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鬼の首24

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 見たくもない、聞きたくもないのに、ただ浅井という少女の形をしているだけで竹中は耳をふさぐことも目をつぶることもできない。
 尻尾を振って近寄る犬のように、ただご主人の前で粗相をしないように。
 半ば条件反射。

『日常レベルでもう侵されてしまっているんだよお前は。
お前が思っていることは、抵抗であること以外、ちっともお前によってないんだ。
近くに居て、気遣ってくれて、関係を積極的に壊そうとはしないけど好意をずっともったままで、自分の友達にも優しいし、誰とだって仲良くなる社交性もある。下手に下心を出しすぎたりもしないけど、気分をそれほど害さないレベルの冗談はいってもくれる。気を読んで色々お世話だってしてくれるんだ!
ずっと自分に罪悪感だとかも持っていて、けれどそれを隠そうとするいじましさもある』

 ミュージカルでもするように、歌うように喋りながらくるくる回る様は滑稽さすらある。
 けれど、決して笑う気分に離れなかった。
 ぴたりと止まって、大きく大きく広げた手に、叩きつぶされてしまうそうな気持ちになる。
 無表情が一転、三日月のように口を競り上げて笑った。

『わぁ、なんという都合のいい幼馴染人間なんでしょう! 感情をそのままで成長したらきっとこうなるという歪さがとっても素敵だねぇ。
喧嘩だってたまにはするよね! いーっつも小さなレベルで、なんとなく君が謝ればすぐ終わっちゃうやつだけどっ』

 最初は小さくて、近くにいるから一緒にいるのが当たり前で。
 当たり前の関係として、助けたいと思って。
 罪悪感。無力感。
 そこからだろうか。
 いいや、もしかしたら最初からだったのだろうか。
 竹中には判別がつかない。
 引き寄せられる不運。
 自分も、浅井にとって最初からその一部だったのだろうかと。

『糸もないのに操り人形だね?
いや、電池式の玩具かな?
ずっと近くにいなけりゃ、そのうちどうにかなってたかもしれないのに』

 離れる機会はあった。
 いじめられているとわかった時と、それを止められなかった時。
 いじめる側に回ろうとは露ほども考えなかったが、その時離れることはできたのだ。
 何せ、本人が離れたほうがいいといったのだ。それが余計に離れられなくなる理由になってけれど、確かにその時は『離れることができる』と思ったのだ。やろうと思えば、それはきっと簡単にできた。
 だから、近くにいたのだけは、確かに自分の意思とはっきりといえることで。
 今は――いや、近くにいると決めた時からずっとだ。
 己の意思で離れることなどできるだろうか。
 大学生になるまでは、離れられないことを疑問さえ思いもしなかった。
 おそらくは神田町も少なからずそうなのだ。

『啓一郎と出会ったのは僥倖だった!
大事な大事な友達が望んでいたからなくなりもし妨害もない!
強い力を持つ相手と!
積極的に近づいたのこそ君の抵抗だったのさ』

 わかったのは、久方ぶりに少しだけ冷静に戻った気分になったはきっと啓一郎にあったからだった。
 それこそ――引き寄せられるように。
 豪雨の中、雨宿りできる屋根や壁がある場所を見つけてほっとしたような気分になったのだ。
 恐怖等する前に、最初にあったのは安心だった。
 神田町が浅井や竹中自身から離れている理由がよくわかる。
 いや、本人は自覚していないだろうと竹中は思う。きっと自分よりは影響を受けていないだろうからと。
 神田町にも、申し訳なく感じている。

『そして、今回体調を崩すようなことをしたのは、君が無意識に確認したのさ。
『あぁ、啓一郎クンのほうがやっぱり力が強いんだ』だから、一緒にいると引き寄せられる支配のくびきから逃れることができるんだって事実を』

 幼いころから、なんとなく知っていたのだ。
 だから、神田町を最初見てから、友人になって。

(あぁ――類が友を呼ぶとはこういうことを言うんだって)

 自分では手が届かない。
 同じ目線で話せるような人間がきたのだと。

(けれど、それで幸せにはなれなかった)

 浅井に笑顔が宿った。
 いじめもなくなった。
 不運という不運は分散するように前より小さくなり、次第に神田町側にシフトしていった。

(知ってた。知ってたよ、俺は)

 それは、近しいものが来たことできっとというものを覚えたのだと。
 今までのものは暴走に近いものだったのだと。

(試すように俺にも使ったのは、恨みからだろうか。
それとも、それでも、俺に執着してくれていたがあったからだろうか……?)

 出来なかった事への罰だろうか、それとも。
 だから、わかっていてそれを指摘もせずに受け入れたから。
 こんなざまになって、今更それを振り払おうなんて、と。
 思考を見透かすように、小さな浅井の姿がジィっと見て更に笑う。

『だからこれはチャンスなのさ。
強引に啓一郎クンと離されてしまったり、あちらが強くなったりしてはもう二度とは君は自分であることを掴むチャンスなんて訪れはしないだろう!』

 影響力が強ければ、きっと。
 近くにいればいるほどに、それから逃れることがしやすくなるだろう。
 最近チャレンジすることさえできなかったのが、またしようと思うこと自体がその証明であった。
 細かいところまでは竹中自身がそういう超常的な力を持っているわけではないためなのかわからないが、少なくとも影響は受け続けているからこそわかるのだ。
 啓一郎の力は、浅井よりも上であると。
 啓一郎自身がそういう力を使っているようには見えない。
 あるのは異常な雰囲気と身体能力。
 神田町のように特殊な勘だったりをもっているわけでもなさそうだった。
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