婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

文字の大きさ
78 / 97

第59話 崩れる心 ― ローゼ視点

 誤解の仮眠室 ― ローゼ視点

 蝋燭の炎が揺らめく執務室。
 わたしは隣の回廊に立ち、固唾を呑んで扉の方を見つめていた。

 本来なら、こんな夜更けに第一王子の執務室に足を運ぶべきではなかった。
 けれど、侍女から「殿下は聖女様と密かに会っておられる」と告げられたとき、もう心は静かにしていられなかった。

(殿下はわたしに隠し事をしている……その答えが、今この扉の向こうにあるのなら)

 やがて扉が開いた。
 そこから飛び出すように現れたのは――聖女エリシア。

 その頬には、涙の跡が光っていた。
 驚いたように視線が交わり、わたしは思わず身を隠す。
 エリシアは泣きながら、廊下をふらつくように進み、執務室の隣の扉を開けて中へ消えていった。

(今のは……? どうして泣いていたの……?)

 混乱の中で足が動かず、ただ壁際で様子をうかがっていると、すぐに殿下が執務室から現れた。

「エリシア!」
 殿下の声には焦りが混じっていた。
 彼はエリシアを追って隣の扉へと駆け込み、そのまま中に入っていった。

 わたしの胸が大きく脈打つ。

(あの部屋は……仮眠室……殿下が長時間の政務の折に使われる場所……そこに二人で?)

 信じられない思いに駆られ、けれど、確かめずにはいられなかった。
 気づけば、わたしも扉の前に立っていた。

 ◇

 仮眠室の中。
 小さな灯りの下で、エリシアがベッドの縁に腰を下ろし、顔を伏せていた。
 殿下はその傍らに立ち、困惑と心配の入り混じった表情で彼女を見つめている。

「……泣くことはない、エリシア」
「殿下……私は……妹のようだと言われて……っ」
 しゃくりあげる声。
 涙に濡れた瞳が殿下を映す。

「私は……殿下の隣を夢見てきたのに……」

 殿下は言葉を失い、ただ苦しげに彼女の肩に手を置いた。

「エリシア、すまない……だが、私はお前に誤解をさせた。だからこそ、もう間違ってほしくない」

 その姿は、まるで恋人を慰めるかのように見えた。

 ――わたしの目には。

 思わず扉を開け放つ。
 軋む音に二人が振り返り、空気が凍りついた。

「……殿下……?」
 わたしの声は震えていた。

 そこにあった光景――殿下とエリシアが、狭い仮眠室の中で二人きり。
 涙で顔を濡らす彼女の肩に、殿下の手が触れている。

 誰が見ても、それは密会だった。

 殿下が慌てて手を離す。
「ローゼ、違う! これは……!」
「ち、違う……? どう見ても……!」
 言葉が詰まり、胸が痛みで締めつけられる。

 エリシアがわたしを見つめ、かすかに笑んだ。
「ローゼ様……殿下は、私に優しくしてくださっただけですわ」
 その言葉が、さらに深く心を抉った。

(やっぱり……殿下は……)

 涙が溢れそうになるのを必死で堪え、わたしは一歩後ずさった。

「……もう結構です。殿下」
 そう告げる声は、かすれていた。

 殿下が必死に手を伸ばす。
「待て、ローゼ! 誤解だ、話を――」
 だが、わたしは振り返らずに廊下へ走り出た。

 胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。

 ◇

 廊下を駆け抜けながら、噂の声が耳の奥でこだまする。

「第一王子殿下は聖女さまと……」
「かわいそうなのはローゼ嬢だわ」

 あの言葉が現実になったかのように思えた。

 涙が頬を伝い、靴音が響く。
 心は叫んでいた。

(信じたかったのに……どうして……!)


 部屋に戻ると、わたしは鍵をかけ、背を扉に預けて崩れ落ちた。
 涙が止まらない。嗚咽が漏れ、息が詰まる。

 侍女が心配そうに声をかけてきたが、わたしは「放っておいて」と震える声で答えた。
 誰にも会いたくなかった。誰の顔も見たくなかった。

(殿下……どうして……どうしてわたしじゃないの……?)

 答えのない問いが胸を刺し続ける。

 その瞬間だった。
 わたしの視界に、見慣れたあの淡く光る文字が浮かび上がった。

 ――【スキル:引きこもりVER2】発動。

 何が起きたのか、最初は理解できなかった。またあのスキルが発動したの?
 けれど、体の奥から重く甘い眠気のような力が湧き、わたしを包み込んでいく。

 誰とも会いたくない。
 世界を遮断したい。
 痛みから逃れたい。

 そんな心の叫びに応じるかのように、扉の外の音が遠ざかり、部屋そのものが分厚い殻に覆われていく感覚がした。

 気づけば、外からの声はもう聞こえなくなっていた。
 扉を叩く音も、心配する声も。
 まるで世界から切り離されたかのように、静寂が広がっていた。

 わたしはベッドに身を投げ出し、枕を抱きしめる。
 涙で濡れた顔を隠しながら、ただ震えていた。

(誰も……入ってこないで……お願い……)

 それが、わたしの唯一の望みだった。

 こうしてわたしは、自分の部屋に閉じこもり、世界から姿を消した。
 【スキル:引きこもりVER2】マイルームに守られながら。

 だが、この選択がどんな未来を呼ぶのか――その時のわたしには知る由もなかった。
感想 122

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【その断罪、待っていました!】 私は侯爵令嬢オフィーリア・ドヌーブ。王太子アシル・バスチエの婚約者だった。良い国母になる為、日々努力を怠らなかった。そんなある日、聖女を名乗る女性ソネットが現れ、あっという間にアシルは彼女に夢中になってしまう。妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ありとあらゆる手段でソネットを陥れようとして失敗。逆に罰として侯爵家から除籍され、辺境の地へ幾人かの使用人達と共に追放されてしまう。追放先の村での暮らしは不便だったが、人々は皆親切だった。けれど元侯爵令嬢というプライドから最後まで私は素直になれなかった。そんな自分に後悔しながら長い時を孤独に過ごしていたある日。不思議な懐中時計の力によって、何故か断罪の真っ最中に時が巻き戻っていた。聖女への嫌がらせは無かったことに出来ない。それなら今世はおとなしく追放されて和やかに過ごそう。今度こそ幸せに暮らす為に—— ※他サイトでも投稿中

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。 ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。 庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。 全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。 なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」