結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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閑話1 アンドレオ視点 エマを追い出して贅沢ができる

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アンドレオ視点
――モナコラ伯爵の失墜


 あの頃の自分を、今ならはっきりと愚かだったと言える。
 だが当時の俺ことアンドレオ=モナコラは、父親から爵位を受け継いだばかりで、まだ「伯爵」という肩書に酔っていた。

 モナコラ伯爵領は、表向きには豊かに見えた。
 鉱山を抱え、街道にも近い。
 だが実情は、父フランシスコの代から続く放漫経営で、財政はすでに底を打ちかけていた。

「ここは一発、事業で大当たりさせて、大金持ちになるチャンスだ」

 そう言って、俺は領地を抵当に入れ、王都の商会から大金を借りた。
 鉱石加工事業。装飾品として売り出せば、大儲けできる――はずだった。

 だが結果は、惨敗だった。

 技術は未熟、流通は甘く、競合に価格で叩き潰される。
 借金だけが膨らみ、返済の期限は刻一刻と迫っていた。

 破産。
 その二文字が、現実味を帯びて迫ってくる。

 追い打ちをかけたのが、婚約者オスカーラの父、ベルサイユ侯爵の一言だった。

「破産する家に、娘は嫁がせられん」

 それで終わりだった。
 取り繕う余地も、情もなかった。

 婚約破棄の報は、瞬く間に王都へ届いた。
 フランセ王家は、これを由々しき事態として、厳しい要求をしてきた。

 ――すなわち、伯爵家の改革である。

 ◇

 王家主導の改革。
 実務担当として選ばれた名が告げられたとき、俺は耳を疑った。

 エマ=サンジェルア伯爵令嬢。

 彼女は、隣国スペイラ帝国の名門、ディアス=ランス伯爵と婚約中の才女だったはずだが……。
 帳簿に強く、交渉に長け、父親の領地経営が上手くいっているのは、実は彼女の手腕とか――
 密かに「サンジェルア伯爵家の至宝」とまで囁かれていた女だ。

 しかし、王命は冷酷だった。
 エマの婚約は破棄され、代わりに――オレと結婚し、モナコラ伯爵領を立て直せ、と。

 エマは一日中、泣いていたらしい。
 だが、逃げられなかった。
 断れば、父親のサンジェルア伯爵に迷惑がかかるからだ。

「王命であるなら、務めを果たします」

 そう言って、彼女は俺の妻になった。

 そして――俺の地獄の結婚生活が始まった。

 俺の贅沢な生活は終焉した。
 宴は禁止。
 装飾品はすべて売却され、借金の返済に。
 無駄な使用人は整理された。

 当然のように父も母も、反発した。

「使用人が少ないなんて、伯爵家に相応しくない!」
「こんな食事、平民以下よ!」

 だがエマは、涼しい顔で言った。

「王命です。逆らえば、国王陛下に報告しますが、よろしいですか?」

 それで全てが黙った。
 王命を出されたら、もう何も言い返せない。
 不敬罪で牢獄に行きたいのかと、何度もエマに脅された。

 俺は、理解していた。
 理性ではわかってたい。
 正しいのは、エマだ。

 だが――このままの生活に恐怖を感じた。
 エマが恐ろしくなった。

 この女との間に子ができたら?
 改革は永遠に続く。
 贅沢な生活は、二度と戻らない。

 貴族として、それは死を意味していた。

 俺ができることは、簡単だった。
 避妊薬を飲めばいいのだ。
 そうすれば、エマとの間に子供はできない。
 そして、三年経ては、貴族のルールで離縁できるのだ。
 これですべては解決だ。

 早速、俺は町へ行き、医師ドクターラを訪ねた。

「領地改革中のため、子供を作るのをしばらく控えたい。絶対に妊娠させない、強い避妊薬をくれ」
「……かしこまりました。強い薬ですので、服用は一日一回だけです」

「飲みすぎると?」

「子種が無くなります。永久に」

 俺は笑った。

「大丈夫だ。量は守る」

 そう言って、大量の薬を受け取った。

 ――だが、それだけでは終わらなかった。

 ◇ ◇ ◇


 避妊薬は、確かに効いた。
 月が巡っても、季節が変わっても、エマの腹がふくらむことはなかった。

 最初の一年、俺は内心では不安だったが、二年目には安堵した。
 このまま子供ができなければ、この女との間に縛りは生まれない。
 改革が終わる頃にはエマと離縁できる――そう考えていた。

 皮肉なことに、領地は持ち直し始めた。

 エマの手腕は、疑いようがなかった。
 無駄な中間業者を排し、取引先を精査し、帳簿を一から洗い直す。
 鉱山も、利益が出る分だけを確実に回す方式に切り替えた。

 派手さはない。
 だが、確実だった。

「借金は、今年で三割減りました」

 しかし、そう報告されても、胸が高鳴ることはなかった。
 数字の上では回復している。
 だが、私の生活は――いや、「伯爵としての人生」は、何ひとつ取り戻されていなかったからだ。

 食事は質素、平民と同じ黒パンとスープ、たまに肉が出れば幸せを感じるほどだ。
 衣服は修繕を重ねた古い礼服。
 夜会も、狩りも、客人もない。

 貴族である意味が、どこにもなかった。

 俺は、次第に苛立ちを募らせていった。
 金は戻りつつあるのに、なぜ節約を続けなければならないのか。
 なぜ、このまま耐え続けねばならないのだ。

 ある日、私はエマに尋ねた。

「税を上げればいいのではないか?」

 何気ない提案のつもりだった。
 貴族として、当然の発想だと思っていた。

 だが、エマは即座に首を横に振った。

「今以上の税率にすれば、食べていけない者が出ます。死者も増えるでしょう」

 その言葉を聞いたとき、俺は違和感を覚えた。
 理解できなかったのだ。

「……それが、何だ? 俺は民のために我慢しているのか!」

 思わず、そう口にしていた。

「平民など、いくらでもいるだろう。多少死んだところで、何の問題がある?」

 沈黙が落ちた。
 エマは、驚いたように目を見開き、そして――とても悲しそうな顔をした。

「……アンドレオ様」

 声が、かすかに震えていた。

「平民が働き、納める税によって、私たち貴族は生きています。平民が減れば、税収は減り、領地に未来はありません」

 まるで、諭すような口調だった。
 そのことが、俺の癇に障った。

 ――伯爵であるこの俺が、説教されている?

 納得がいかず、俺は王家から派遣されている管理官、エバートンにも同じ問いを投げた。

「増税すれば、財政はもっと楽になるのではないか?」

 エバートンは一瞬、言葉に詰まったように見えた。
 そして、渋い顔で首を横に振る。

「短期的には、税収は増えるでしょう。しかし翌年には、それ以上に税収が減ります」

 まるで――
 馬鹿なことを言うな、と言いたげな目だった。

 その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。

 俺は伯爵だ。
 この領地の主だ。
 それなのに、二人揃って俺を否定する。

 屈辱だった。

「では、こういうのはどうだ」

 俺は、さらに言葉を重ねた。

「鉱山のエメラルドを、大量に売り払う。市場に流せば、金はいくらでも入るだろう?」

 その提案に、二人は同時に顔をしかめた。

「……やめた方がいいでしょう」

 エマが、きっぱりと言った。

「乱売すれば価格は暴落します。鉱脈もいずれ枯れます。将来を食い潰すだけです」

 エバートンも無言で頷いていた。

 その光景を見て、俺は悟った。

 ――ああ、この二人は、初めから俺の意見など採用する気がないのだと。

 伯爵という肩書は、もはや飾りだ。
 実権は、エマにある。
 俺は、ここではエマのおまけな存在なのだ。

 結局、節約生活は三年間も続いた。

 夫婦の営みはあったが、子供は、できなかった。
 当然だ。
 避妊薬は、俺の中から確実に効果を発揮していたのだ。

 エマは何も言わなかった。
 もしかしたら自分を責めていたのかもしれない。
 ただ、それを忘れようとしてなのか、淡々と領地経営を続けていた。

 その姿が、俺には耐え難かった。

 同情も、怒りも、蔑みもない。
 ただ仕事だけしていれば満足な妻に、俺は嫌気がした――そう感じた。

 そして、その結果の結論は一つしかなかった。

「三年間、子ができなかったから離縁する」

 それは、貴族社会において十分な理由だった。

 俺は、側室を迎えると告げ、嫌なら離縁すると告げた。
 それと同時に、執務は俺に移譲した。
 正義は、俺の側にあるのだ。
 いつまでもエマに仕事を任せて、苦しい生活をするわけにはいかない。

 エマは、静かに頭を下げただけだった。

「承知しました、離縁します」

 その声には、悔しさも悲しみも感じられなかった。
 それでもいい。
 俺はやりきったのだ。
 これからは贅沢な生活ができる。

 ――こうして、俺は邪魔な女を追い出すことに成功した。
 これでモナコラ伯爵に平和が来る。

 モナコラ伯爵は救われた。
 俺は贅沢な日々を取り戻したのだ。
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