上 下
208 / 296

鬼の首21

しおりを挟む

『かといって、周りが変わっているわけではない』

 2人以外は、ダメなままだった。
 寄ってくる人間は基本的に何かよからぬことを考えたり、利用してやろうと考えたり、相応しくないと何様なのか関係を壊そうとしてきたり。
 出会った人間に反して、付き合い続けることができそうな人間はかけらもいないという始末。
 浅井も、竹中も。
 2人はコミュニティというか、他にも友人らしき存在がいる。
 1番は自分だという自信が、神田町にはあった。
 それでも、どこか寂しさという感情が居座る。

『むしろ、自分がいなくともいいのでは、誰をも威嚇してしまうような自分がいない方が2人とってはいいのでは、等と考えてしまう己を嫌悪もした』

 だって。
 2人は信用してくれるけれど。
 何も知らない人間にとって。
 害意というものがはっきりわからない人間にとって。
 神田町という人間は、笑顔でも優しげでも親切でもだれもかれもを切り捨てるような人間に見える。
 事実はどうあれ。
 神田町自身も、もしかしたらと。

 もしかしたら、害意があっても付き合ううちにと考えたことがないわけでもないけれど――2人という前例があったから、どうしても害意があるものに付き合う気にもなれなくて。
 悶々とした気持ちでずるずると同じような行動と付き合い方を続けて、続けて、フラストレーションがたまってきて。
 大学生になって、あぁ、今度は飲み会という形でこちらをテリトリーに誘い込んで害を与えようとするものが増えたなとまたストレスが溜まって。ふと生活の中で新しい、不可思議な存在を知った。
 怪しげな噂ただよう集団に誘われて、もうこれは暴れていいやつだろうとストレスを発散しようと考えた時に――どうせだ、とそれと仲良くしようとしていたらしい竹中に連れてこれないかと相談したのだ。

『そう、まるで自分が普通の人間と錯覚してしまうことができてしまう存在だ』

 ちょうどよかった、と言いながらうまい具合に連れてこれたらしいその見た目からして屈強である人物からは――何もわからなかった。
 害意も。好意も。
 おかしかった。
 さりげなく触れて感度を最大にしても――害意の欠片もない。
 かといって好意を感じ取れるわけでもなかった。

 何もない。
 何も。
 ただ強い力のようなものだけがわかるのだ。
 強い、強い力。
 浅井にも感じた共感よりもただ、格上だとわかってしまうほどの。

 ただ、怯えは感じなかった。
 恐怖をまるで感じなかったわけではないが、その力と雰囲気だけでは怯えて引き下がるというほどでもなかったのだ。
 興味があった。
 そして、その感じる力とは別の恐怖だ。
 相手が何を考えているのかがわからない恐怖。
 浅井と竹中に相談したら、それが私たちの当然であるといわれてはっとした。

『恐怖と、期待だった』

 期待。
 自分も他の人間と同じように。
 そう思った瞬間に、表向きいくら何を言っていても、普通というものにあこがれていたことに気付いて。
 肝試しの時、勢いと共に八つ当たりをした。
 わからなくとも、どうせ同じだと確信をしたかった。
 どうせ同じで、受け入れなく、チャンスがあればその欲望をさらけ出そうとするのだと。
 ちょうどいい機会だと思ったのだ。

『そうしなければ――そうならなければ。今まで君がやってきたのは過剰反応だって事にもなりかねないもんね?』

 しかし結果は。

『受け入れられた。反発されなかった。何もしようとしなかった。むしろ異常性をさらけ出しても助けようとした』

 それが嬉しいと思った。

『素直になってもいいのだと、そう思った――この瞬間、なぜかそう素直に思えた』

 それから。

『全部が前に進んでいる気がして気持ちが良かった』

 力に関係ない。
 何か、鎖が切れたような気持ち。解放されたような。
 そして初めて、無理やりでもそういう関係を築けた気がして。
 普通じゃない相手ながら、普通を知れた気がして。
 これからそうなれるのだと、言ってもらえた気がした。
 全部がいい方向に向くように、不運も最近こなくて。
 友人、とまではいかないが知り合いも増えるようになって。
 少しの害意を我慢すれば、確かに浅くは付き合えてしまえるのだと実感してしまった時は、今までを思って傷もついたけれど。
 総合的に見て。
 今までの事が嘘のように滑らかに。

『君は幸せを感じている。感じていたから――最近、浅井と竹中の様子がおかしいことに気付くのが遅れたんだね。おかしいねぇ。あんなにひきつけられていたのに』

 啓一郎に聞いてから、竹中がまた体を壊すような事をしたのだということを遅れてしって。
 それから浅井をふと遠くから見れば、何か思い悩むような顔をしていて。

『あぁ――なんて醜いのだろうか』

 自分が幸せだったから、同じように幸せになってほしい2人が目に入っていなかった。少し、不思議に思った。今までこんなことはなかったのだ。どんな時でも、忘れるようなことはなかった。
 1番今、近くにいて楽しく話していたのは啓一郎だったから?
 おかしな気がする。

『嫌われてしまうかも?』

 考えてみる。初めての事だ。癇に障ったかもしれないとも思う。
 そうかもしれない。
 何せ、今まで2人にさんざん気にしてもらってこれだから。2人をおざなりに、新しい友人を優先したようにも思えて。

『じゃあ――新しい力があったらどうだろう。向こうの気持ちがもっと詳しくわかるように、そして君の気持ちを分かってもらえるように。そうしたら』
「いや、それはおかしいですよ」

 思わずといった調子で声が出た。
 視界が開く。
 過去をパノラマでじっと見ていた。
 エンディングが流れる映画館にいるように、すっと立ち上がることができたのだ。

『何がおかしいって?』
「私、それで悩んできたんじゃないですか。だったら、それを押し付けるっておかしいですよ。わからないのが当たり前で、それが絶対に悪い事じゃないって知ったんですから。友達相手にそんな、押しつけの一方的になりそうな
『ふはっ……失礼。それでも、分かり合えたら素敵じゃないのかい? 好意ももっと詳しくわかるようになったら』
「それでも、人と人が100分かり合うなんて不可能ですよ。だって、少しわかる私が50もわかりあえてると思えませんもの。こうして、悩んでいる事すら見逃してしまうくらい」

 こらえきれぬと噴き出した後、囁いていたよくわからない声の主が、ため息を吐いた気がした。

「全部、私のものですよ。よくわからないけど、貴方がくれるっぽい? 力に興味とかないです。
嫌われるのは悲しいけれど、それだって私のものなんですよ。むしろ、祥子も竹中も怒らなさすぎで、そういう感情がなすぎだって事にも気付いたんですよ……一回、喧嘩だってするのもきっと悪くない。ううん、そのほうがいいって思うんですよ」
『うまくいかないなぁ。いや、これはこれでおもしろくはあるけど、どちらかってーと私の趣味じゃあない……もらえるものはもらっとこう精神で行こうよ』

 何か力を流そうとしていることは察知して、それを断れば、無理やりそうはしようとしていないのかそれが止まる。
 そうすれば、囁いてた声は丁寧さが無くなって投げやりになった。

「何を面白がっているのかわかりませんが……拾い食いをするとお腹を壊すんですよ」
『落ちてるもの扱いは酷いねぇ……ま、いっか。また欲しそうなときにかけれたら声をかけるさ』
「その時はこないと思いますけど、その時はお願いしますね」
『あ、ムカつくなぁ。まぁいいけどぉ。後悔だってできなくなることもあるのにねぇ?』

 便利扱いしてやるぞ、と笑顔でどこにいるかわからない声に返答を返した。
 その返答は少し不穏だが、捨て台詞だろうと鼻で笑い捨てる。

『でもムカついたから、記憶には残してやんない。
なんか妙な夢見たってもやもやすればいいんだ。いつか決定的なタイミングで『せめてこれを覚えていたらっ』とか思ったらいいんだ』
「あ、これ夢だったんですか。あぁ、確かに言われてみればそんな感じ……ってなんか目が覚めそうな、急ですね! 用が終わればポイっていうのは趣味が悪いとおも……」

 返事を言う前に上に引き上げられでもしているような感覚に耐えきれなくなっていく。
 そして、光が差して、意識が浮上していった。
しおりを挟む

処理中です...