しげなカルトにいったから、もしかしたら脅されでもして帰ってくるかと思ったが――何か、すっきりしたような顔をしているな?」
責めるような口調にならないように気を付けつつ、冗談めかしてそう言えば、竹中はいつも通り笑った。
「はは、下調べと逃げる準備くらいしてたよ――あそこ、やばかったわ」
やばかったという言葉とは裏腹に笑顔のまま、道で拾ったような小さな石を取り出してテーブルに置いた。
なんだ? と疑問が湧く。
「この石を10万で買う事で能力がうんたらとかそういう奴か? 早まるな。クーリングオフしよう」
「違う違う。いきなり怪しげなツボ買っちゃう系の人認定はやめてくれよ」
『見てて』と呟くと、絆創膏をはがし、そこに血を垂らした。
行動は何よりも、血が垂れる程度には深く、まだ生々しい傷であることに少し驚く。
病院か。どこに連れて行けばいいんだろうか?
そういう方向に啓一郎の思考が回転しだしたとき――その現象は起こった。
竹中がぐっと手を握ると、石が消滅したのだ。
「どうよ?」
ドヤ顔する竹中にはイラつくが、言葉がなかった。
手品か、と思ったが、そんな様子はない。
「といってもまだうまくできないんだけどなー。血とかいるのもあれだし。でもすごくない? 漫画みたいじゃない? 消滅の力! みたいな? おっきなものとか消すの無理っぽいけど」
「石なんて最初からなかったのでは?」
「いや、あっただろ! それは無理がない?」
「そんな気がしたからなかったということで、見なかったことにするのもいいかなぁと」
「そこは素直に驚いてよ……」
流れから考えれば、これが超人への歩みとやらにいった結果、という事なのだろうか。
否定がでそうになる。
他の人間からそういう話を聞かないのも手伝って、その言葉を出るのを押しとどめるのに多少の苦労を要す。
「わかるよ。意味わかんないし、何の役に立つかわかんないし、胡散臭いところで得た力だし、副作用があるかもしれないって。そんな力使う必要ないっていうかもしれないことも、わかる」
語る顔は、笑顔だ。
否定や心配からではあっても、きつい忠告めいた言葉等が出そうになったことを理解しているといわんばかりの声をしていた。
言いたくなる気持ちも、そう思う気持ちもわかるという同意の声である。
「――それでも、必要だったんだよ。きっと、俺には。埋められるものが必要だったんだ――思った通りではないけれど、後悔はないんだ。ごめん、止められるって思ったんだよ。だから、1人でいった。啓一郎にも……祥子にも、神田町ちゃんにもいわずに1人で」
「2人はともかく、俺にくらい言っても良かっただろうが。どうしてもってんなら」
「俺の精神的な負担にならないように冗談めかしてくれたりして、じゃあ仕方ないなぁとかいって、ついて来てくれただろうね。
でも、それじゃダメだって思ったんだよ。俺は、おもりが必要な立場でいたくなかった。そんな風に見ているわけじゃないって、啓一郎も、2人も、そんなんじゃないってわかっていてもだよ。
それにね、止めてほしくはなかったんだ。最終的に妥協してくれるにしたって、止めてほしくは……」
これは誰だろうか。
悲しげに笑う竹中に、初めて感情を見た心地だった。
おかしな話である。
今まで、散々怖がりもしたし笑いもしたし痛がりも苦しがりもするようなところだってみているはずなのに。
今までの竹中には感じなかった何か。
今日話し始めてからずっと。
悪いことなのか、良い事なのかもわからない。
わからないが、確かに初めて竹中の素顔を見た気持ちになったのだ。
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