結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

文字の大きさ
8 / 53

閑話1 アンドレオ視点 エマを追い出して贅沢ができる

アンドレオ視点
――モナコラ伯爵の失墜


 あの頃の自分を、今ならはっきりと愚かだったと言える。
 だが当時の俺ことアンドレオ=モナコラは、父親から爵位を受け継いだばかりで、まだ「伯爵」という肩書に酔っていた。

 モナコラ伯爵領は、表向きには豊かに見えた。
 鉱山を抱え、街道にも近い。
 だが実情は、父フランシスコの代から続く放漫経営で、財政はすでに底を打ちかけていた。

「ここは一発、事業で大当たりさせて、大金持ちになるチャンスだ」

 そう言って、俺は領地を抵当に入れ、王都の商会から大金を借りた。
 鉱石加工事業。装飾品として売り出せば、大儲けできる――はずだった。

 だが結果は、惨敗だった。

 技術は未熟、流通は甘く、競合に価格で叩き潰される。
 借金だけが膨らみ、返済の期限は刻一刻と迫っていた。

 破産。
 その二文字が、現実味を帯びて迫ってくる。

 追い打ちをかけたのが、婚約者オスカーラの父、ベルサイユ侯爵の一言だった。

「破産する家に、娘は嫁がせられん」

 それで終わりだった。
 取り繕う余地も、情もなかった。

 婚約破棄の報は、瞬く間に王都へ届いた。
 フランセ王家は、これを由々しき事態として、厳しい要求をしてきた。

 ――すなわち、伯爵家の改革である。

 ◇

 王家主導の改革。
 実務担当として選ばれた名が告げられたとき、俺は耳を疑った。

 エマ=サンジェルア伯爵令嬢。

 彼女は、隣国スペイラ帝国の名門、ディアス=ランス伯爵と婚約中の才女だったはずだが……。
 帳簿に強く、交渉に長け、父親の領地経営が上手くいっているのは、実は彼女の手腕とか――
 密かに「サンジェルア伯爵家の至宝」とまで囁かれていた女だ。

 しかし、王命は冷酷だった。
 エマの婚約は破棄され、代わりに――オレと結婚し、モナコラ伯爵領を立て直せ、と。

 エマは一日中、泣いていたらしい。
 だが、逃げられなかった。
 断れば、父親のサンジェルア伯爵に迷惑がかかるからだ。

「王命であるなら、務めを果たします」

 そう言って、彼女は俺の妻になった。

 そして――俺の地獄の結婚生活が始まった。

 俺の贅沢な生活は終焉した。
 宴は禁止。
 装飾品はすべて売却され、借金の返済に。
 無駄な使用人は整理された。

 当然のように父も母も、反発した。

「使用人が少ないなんて、伯爵家に相応しくない!」
「こんな食事、平民以下よ!」

 だがエマは、涼しい顔で言った。

「王命です。逆らえば、国王陛下に報告しますが、よろしいですか?」

 それで全てが黙った。
 王命を出されたら、もう何も言い返せない。
 不敬罪で牢獄に行きたいのかと、何度もエマに脅された。

 俺は、理解していた。
 理性ではわかってたい。
 正しいのは、エマだ。

 だが――このままの生活に恐怖を感じた。
 エマが恐ろしくなった。

 この女との間に子ができたら?
 改革は永遠に続く。
 贅沢な生活は、二度と戻らない。

 貴族として、それは死を意味していた。

 俺ができることは、簡単だった。
 避妊薬を飲めばいいのだ。
 そうすれば、エマとの間に子供はできない。
 そして、三年経ては、貴族のルールで離縁できるのだ。
 これですべては解決だ。

 早速、俺は町へ行き、医師ドクターラを訪ねた。

「領地改革中のため、子供を作るのをしばらく控えたい。絶対に妊娠させない、強い避妊薬をくれ」
「……かしこまりました。強い薬ですので、服用は一日一回だけです」

「飲みすぎると?」

「子種が無くなります。永久に」

 俺は笑った。

「大丈夫だ。量は守る」

 そう言って、大量の薬を受け取った。

 ――だが、それだけでは終わらなかった。

 ◇ ◇ ◇


 避妊薬は、確かに効いた。
 月が巡っても、季節が変わっても、エマの腹がふくらむことはなかった。

 最初の一年、俺は内心では不安だったが、二年目には安堵した。
 このまま子供ができなければ、この女との間に縛りは生まれない。
 改革が終わる頃にはエマと離縁できる――そう考えていた。

 皮肉なことに、領地は持ち直し始めた。

 エマの手腕は、疑いようがなかった。
 無駄な中間業者を排し、取引先を精査し、帳簿を一から洗い直す。
 鉱山も、利益が出る分だけを確実に回す方式に切り替えた。

 派手さはない。
 だが、確実だった。

「借金は、今年で三割減りました」

 しかし、そう報告されても、胸が高鳴ることはなかった。
 数字の上では回復している。
 だが、私の生活は――いや、「伯爵としての人生」は、何ひとつ取り戻されていなかったからだ。

 食事は質素、平民と同じ黒パンとスープ、たまに肉が出れば幸せを感じるほどだ。
 衣服は修繕を重ねた古い礼服。
 夜会も、狩りも、客人もない。

 貴族である意味が、どこにもなかった。

 俺は、次第に苛立ちを募らせていった。
 金は戻りつつあるのに、なぜ節約を続けなければならないのか。
 なぜ、このまま耐え続けねばならないのだ。

 ある日、私はエマに尋ねた。

「税を上げればいいのではないか?」

 何気ない提案のつもりだった。
 貴族として、当然の発想だと思っていた。

 だが、エマは即座に首を横に振った。

「今以上の税率にすれば、食べていけない者が出ます。死者も増えるでしょう」

 その言葉を聞いたとき、俺は違和感を覚えた。
 理解できなかったのだ。

「……それが、何だ? 俺は民のために我慢しているのか!」

 思わず、そう口にしていた。

「平民など、いくらでもいるだろう。多少死んだところで、何の問題がある?」

 沈黙が落ちた。
 エマは、驚いたように目を見開き、そして――とても悲しそうな顔をした。

「……アンドレオ様」

 声が、かすかに震えていた。

「平民が働き、納める税によって、私たち貴族は生きています。平民が減れば、税収は減り、領地に未来はありません」

 まるで、諭すような口調だった。
 そのことが、俺の癇に障った。

 ――伯爵であるこの俺が、説教されている?

 納得がいかず、俺は王家から派遣されている管理官、エバートンにも同じ問いを投げた。

「増税すれば、財政はもっと楽になるのではないか?」

 エバートンは一瞬、言葉に詰まったように見えた。
 そして、渋い顔で首を横に振る。

「短期的には、税収は増えるでしょう。しかし翌年には、それ以上に税収が減ります」

 まるで――
 馬鹿なことを言うな、と言いたげな目だった。

 その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。

 俺は伯爵だ。
 この領地の主だ。
 それなのに、二人揃って俺を否定する。

 屈辱だった。

「では、こういうのはどうだ」

 俺は、さらに言葉を重ねた。

「鉱山のエメラルドを、大量に売り払う。市場に流せば、金はいくらでも入るだろう?」

 その提案に、二人は同時に顔をしかめた。

「……やめた方がいいでしょう」

 エマが、きっぱりと言った。

「乱売すれば価格は暴落します。鉱脈もいずれ枯れます。将来を食い潰すだけです」

 エバートンも無言で頷いていた。

 その光景を見て、俺は悟った。

 ――ああ、この二人は、初めから俺の意見など採用する気がないのだと。

 伯爵という肩書は、もはや飾りだ。
 実権は、エマにある。
 俺は、ここではエマのおまけな存在なのだ。

 結局、節約生活は三年間も続いた。

 夫婦の営みはあったが、子供は、できなかった。
 当然だ。
 避妊薬は、俺の中から確実に効果を発揮していたのだ。

 エマは何も言わなかった。
 もしかしたら自分を責めていたのかもしれない。
 ただ、それを忘れようとしてなのか、淡々と領地経営を続けていた。

 その姿が、俺には耐え難かった。

 同情も、怒りも、蔑みもない。
 ただ仕事だけしていれば満足な妻に、俺は嫌気がした――そう感じた。

 そして、その結果の結論は一つしかなかった。

「三年間、子ができなかったから離縁する」

 それは、貴族社会において十分な理由だった。

 俺は、側室を迎えると告げ、嫌なら離縁すると告げた。
 それと同時に、執務は俺に移譲した。
 正義は、俺の側にあるのだ。
 いつまでもエマに仕事を任せて、苦しい生活をするわけにはいかない。

 エマは、静かに頭を下げただけだった。

「承知しました、離縁します」

 その声には、悔しさも悲しみも感じられなかった。
 それでもいい。
 俺はやりきったのだ。
 これからは贅沢な生活ができる。

 ――こうして、俺は邪魔な女を追い出すことに成功した。
 これでモナコラ伯爵に平和が来る。

 モナコラ伯爵は救われた。
 俺は贅沢な日々を取り戻したのだ。
感想 126

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。