結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第5話 エマ、パワーストーンのお店を開く

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 エマ、お店を開店する。


 屋台を設営したのは、商業ギルドから指定された通り沿いの一角だった。
 冒険者ギルドと市場を結ぶ、人通りの多い場所――のはずだった。

 簡素な木製の台に、白い布を敷く。その上に、磨き上げた小さな石を並べていく。
 淡い緑、蜂蜜色、夜空のような藍。ひとつひとつは派手ではないが、光を受けると確かに表情を変える。

(……さて)

 エマは屋台の前に立ち、通りを行き交う人々を眺めた。

 ――誰も、来ない。

 足を止める者はいる。
 ちらりと視線を向け、首を傾げ、そして通り過ぎていく。

「……何のお店か、わからないわよね」

 看板は出している。
 《天然石アクセサリー》と、控えめな文字で。

 だが、この町ではとくに目立たない。
 武器、薬草、食べ物、酒。
 日常に必要なものを扱う屋台が目立つ中で、緊急性を感じない石の販売は、どうしても不人気になりがちで、通り過ぎて行ってしまう。

 午前の陽が高くなり、腹の虫が小さく鳴いた頃だった。

「エマさん!」

 聞き慣れた声に顔を上げる。

 猫耳亭のおかみ、アンナだった。
 青みがかった髪を後ろでまとめ、片手には籠。もう一方の手には、娘のユキナがしがみついている。

「どうだい、調子は?」

「……ご覧の通りです」

 エマは苦笑いを浮かべた。

「まだ誰も来ていません」

 アンナは屋台の石を覗き込み、「ふぉお」と声を漏らす。

「綺麗じゃないか。すごく高級そうに見えるけどねぇ」

 その横で、ユキナも、興味深そうに石を見つめていた。
 五歳にしては落ち着いた子で、大きな瞳がきらきらと輝いている。

「……これ、なぁに?」

「天然石よ。穴が開いてそこに糸を通して腕輪とかにもできるのよ」

 エマはしゃがみ込み、目線を合わせながら自作の腕輪を披露する。

「綺麗なだけじゃなくてね、昔から“いろいろな意味”を込められてきたの」

「いみ?」

「そう。たとえば――」

 エマは蜂蜜色の石を一つ手に取った。

「これはタイガーアイと言ってね、幸運と勇気の石なのよ」

 ユキナはぱっと顔を輝かせた。

「ゆうき!」

「ええ。元気に外へ出る子に、ぴったりよ」

 そう言って、ユキナの腕に腕輪を通す。

「はい、お客さま第一号のプレゼントね」

 エマが微笑んで贈り物をすると、ユキナも嬉しそうに口元をニコッとする。

「ゆうきのうでわ、すてき」

「え? うちの子に、いいのかい?」

「……最初のお客さんですから」

 エマは小さく微笑み、革紐を通した簡単なペンダントを作って今度は、アンナに差し出した。

「これはアンナさんへのプレゼントです」

「いいのかい?」

「はい」

 アンナの首に掛けられたタイガーアイは、陽の光を受けて柔らかく輝いた。

「ありがとう!」

 その声は、通りに思いのほかよく響いた。

「……ん?」

 近くで野菜を選んでいた主婦が、ちらりとこちらを見る。
 続いて、武器屋の前にいた若い冒険者も足を止めた。

「今の石、なんだ?」

「幸運の石だってさ」

 アンナは、あえて少し大きな声で言った。

「最近、宿でも話題でね。お守り代わりに持つ冒険者が増えてるんだよ」

 エマは内心で驚いた。
 だが、アンナの“客商売の勘”は伊達ではない。

「……ちょっと、見せてもらっても?」

 最初の客は、革鎧の若い女性冒険者だった。

「これは?」

 赤褐色の小石を指さす。

「カーネリアンです。集中力と持久力を高めるとされています」

「へぇ……わたし、集中力欲しいかも」

 次々と質問が飛ぶ。

「恋愛が上手く行く石はないの?」
「はい、こちらのピンクトルマリンは、恋愛成就、愛情におすすめです」

 エマはピンク色の石を指さしながら説明する。

「腕輪や首飾りにできます」
「一つ、お願いするわ」

「魔法が上手になるのはないの?」
「それでしたら、こちらの橙色のトパーズですね。知識、創造性に効果的です」

 エマは一つ一つ、丁寧に答えた。

「魔法を使う方におすすめですね」

 気づけば、屋台の前には小さな人だかりができていた。

「じゃあ、これを一本」

「私も、こっち」

 昼過ぎには、用意していた石の三分の一が売れていた。

 アンナは満足そうにうなずく。

「いい滑り出しじゃないか」

「……本当に、助かりました」

「いいのよ。こちらこそ、素敵なものをいただいて、ありがとね」

 そう言って、ユキナの頭を撫でる。

「それに、いいものはちゃんと広まるものさ」

「ありがとうございます」

「お礼に夕飯は、一品サービスするよ」

 アンナは明るく笑いながら、娘のユキナと共に、その場を離れていった。

 ◇

 夕方。
 屋台を片付けながら、エマは静かに息を吐いた。

 大金ではない。
 だが、確かに――貴族としてではなく、自分の手で稼いだ金だった。

(……ここから、だわ)

 夕暮れの空の下、石たちは最後の光を映していた。

 街から小高い丘の上にある白銀の城、ランス伯爵の城が夕焼け色に赤く輝いていた。

 ディアスは元気かな?
 もう貴族ではないエマが、会うことはないだろう。
 でも、彼の無事な姿を確かめられたら……
 
 そんなことを想いながら、エマの人生は、静かに確実に前へと進み始めていた。
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