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閑話1 アンドレオ視点 エマを追い出して贅沢ができる
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アンドレオ視点
――モナコラ伯爵の失墜
あの頃の自分を、今ならはっきりと愚かだったと言える。
だが当時の俺ことアンドレオ=モナコラは、父親から爵位を受け継いだばかりで、まだ「伯爵」という肩書に酔っていた。
モナコラ伯爵領は、表向きには豊かに見えた。
鉱山を抱え、街道にも近い。
だが実情は、父フランシスコの代から続く放漫経営で、財政はすでに底を打ちかけていた。
「ここは一発、事業で大当たりさせて、大金持ちになるチャンスだ」
そう言って、俺は領地を抵当に入れ、王都の商会から大金を借りた。
鉱石加工事業。装飾品として売り出せば、大儲けできる――はずだった。
だが結果は、惨敗だった。
技術は未熟、流通は甘く、競合に価格で叩き潰される。
借金だけが膨らみ、返済の期限は刻一刻と迫っていた。
破産。
その二文字が、現実味を帯びて迫ってくる。
追い打ちをかけたのが、婚約者オスカーラの父、ベルサイユ侯爵の一言だった。
「破産する家に、娘は嫁がせられん」
それで終わりだった。
取り繕う余地も、情もなかった。
婚約破棄の報は、瞬く間に王都へ届いた。
フランセ王家は、これを由々しき事態として、厳しい要求をしてきた。
――すなわち、伯爵家の改革である。
◇
王家主導の改革。
実務担当として選ばれた名が告げられたとき、俺は耳を疑った。
エマ=サンジェルア伯爵令嬢。
彼女は、隣国スペイラ帝国の名門、ディアス=ランス伯爵と婚約中の才女だったはずだが……。
帳簿に強く、交渉に長け、父親の領地経営が上手くいっているのは、実は彼女の手腕とか――
密かに「サンジェルア伯爵家の至宝」とまで囁かれていた女だ。
しかし、王命は冷酷だった。
エマの婚約は破棄され、代わりに――オレと結婚し、モナコラ伯爵領を立て直せ、と。
エマは一日中、泣いていたらしい。
だが、逃げられなかった。
断れば、父親のサンジェルア伯爵に迷惑がかかるからだ。
「王命であるなら、務めを果たします」
そう言って、彼女は俺の妻になった。
そして――俺の地獄の結婚生活が始まった。
俺の贅沢な生活は終焉した。
宴は禁止。
装飾品はすべて売却され、借金の返済に。
無駄な使用人は整理された。
当然のように父も母も、反発した。
「使用人が少ないなんて、伯爵家に相応しくない!」
「こんな食事、平民以下よ!」
だがエマは、涼しい顔で言った。
「王命です。逆らえば、国王陛下に報告しますが、よろしいですか?」
それで全てが黙った。
王命を出されたら、もう何も言い返せない。
不敬罪で牢獄に行きたいのかと、何度もエマに脅された。
俺は、理解していた。
理性ではわかってたい。
正しいのは、エマだ。
だが――このままの生活に恐怖を感じた。
エマが恐ろしくなった。
この女との間に子ができたら?
改革は永遠に続く。
贅沢な生活は、二度と戻らない。
貴族として、それは死を意味していた。
俺ができることは、簡単だった。
避妊薬を飲めばいいのだ。
そうすれば、エマとの間に子供はできない。
そして、三年経ては、貴族のルールで離縁できるのだ。
これですべては解決だ。
早速、俺は町へ行き、医師ドクターラを訪ねた。
「領地改革中のため、子供を作るのをしばらく控えたい。絶対に妊娠させない、強い避妊薬をくれ」
「……かしこまりました。強い薬ですので、服用は一日一回だけです」
「飲みすぎると?」
「子種が無くなります。永久に」
俺は笑った。
「大丈夫だ。量は守る」
そう言って、大量の薬を受け取った。
――だが、それだけでは終わらなかった。
◇ ◇ ◇
避妊薬は、確かに効いた。
月が巡っても、季節が変わっても、エマの腹がふくらむことはなかった。
最初の一年、俺は内心では不安だったが、二年目には安堵した。
このまま子供ができなければ、この女との間に縛りは生まれない。
改革が終わる頃にはエマと離縁できる――そう考えていた。
皮肉なことに、領地は持ち直し始めた。
エマの手腕は、疑いようがなかった。
無駄な中間業者を排し、取引先を精査し、帳簿を一から洗い直す。
鉱山も、利益が出る分だけを確実に回す方式に切り替えた。
派手さはない。
だが、確実だった。
「借金は、今年で三割減りました」
しかし、そう報告されても、胸が高鳴ることはなかった。
数字の上では回復している。
だが、私の生活は――いや、「伯爵としての人生」は、何ひとつ取り戻されていなかったからだ。
食事は質素、平民と同じ黒パンとスープ、たまに肉が出れば幸せを感じるほどだ。
衣服は修繕を重ねた古い礼服。
夜会も、狩りも、客人もない。
貴族である意味が、どこにもなかった。
俺は、次第に苛立ちを募らせていった。
金は戻りつつあるのに、なぜ節約を続けなければならないのか。
なぜ、このまま耐え続けねばならないのだ。
ある日、私はエマに尋ねた。
「税を上げればいいのではないか?」
何気ない提案のつもりだった。
貴族として、当然の発想だと思っていた。
だが、エマは即座に首を横に振った。
「今以上の税率にすれば、食べていけない者が出ます。死者も増えるでしょう」
その言葉を聞いたとき、俺は違和感を覚えた。
理解できなかったのだ。
「……それが、何だ? 俺は民のために我慢しているのか!」
思わず、そう口にしていた。
「平民など、いくらでもいるだろう。多少死んだところで、何の問題がある?」
沈黙が落ちた。
エマは、驚いたように目を見開き、そして――とても悲しそうな顔をした。
「……アンドレオ様」
声が、かすかに震えていた。
「平民が働き、納める税によって、私たち貴族は生きています。平民が減れば、税収は減り、領地に未来はありません」
まるで、諭すような口調だった。
そのことが、俺の癇に障った。
――伯爵であるこの俺が、説教されている?
納得がいかず、俺は王家から派遣されている管理官、エバートンにも同じ問いを投げた。
「増税すれば、財政はもっと楽になるのではないか?」
エバートンは一瞬、言葉に詰まったように見えた。
そして、渋い顔で首を横に振る。
「短期的には、税収は増えるでしょう。しかし翌年には、それ以上に税収が減ります」
まるで――
馬鹿なことを言うな、と言いたげな目だった。
その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
俺は伯爵だ。
この領地の主だ。
それなのに、二人揃って俺を否定する。
屈辱だった。
「では、こういうのはどうだ」
俺は、さらに言葉を重ねた。
「鉱山のエメラルドを、大量に売り払う。市場に流せば、金はいくらでも入るだろう?」
その提案に、二人は同時に顔をしかめた。
「……やめた方がいいでしょう」
エマが、きっぱりと言った。
「乱売すれば価格は暴落します。鉱脈もいずれ枯れます。将来を食い潰すだけです」
エバートンも無言で頷いていた。
その光景を見て、俺は悟った。
――ああ、この二人は、初めから俺の意見など採用する気がないのだと。
伯爵という肩書は、もはや飾りだ。
実権は、エマにある。
俺は、ここではエマのおまけな存在なのだ。
結局、節約生活は三年間も続いた。
夫婦の営みはあったが、子供は、できなかった。
当然だ。
避妊薬は、俺の中から確実に効果を発揮していたのだ。
エマは何も言わなかった。
もしかしたら自分を責めていたのかもしれない。
ただ、それを忘れようとしてなのか、淡々と領地経営を続けていた。
その姿が、俺には耐え難かった。
同情も、怒りも、蔑みもない。
ただ仕事だけしていれば満足な妻に、俺は嫌気がした――そう感じた。
そして、その結果の結論は一つしかなかった。
「三年間、子ができなかったから離縁する」
それは、貴族社会において十分な理由だった。
俺は、側室を迎えると告げ、嫌なら離縁すると告げた。
それと同時に、執務は俺に移譲した。
正義は、俺の側にあるのだ。
いつまでもエマに仕事を任せて、苦しい生活をするわけにはいかない。
エマは、静かに頭を下げただけだった。
「承知しました、離縁します」
その声には、悔しさも悲しみも感じられなかった。
それでもいい。
俺はやりきったのだ。
これからは贅沢な生活ができる。
――こうして、俺は邪魔な女を追い出すことに成功した。
これでモナコラ伯爵に平和が来る。
モナコラ伯爵は救われた。
俺は贅沢な日々を取り戻したのだ。
――モナコラ伯爵の失墜
あの頃の自分を、今ならはっきりと愚かだったと言える。
だが当時の俺ことアンドレオ=モナコラは、父親から爵位を受け継いだばかりで、まだ「伯爵」という肩書に酔っていた。
モナコラ伯爵領は、表向きには豊かに見えた。
鉱山を抱え、街道にも近い。
だが実情は、父フランシスコの代から続く放漫経営で、財政はすでに底を打ちかけていた。
「ここは一発、事業で大当たりさせて、大金持ちになるチャンスだ」
そう言って、俺は領地を抵当に入れ、王都の商会から大金を借りた。
鉱石加工事業。装飾品として売り出せば、大儲けできる――はずだった。
だが結果は、惨敗だった。
技術は未熟、流通は甘く、競合に価格で叩き潰される。
借金だけが膨らみ、返済の期限は刻一刻と迫っていた。
破産。
その二文字が、現実味を帯びて迫ってくる。
追い打ちをかけたのが、婚約者オスカーラの父、ベルサイユ侯爵の一言だった。
「破産する家に、娘は嫁がせられん」
それで終わりだった。
取り繕う余地も、情もなかった。
婚約破棄の報は、瞬く間に王都へ届いた。
フランセ王家は、これを由々しき事態として、厳しい要求をしてきた。
――すなわち、伯爵家の改革である。
◇
王家主導の改革。
実務担当として選ばれた名が告げられたとき、俺は耳を疑った。
エマ=サンジェルア伯爵令嬢。
彼女は、隣国スペイラ帝国の名門、ディアス=ランス伯爵と婚約中の才女だったはずだが……。
帳簿に強く、交渉に長け、父親の領地経営が上手くいっているのは、実は彼女の手腕とか――
密かに「サンジェルア伯爵家の至宝」とまで囁かれていた女だ。
しかし、王命は冷酷だった。
エマの婚約は破棄され、代わりに――オレと結婚し、モナコラ伯爵領を立て直せ、と。
エマは一日中、泣いていたらしい。
だが、逃げられなかった。
断れば、父親のサンジェルア伯爵に迷惑がかかるからだ。
「王命であるなら、務めを果たします」
そう言って、彼女は俺の妻になった。
そして――俺の地獄の結婚生活が始まった。
俺の贅沢な生活は終焉した。
宴は禁止。
装飾品はすべて売却され、借金の返済に。
無駄な使用人は整理された。
当然のように父も母も、反発した。
「使用人が少ないなんて、伯爵家に相応しくない!」
「こんな食事、平民以下よ!」
だがエマは、涼しい顔で言った。
「王命です。逆らえば、国王陛下に報告しますが、よろしいですか?」
それで全てが黙った。
王命を出されたら、もう何も言い返せない。
不敬罪で牢獄に行きたいのかと、何度もエマに脅された。
俺は、理解していた。
理性ではわかってたい。
正しいのは、エマだ。
だが――このままの生活に恐怖を感じた。
エマが恐ろしくなった。
この女との間に子ができたら?
改革は永遠に続く。
贅沢な生活は、二度と戻らない。
貴族として、それは死を意味していた。
俺ができることは、簡単だった。
避妊薬を飲めばいいのだ。
そうすれば、エマとの間に子供はできない。
そして、三年経ては、貴族のルールで離縁できるのだ。
これですべては解決だ。
早速、俺は町へ行き、医師ドクターラを訪ねた。
「領地改革中のため、子供を作るのをしばらく控えたい。絶対に妊娠させない、強い避妊薬をくれ」
「……かしこまりました。強い薬ですので、服用は一日一回だけです」
「飲みすぎると?」
「子種が無くなります。永久に」
俺は笑った。
「大丈夫だ。量は守る」
そう言って、大量の薬を受け取った。
――だが、それだけでは終わらなかった。
◇ ◇ ◇
避妊薬は、確かに効いた。
月が巡っても、季節が変わっても、エマの腹がふくらむことはなかった。
最初の一年、俺は内心では不安だったが、二年目には安堵した。
このまま子供ができなければ、この女との間に縛りは生まれない。
改革が終わる頃にはエマと離縁できる――そう考えていた。
皮肉なことに、領地は持ち直し始めた。
エマの手腕は、疑いようがなかった。
無駄な中間業者を排し、取引先を精査し、帳簿を一から洗い直す。
鉱山も、利益が出る分だけを確実に回す方式に切り替えた。
派手さはない。
だが、確実だった。
「借金は、今年で三割減りました」
しかし、そう報告されても、胸が高鳴ることはなかった。
数字の上では回復している。
だが、私の生活は――いや、「伯爵としての人生」は、何ひとつ取り戻されていなかったからだ。
食事は質素、平民と同じ黒パンとスープ、たまに肉が出れば幸せを感じるほどだ。
衣服は修繕を重ねた古い礼服。
夜会も、狩りも、客人もない。
貴族である意味が、どこにもなかった。
俺は、次第に苛立ちを募らせていった。
金は戻りつつあるのに、なぜ節約を続けなければならないのか。
なぜ、このまま耐え続けねばならないのだ。
ある日、私はエマに尋ねた。
「税を上げればいいのではないか?」
何気ない提案のつもりだった。
貴族として、当然の発想だと思っていた。
だが、エマは即座に首を横に振った。
「今以上の税率にすれば、食べていけない者が出ます。死者も増えるでしょう」
その言葉を聞いたとき、俺は違和感を覚えた。
理解できなかったのだ。
「……それが、何だ? 俺は民のために我慢しているのか!」
思わず、そう口にしていた。
「平民など、いくらでもいるだろう。多少死んだところで、何の問題がある?」
沈黙が落ちた。
エマは、驚いたように目を見開き、そして――とても悲しそうな顔をした。
「……アンドレオ様」
声が、かすかに震えていた。
「平民が働き、納める税によって、私たち貴族は生きています。平民が減れば、税収は減り、領地に未来はありません」
まるで、諭すような口調だった。
そのことが、俺の癇に障った。
――伯爵であるこの俺が、説教されている?
納得がいかず、俺は王家から派遣されている管理官、エバートンにも同じ問いを投げた。
「増税すれば、財政はもっと楽になるのではないか?」
エバートンは一瞬、言葉に詰まったように見えた。
そして、渋い顔で首を横に振る。
「短期的には、税収は増えるでしょう。しかし翌年には、それ以上に税収が減ります」
まるで――
馬鹿なことを言うな、と言いたげな目だった。
その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
俺は伯爵だ。
この領地の主だ。
それなのに、二人揃って俺を否定する。
屈辱だった。
「では、こういうのはどうだ」
俺は、さらに言葉を重ねた。
「鉱山のエメラルドを、大量に売り払う。市場に流せば、金はいくらでも入るだろう?」
その提案に、二人は同時に顔をしかめた。
「……やめた方がいいでしょう」
エマが、きっぱりと言った。
「乱売すれば価格は暴落します。鉱脈もいずれ枯れます。将来を食い潰すだけです」
エバートンも無言で頷いていた。
その光景を見て、俺は悟った。
――ああ、この二人は、初めから俺の意見など採用する気がないのだと。
伯爵という肩書は、もはや飾りだ。
実権は、エマにある。
俺は、ここではエマのおまけな存在なのだ。
結局、節約生活は三年間も続いた。
夫婦の営みはあったが、子供は、できなかった。
当然だ。
避妊薬は、俺の中から確実に効果を発揮していたのだ。
エマは何も言わなかった。
もしかしたら自分を責めていたのかもしれない。
ただ、それを忘れようとしてなのか、淡々と領地経営を続けていた。
その姿が、俺には耐え難かった。
同情も、怒りも、蔑みもない。
ただ仕事だけしていれば満足な妻に、俺は嫌気がした――そう感じた。
そして、その結果の結論は一つしかなかった。
「三年間、子ができなかったから離縁する」
それは、貴族社会において十分な理由だった。
俺は、側室を迎えると告げ、嫌なら離縁すると告げた。
それと同時に、執務は俺に移譲した。
正義は、俺の側にあるのだ。
いつまでもエマに仕事を任せて、苦しい生活をするわけにはいかない。
エマは、静かに頭を下げただけだった。
「承知しました、離縁します」
その声には、悔しさも悲しみも感じられなかった。
それでもいい。
俺はやりきったのだ。
これからは贅沢な生活ができる。
――こうして、俺は邪魔な女を追い出すことに成功した。
これでモナコラ伯爵に平和が来る。
モナコラ伯爵は救われた。
俺は贅沢な日々を取り戻したのだ。
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