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第60話 ローゼの引きこもりVER2 ― 王宮に広がる波紋
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ローゼの失踪 ― 王宮に広がる波紋
朝の王宮は、いつもならば静かな規律の中に満ちていた。
侍女たちが足音をそろえて廊下を行き来し、香ばしい朝食の香りが食堂から漂ってくる。
けれども、その日だけは、奇妙なざわめきが城全体を覆っていた。
きっかけはただひとつ――ローゼが部屋から出てこない。
「ローゼ様……朝食のお時間です」
侍女が控えめに声をかける。
しかし返事はない。
しばらくして再び声をかけても沈黙が続く。
恐る恐る扉を開けようとするが、扉が開かない。ドンドンと叩いても反応がないのだ。
「……お体の具合が悪いのでしょうか」
「でも……お声をかけても答えてくださらないのです」
侍女たちは困惑し、やがて報告は上へと届いた。
次第に
「ローゼ様が病に伏せているのではないか」
「いや、何か心を痛めておられるのだろう」
と噂が交わされ、王城の空気は緊張に満ちていった。
昼前、ついにエリオットの耳にもその知らせが入る。
「殿下、ローゼ様が……朝からお部屋に閉じこもられ、どなたの呼びかけにも応じておられません」
「なに……?」
エリオットは青ざめた。
昨夜、エリシアが突然訪ねてきて、言い争いになったところをローゼに見られてしまった
――その記憶が脳裏に蘇る。
彼女がどれほど傷ついたか、想像するまでもない。
「……すぐに行く」
足早に廊下を渡り、ローゼの部屋の前に立つ。
「ローゼ、俺だ。開けてくれ」
返事はない。
「誤解があるんだ。昨夜のことは――」
しかし、分厚い扉は冷たく沈黙しているだけだった。
どれだけ言葉を尽くしても、彼女の心に届く気配はなかった。
王妃もまた異変に気づいた。
「ローゼはどうしたのですか?」
「それが……一向にお姿をお見せにならず……」
王妃は顔を曇らせた。
彼女にとってローゼは、次代の王を支えるべき存在、そして息子の伴侶である。
そんな大切な娘が、突然心を閉ざすなど――。
「殿下、あなたは何か心当たりがあるのではなくて?」
「……昨夜、少し行き違いがあって……」
「行き違い? それほどのことで、あの子が閉じこもるのですか?」
王妃の叱責に、エリオットは言葉を失った。
一方で、王宮内の噂は瞬く間に広がっていった。
「ローゼ様、殿下に見捨てられたのでは」
「いや、聖女殿と殿下が密会していたと……」
「では、その現場をローゼ様が……」
事実がどうであれ、人々は勝手に言葉を膨らませてゆく。
特に「殿下とエリシアが結ばれるのでは」という囁きは瞬く間に広まり、王宮中の侍女や騎士たちの口の端にのぼった。
その噂はついに国王の耳にも届いた。
「なんだ、ローゼ嬢が姿を見せぬというのは。真か?」
「はっ……」
重苦しい沈黙が玉座の間に落ちる。
国王は顔をしかめた。
「エリオット、余の後継としてお前には責任がある。婚約者が姿を隠すなど、宮廷の信用に関わるぞ」
「……承知しております」
「一体、何があったのだ」
エリオットは答えに窮した。
夜の出来事を正直に話すべきか――だがそれは、エリシアを巻き込み、さらなる誤解を呼ぶ危険もある。
「必ずや、私が解決いたします」
そう言うしかなかった。
その頃、ローゼの部屋の中。
カーテンの隙間からわずかな光が差し込むだけの暗い空間で、ローゼはベッドに身を沈めていた。
胸の奥を渦巻くのは、深い悲しみと疑念。
「……どうして……隠すの……?」
エリオットが何を考えているのか、誰と会っていたのか
――知りたいのに、知ることが怖い。
彼を信じたいのに、昨夜の光景が脳裏に焼きついて離れない。
涙はもう出なかった。
ただ虚ろな瞳で天井を見つめ、心を閉ざすことで自分を守ろうとしていた。
数日が過ぎてもローゼは部屋を出なかった。
その間、王宮の空気はますます張り詰めていった。
侍女たちは口をそろえて「ローゼ様は病に倒れた」と言うが、裏では「殿下に捨てられた」と囁かれる。
外交使節の来訪を控えた王宮にとって、これは大きな打撃だった。
「婚約者が姿を消したままでは、他国に軽んじられましょう」
「殿下と聖女の関係を疑われるやもしれません」
重臣たちの声が会議の場に響く。
国王は深く嘆息した。
「……一刻も早く、ローゼ嬢を説得せねばなるまい」
その混乱の渦中で、ひとり静かに動いていた人物がいた。
――シリウス=ラ=ロシェル。
彼はエリシアの背後に潜む「影」を探るため、密かに調査を進めていた。
だがローゼの引きこもりは、その計画を大きく揺るがす。
「……あのままでは、殿下もローゼ嬢も破滅する」
彼は強く拳を握りしめた。エリシアを利用する者がいる――そう確信している。
だが証拠はまだ不十分。
それでも、このまま事態が悪化すれば、誰も救えなくなる。
シリウスは決意する。
「必ず、この真実を暴き出す」
王宮全体が、不安と疑念に覆われていく。
ローゼの姿が見えぬだけで、人々の心はこれほどまでに揺らぐのか――。
そしてその渦の中心で、ローゼ自身はただ静かに、部屋の中で時を止めていた。
彼女の沈黙は、まるで王宮そのものを縛りつける呪縛のように、日を追うごとに重くのしかかっていった。
朝の王宮は、いつもならば静かな規律の中に満ちていた。
侍女たちが足音をそろえて廊下を行き来し、香ばしい朝食の香りが食堂から漂ってくる。
けれども、その日だけは、奇妙なざわめきが城全体を覆っていた。
きっかけはただひとつ――ローゼが部屋から出てこない。
「ローゼ様……朝食のお時間です」
侍女が控えめに声をかける。
しかし返事はない。
しばらくして再び声をかけても沈黙が続く。
恐る恐る扉を開けようとするが、扉が開かない。ドンドンと叩いても反応がないのだ。
「……お体の具合が悪いのでしょうか」
「でも……お声をかけても答えてくださらないのです」
侍女たちは困惑し、やがて報告は上へと届いた。
次第に
「ローゼ様が病に伏せているのではないか」
「いや、何か心を痛めておられるのだろう」
と噂が交わされ、王城の空気は緊張に満ちていった。
昼前、ついにエリオットの耳にもその知らせが入る。
「殿下、ローゼ様が……朝からお部屋に閉じこもられ、どなたの呼びかけにも応じておられません」
「なに……?」
エリオットは青ざめた。
昨夜、エリシアが突然訪ねてきて、言い争いになったところをローゼに見られてしまった
――その記憶が脳裏に蘇る。
彼女がどれほど傷ついたか、想像するまでもない。
「……すぐに行く」
足早に廊下を渡り、ローゼの部屋の前に立つ。
「ローゼ、俺だ。開けてくれ」
返事はない。
「誤解があるんだ。昨夜のことは――」
しかし、分厚い扉は冷たく沈黙しているだけだった。
どれだけ言葉を尽くしても、彼女の心に届く気配はなかった。
王妃もまた異変に気づいた。
「ローゼはどうしたのですか?」
「それが……一向にお姿をお見せにならず……」
王妃は顔を曇らせた。
彼女にとってローゼは、次代の王を支えるべき存在、そして息子の伴侶である。
そんな大切な娘が、突然心を閉ざすなど――。
「殿下、あなたは何か心当たりがあるのではなくて?」
「……昨夜、少し行き違いがあって……」
「行き違い? それほどのことで、あの子が閉じこもるのですか?」
王妃の叱責に、エリオットは言葉を失った。
一方で、王宮内の噂は瞬く間に広がっていった。
「ローゼ様、殿下に見捨てられたのでは」
「いや、聖女殿と殿下が密会していたと……」
「では、その現場をローゼ様が……」
事実がどうであれ、人々は勝手に言葉を膨らませてゆく。
特に「殿下とエリシアが結ばれるのでは」という囁きは瞬く間に広まり、王宮中の侍女や騎士たちの口の端にのぼった。
その噂はついに国王の耳にも届いた。
「なんだ、ローゼ嬢が姿を見せぬというのは。真か?」
「はっ……」
重苦しい沈黙が玉座の間に落ちる。
国王は顔をしかめた。
「エリオット、余の後継としてお前には責任がある。婚約者が姿を隠すなど、宮廷の信用に関わるぞ」
「……承知しております」
「一体、何があったのだ」
エリオットは答えに窮した。
夜の出来事を正直に話すべきか――だがそれは、エリシアを巻き込み、さらなる誤解を呼ぶ危険もある。
「必ずや、私が解決いたします」
そう言うしかなかった。
その頃、ローゼの部屋の中。
カーテンの隙間からわずかな光が差し込むだけの暗い空間で、ローゼはベッドに身を沈めていた。
胸の奥を渦巻くのは、深い悲しみと疑念。
「……どうして……隠すの……?」
エリオットが何を考えているのか、誰と会っていたのか
――知りたいのに、知ることが怖い。
彼を信じたいのに、昨夜の光景が脳裏に焼きついて離れない。
涙はもう出なかった。
ただ虚ろな瞳で天井を見つめ、心を閉ざすことで自分を守ろうとしていた。
数日が過ぎてもローゼは部屋を出なかった。
その間、王宮の空気はますます張り詰めていった。
侍女たちは口をそろえて「ローゼ様は病に倒れた」と言うが、裏では「殿下に捨てられた」と囁かれる。
外交使節の来訪を控えた王宮にとって、これは大きな打撃だった。
「婚約者が姿を消したままでは、他国に軽んじられましょう」
「殿下と聖女の関係を疑われるやもしれません」
重臣たちの声が会議の場に響く。
国王は深く嘆息した。
「……一刻も早く、ローゼ嬢を説得せねばなるまい」
その混乱の渦中で、ひとり静かに動いていた人物がいた。
――シリウス=ラ=ロシェル。
彼はエリシアの背後に潜む「影」を探るため、密かに調査を進めていた。
だがローゼの引きこもりは、その計画を大きく揺るがす。
「……あのままでは、殿下もローゼ嬢も破滅する」
彼は強く拳を握りしめた。エリシアを利用する者がいる――そう確信している。
だが証拠はまだ不十分。
それでも、このまま事態が悪化すれば、誰も救えなくなる。
シリウスは決意する。
「必ず、この真実を暴き出す」
王宮全体が、不安と疑念に覆われていく。
ローゼの姿が見えぬだけで、人々の心はこれほどまでに揺らぐのか――。
そしてその渦の中心で、ローゼ自身はただ静かに、部屋の中で時を止めていた。
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