結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第6話 エマ、ロドリゲスとの再会

 エマ、ロドリゲスとの再会


 朝の市場は、澄んだ空気と人いきれが入り混じり、独特の熱を帯びていた。

 石畳に差し込む朝の光が、露店に並ぶ金属や宝石をきらきらと照らしている。
 呼び込みの声、硬貨の触れ合う音、香辛料の匂い。
 ここは、今日も確かに生きている場所だった。

 エマはいつものように、小さな机の前に立っていた。
 磨き上げた石の腕輪、簡素なペンダント、細身の指輪。
 どれも高価ではないが、ひとつひとつ、手を抜かずに仕上げたものだ。

 石の色、形、手に取ったときの感触。
 そして――そこに込めた、小さな願い。

(今日も、誰かの手に届きますように)

 そう思いながら顔を上げた、その瞬間。

「……あ」

 視界の端に、見覚えのある黒髪が映った。

 人波の向こうから歩いてくる、背の高い男。
 日に焼けた肌、無駄のない体つき。

 ロドリゲスだった。

 あの峠道で、盗賊から馬車を守った護衛兵。
 今日は鎧ではなく、軽装で、剣も帯びていない。

 一瞬、胸が跳ねる。

「おはようございます」

 声をかけると、ロドリゲスは少し驚いたように目を瞬かせ、やがて気恥ずかしそうにうなずいた。

「……ああ。おはよう」

 市場の喧噪の中、彼はエマの屋台を見渡す。

「朝からやってるんだな。……繁盛してるみたいで、何よりだ」

「いえ、まだまだです」

 そう答えながらも、胸の奥が少し温かくなる。

 彼は机の上に並ぶアクセサリーを眺め、やがて一つの腕輪に目を留めた。
 深い茶色の石を丁寧に磨き、細い革紐でまとめた、質素な腕輪。

「これ、なんだ?」

「タイガーアイです。前に進む勇気と、力を引き出す石、と言われています」

「……力、か」

 ロドリゲスは小さく笑い、腕輪を手に取った。

「俺みたいな仕事には、ちょうどいいな」

 冗談めかした口調だったが、どこか真剣さも滲んでいた。
 彼は代金を支払い、その場で腕輪を装着する。

 自分の腕を見つめ、少し照れたように眉を下げた。

「……どうだ?」

「似合いますよ」

「そうか?」

「はい。とても」

 短い沈黙。
 市場の音が、少し遠くなる。

「……今度、時間があったら」

 ロドリゲスは咳払いをし、視線を逸らしながら言った。

「腕輪のお礼に今度、食事でも、どうだ?」

 エマは一瞬、言葉を失った。

 伯爵夫人だった頃は、結婚していたので、男性からの誘いはなかった。
 社交をしている暇もないぐらいに領地の仕事で忙しかった。
 とにかく、領地を再建することばかり考えていた。

 けれど今は違う。

「……ぜひ」

 そう答えた瞬間、胸の奥が、じんわりと温かくなった。

「じゃあ、また」

 ロドリゲスはそう言って、人混みの中へ消えていった。

 ◇

 夕方。

 市場が徐々に落ち着き、露店も片付けに入ろうとしていた、そのときだった。

 乱暴な足音が近づき、エマの前に影が落ちる。

「エマ!」

 振り向くと、息を切らしたロドリゲスが立っていた。
 朝とは明らかに違う、切迫した表情。

「そんなに慌てて、ど、どうしたんですか?」

 彼は自分の腕に視線を落とし、そしてエマを見た。

「……あんたから買った、この腕輪だが」

 一拍置き、真剣な声で続ける。

「これ、魔道具か何かか?」

「え?」

 思わず目を瞬かせる。

「いえ……わたしが作ったものですけど……?」

 ロドリゲスは頭をかき、困惑と興奮が入り混じった表情を浮かべた。

「やっぱり、おかしいんだ」

「何が……?」

「訓練場でな。剣を振ったら、妙に軽い。踏み込みも、打ち込みも……全部、いつもより強い」

 彼は一歩前に出て、拳を握る。

「力が、明らかに増してる」

「気のせいじゃないのかと思って、仲間に鑑定してもらった」

「鑑定……?」

「ああ。魔力鑑定ができるやつがいてな」

 ロドリゲスは、はっきりと言った。

「結果は――力の補助効果。数値で言うと、約一・五倍だ」

 エマの思考が、追いつかない。

「……そんな……」

「すごいぞ、エマ」

 彼は、迷いなくそう言った。

「こんな腕輪、普通の露店に置いていい代物じゃない」

 頬が、熱くなる。

 前世では、石の効果は心の問題だったような気がする。
 だが、この世界では――石に宿る力が、現実になる。

(……知らないうちに、魔力を込めていたの?)

 理由はわからない。
 けれど、自分の作ったものが、人の役に立った。

「……ありがとうございます」

 エマは小さく頭を下げた。

「嬉しいです。そんなふうに言ってもらえて」

「いや、礼を言うのは俺の方だ」

 ロドリゲスは、照れたように笑う。

「約束の食事、絶対に行こう。……その前に、腕輪のお礼も兼ねてな」

 エマは、こくりとうなずいた。

 胸の奥に、確かな手応えがあった。

 離縁され、何も持たずに始めたこの国で。
 自分の技が、力が、価値になる。

 夕暮れの市場で、桃色の髪に紫水晶の瞳のエマは、
 恥ずかしさと喜びを胸に抱きながら、新しい未来を思い描いていた。
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