結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第7話 エマ、冒険者ギルドに行く

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 エマ、冒険者ギルドに行く


 約束の夜は、思ったよりも早く訪れた。

 市場から少し離れた通りにある、小さな食堂。
 石造りの外壁は年季が入っているが、窓辺には花が飾られ、扉を開ける前から厨房の香ばしい匂いが漂ってくる。

「こういう店、大丈夫か?」

 ロドリゲスが、少し探るような視線でそう言った。

「はい。落ち着いていて……好きです」

 正直な気持ちを口にすると、彼はほっとしたように息を吐き、わずかに口元を緩めた。

 店内は、ほどよく静かだった。
 仕事帰りらしい客が数人、思い思いに食事をしている。

 席に着くと、温かいパンとスープ、香草を効かせた肉料理が運ばれてきた。
 見た目は素朴だが、ひと口食べただけで、丁寧に作られているのがわかる。

「……おいしい」

 思わず零れた言葉に、ロドリゲスは満足そうにうなずいた。

「気に入ってくれて良かった。訓練帰りによく来るんだ。気取った店より、こういう方が落ち着く」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 食事をしながら、他愛ない話をした。
 市場の賑わい、訓練の愚痴、最近増えた盗賊の噂。

 気がつけば、エマは自然に笑っていた。
 誰かと肩の力を抜いて話すことが、こんなにも久しぶりだったことに、後から気づく。

 食後、ぬるい果実酒が運ばれてきたころ。
 ロドリゲスが、ふと真面目な表情になる。

「……なあ、エマ」

「はい?」

「無理にとは言わない。でも……もし話せるなら」

 彼は言葉を選ぶように、一瞬、視線を伏せた。

「あんたのこと、もう少し教えてほしい」

 エマは、杯を見つめた。

 言うつもりはなかった。
 忘れたふりをして、前を向くだけでいいと思っていた。

 けれど――
 言いたい気持ちが、胸の奥で、静かに、確かに育っていた。

「……わたし、元はフランセ王国の貴族でした」

 口にした瞬間、喉がひりつく。

 ロドリゲスは驚いた様子も見せず、ただ黙って聞いている。

「伯爵家に嫁いで、三年間……子どもができなかったんです」

 声が、わずかに震えた。

「それで離縁されました。領地の財政が苦しいからと僅かばかりの離縁金だけもらって、まあ、それも実家に戻った時に兄に奪われて……」
 
 思い出すたび、胸が締めつけられる光景。
 静かな居間で告げられた、一方的な宣告。
 兄と兄嫁による理不尽な扱い。

「努力はしたのですが、祈りも捧げたり……できることは全部やりました」

 それでも。

「結果がすべてで。……子供ができないから価値がない、と言われた気がしました」

 小さく笑ったつもりだった。
 けれど、声はうまく笑えていなかった。

 次の瞬間。

「……クソだな」

 低く、怒りを押し殺した声。

 ロドリゲスは拳を握りしめていた。

「最悪だ。そんな理由で、人を捨てるなんて……貴族だかなんだか知らないが、胸くそ悪い」

 その言葉に、エマは目を見開いた。

「……怒って、くれるんですか?」

「当たり前だろ」

 即答だった。

「三年だぞ。妻として生きてきた時間を、そんな理由で切り捨てる? ふざけるな」

 彼は乱暴に杯を置いた。

「……あんたは、ここでちゃんと価値を作ってる。俺は、この腕輪でそれを知った」

 視界が、にじんだ。

 同情でも、建前でもない。
 一緒に怒ってくれる人がいる。

 それだけで、胸の奥の何かが、静かに溶けていく。

「……ありがとうございます」

 かすれた声でそう言うと、ロドリゲスは照れたように視線を逸らした。

「……で、だ」

 少し間を置いて、彼は言う。

「次は、防御力が上がる腕輪を作ってほしい」

「え?」

「力が上がるなら、守りも欲しいだろう?」

 冗談めかした口調だったが、その目は真剣だった。

 エマは、思わず笑ってしまった。

「……わかりました。やってみます」

「ありがたい、頼む」

 そう言って笑う彼を見て、胸の奥が温かく満たされていく。

「それと」

「はい?」

「明日、冒険者ギルドに行った方がいい。正式に鑑定してもらえ。……あんた自身もな」

「え、わ、わたし? 幼少の時に教会で鑑定してもらったことはあるのですが……」

「フランセ王国とスペイラ帝国は鑑定方法が違うかもしれない。まあ、念のためだ」

 ◇

 翌朝。

 エマは少し緊張しながら、冒険者ギルドの扉をくぐった。

 広いホール。
 掲示板には依頼書がびっしりと貼られ、鎧姿の冒険者や魔術師風の男女が行き交っている。

「いらっしゃいませ」

 受付にいたのは、落ち着いた雰囲気の青年だった。

「受付のランフォートです。ご用件は?」

「鑑定を……お願いしたくて」

 案内され、まずは腕輪の鑑定。

「……防御力上昇。効果倍率、一・三倍」

「本当に……」

「かなり高品質です。付与も安定しています」

 そして、ランフォートはエマを見た。

「……作成者であるあなた自身も、鑑定してよろしいですか?」

「はい」

 魔法陣の上に立つ。

 淡い光が、身体を包み込んだ。

 次の瞬間。

「――え?」

 ランフォートの表情が固まる。

「……聖女、判定です」

「……せい、じょ……?」

「正確には、“付与特化型聖女”。あなたが意図せず作った魔道具が高い効果を持つのは、その影響でしょう」

 静かな声が、はっきりと告げる。

「あなたの作るものは、本物です」

 エマは、呆然と立ち尽くした。

 価値がないと言われた結婚生活。
 役に立たないと切り捨てられた自分。

 けれど、ここでは。

 自分の手が、生き方が、力になる。

「改めまして、ようこそ、スペイラ帝国へ。聖女エマ様」

 胸に手を当て、深く息を吐く。

 新しい人生は――
 思っていたよりも、ずっと、輝いているのかもしれない。
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