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第5話 エマ、パワーストーンのお店を開く
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エマ、お店を開店する。
屋台を設営したのは、商業ギルドから指定された通り沿いの一角だった。
冒険者ギルドと市場を結ぶ、人通りの多い場所――のはずだった。
簡素な木製の台に、白い布を敷く。その上に、磨き上げた小さな石を並べていく。
淡い緑、蜂蜜色、夜空のような藍。ひとつひとつは派手ではないが、光を受けると確かに表情を変える。
(……さて)
エマは屋台の前に立ち、通りを行き交う人々を眺めた。
――誰も、来ない。
足を止める者はいる。
ちらりと視線を向け、首を傾げ、そして通り過ぎていく。
「……何のお店か、わからないわよね」
看板は出している。
《天然石アクセサリー》と、控えめな文字で。
だが、この町ではとくに目立たない。
武器、薬草、食べ物、酒。
日常に必要なものを扱う屋台が目立つ中で、緊急性を感じない石の販売は、どうしても不人気になりがちで、通り過ぎて行ってしまう。
午前の陽が高くなり、腹の虫が小さく鳴いた頃だった。
「エマさん!」
聞き慣れた声に顔を上げる。
猫耳亭のおかみ、アンナだった。
青みがかった髪を後ろでまとめ、片手には籠。もう一方の手には、娘のユキナがしがみついている。
「どうだい、調子は?」
「……ご覧の通りです」
エマは苦笑いを浮かべた。
「まだ誰も来ていません」
アンナは屋台の石を覗き込み、「ふぉお」と声を漏らす。
「綺麗じゃないか。すごく高級そうに見えるけどねぇ」
その横で、ユキナも、興味深そうに石を見つめていた。
五歳にしては落ち着いた子で、大きな瞳がきらきらと輝いている。
「……これ、なぁに?」
「天然石よ。穴が開いてそこに糸を通して腕輪とかにもできるのよ」
エマはしゃがみ込み、目線を合わせながら自作の腕輪を披露する。
「綺麗なだけじゃなくてね、昔から“いろいろな意味”を込められてきたの」
「いみ?」
「そう。たとえば――」
エマは蜂蜜色の石を一つ手に取った。
「これはタイガーアイと言ってね、幸運と勇気の石なのよ」
ユキナはぱっと顔を輝かせた。
「ゆうき!」
「ええ。元気に外へ出る子に、ぴったりよ」
そう言って、ユキナの腕に腕輪を通す。
「はい、お客さま第一号のプレゼントね」
エマが微笑んで贈り物をすると、ユキナも嬉しそうに口元をニコッとする。
「ゆうきのうでわ、すてき」
「え? うちの子に、いいのかい?」
「……最初のお客さんですから」
エマは小さく微笑み、革紐を通した簡単なペンダントを作って今度は、アンナに差し出した。
「これはアンナさんへのプレゼントです」
「いいのかい?」
「はい」
アンナの首に掛けられたタイガーアイは、陽の光を受けて柔らかく輝いた。
「ありがとう!」
その声は、通りに思いのほかよく響いた。
「……ん?」
近くで野菜を選んでいた主婦が、ちらりとこちらを見る。
続いて、武器屋の前にいた若い冒険者も足を止めた。
「今の石、なんだ?」
「幸運の石だってさ」
アンナは、あえて少し大きな声で言った。
「最近、宿でも話題でね。お守り代わりに持つ冒険者が増えてるんだよ」
エマは内心で驚いた。
だが、アンナの“客商売の勘”は伊達ではない。
「……ちょっと、見せてもらっても?」
最初の客は、革鎧の若い女性冒険者だった。
「これは?」
赤褐色の小石を指さす。
「カーネリアンです。集中力と持久力を高めるとされています」
「へぇ……わたし、集中力欲しいかも」
次々と質問が飛ぶ。
「恋愛が上手く行く石はないの?」
「はい、こちらのピンクトルマリンは、恋愛成就、愛情におすすめです」
エマはピンク色の石を指さしながら説明する。
「腕輪や首飾りにできます」
「一つ、お願いするわ」
「魔法が上手になるのはないの?」
「それでしたら、こちらの橙色のトパーズですね。知識、創造性に効果的です」
エマは一つ一つ、丁寧に答えた。
「魔法を使う方におすすめですね」
気づけば、屋台の前には小さな人だかりができていた。
「じゃあ、これを一本」
「私も、こっち」
昼過ぎには、用意していた石の三分の一が売れていた。
アンナは満足そうにうなずく。
「いい滑り出しじゃないか」
「……本当に、助かりました」
「いいのよ。こちらこそ、素敵なものをいただいて、ありがとね」
そう言って、ユキナの頭を撫でる。
「それに、いいものはちゃんと広まるものさ」
「ありがとうございます」
「お礼に夕飯は、一品サービスするよ」
アンナは明るく笑いながら、娘のユキナと共に、その場を離れていった。
◇
夕方。
屋台を片付けながら、エマは静かに息を吐いた。
大金ではない。
だが、確かに――貴族としてではなく、自分の手で稼いだ金だった。
(……ここから、だわ)
夕暮れの空の下、石たちは最後の光を映していた。
街から小高い丘の上にある白銀の城、ランス伯爵の城が夕焼け色に赤く輝いていた。
ディアスは元気かな?
もう貴族ではないエマが、会うことはないだろう。
でも、彼の無事な姿を確かめられたら……
そんなことを想いながら、エマの人生は、静かに確実に前へと進み始めていた。
屋台を設営したのは、商業ギルドから指定された通り沿いの一角だった。
冒険者ギルドと市場を結ぶ、人通りの多い場所――のはずだった。
簡素な木製の台に、白い布を敷く。その上に、磨き上げた小さな石を並べていく。
淡い緑、蜂蜜色、夜空のような藍。ひとつひとつは派手ではないが、光を受けると確かに表情を変える。
(……さて)
エマは屋台の前に立ち、通りを行き交う人々を眺めた。
――誰も、来ない。
足を止める者はいる。
ちらりと視線を向け、首を傾げ、そして通り過ぎていく。
「……何のお店か、わからないわよね」
看板は出している。
《天然石アクセサリー》と、控えめな文字で。
だが、この町ではとくに目立たない。
武器、薬草、食べ物、酒。
日常に必要なものを扱う屋台が目立つ中で、緊急性を感じない石の販売は、どうしても不人気になりがちで、通り過ぎて行ってしまう。
午前の陽が高くなり、腹の虫が小さく鳴いた頃だった。
「エマさん!」
聞き慣れた声に顔を上げる。
猫耳亭のおかみ、アンナだった。
青みがかった髪を後ろでまとめ、片手には籠。もう一方の手には、娘のユキナがしがみついている。
「どうだい、調子は?」
「……ご覧の通りです」
エマは苦笑いを浮かべた。
「まだ誰も来ていません」
アンナは屋台の石を覗き込み、「ふぉお」と声を漏らす。
「綺麗じゃないか。すごく高級そうに見えるけどねぇ」
その横で、ユキナも、興味深そうに石を見つめていた。
五歳にしては落ち着いた子で、大きな瞳がきらきらと輝いている。
「……これ、なぁに?」
「天然石よ。穴が開いてそこに糸を通して腕輪とかにもできるのよ」
エマはしゃがみ込み、目線を合わせながら自作の腕輪を披露する。
「綺麗なだけじゃなくてね、昔から“いろいろな意味”を込められてきたの」
「いみ?」
「そう。たとえば――」
エマは蜂蜜色の石を一つ手に取った。
「これはタイガーアイと言ってね、幸運と勇気の石なのよ」
ユキナはぱっと顔を輝かせた。
「ゆうき!」
「ええ。元気に外へ出る子に、ぴったりよ」
そう言って、ユキナの腕に腕輪を通す。
「はい、お客さま第一号のプレゼントね」
エマが微笑んで贈り物をすると、ユキナも嬉しそうに口元をニコッとする。
「ゆうきのうでわ、すてき」
「え? うちの子に、いいのかい?」
「……最初のお客さんですから」
エマは小さく微笑み、革紐を通した簡単なペンダントを作って今度は、アンナに差し出した。
「これはアンナさんへのプレゼントです」
「いいのかい?」
「はい」
アンナの首に掛けられたタイガーアイは、陽の光を受けて柔らかく輝いた。
「ありがとう!」
その声は、通りに思いのほかよく響いた。
「……ん?」
近くで野菜を選んでいた主婦が、ちらりとこちらを見る。
続いて、武器屋の前にいた若い冒険者も足を止めた。
「今の石、なんだ?」
「幸運の石だってさ」
アンナは、あえて少し大きな声で言った。
「最近、宿でも話題でね。お守り代わりに持つ冒険者が増えてるんだよ」
エマは内心で驚いた。
だが、アンナの“客商売の勘”は伊達ではない。
「……ちょっと、見せてもらっても?」
最初の客は、革鎧の若い女性冒険者だった。
「これは?」
赤褐色の小石を指さす。
「カーネリアンです。集中力と持久力を高めるとされています」
「へぇ……わたし、集中力欲しいかも」
次々と質問が飛ぶ。
「恋愛が上手く行く石はないの?」
「はい、こちらのピンクトルマリンは、恋愛成就、愛情におすすめです」
エマはピンク色の石を指さしながら説明する。
「腕輪や首飾りにできます」
「一つ、お願いするわ」
「魔法が上手になるのはないの?」
「それでしたら、こちらの橙色のトパーズですね。知識、創造性に効果的です」
エマは一つ一つ、丁寧に答えた。
「魔法を使う方におすすめですね」
気づけば、屋台の前には小さな人だかりができていた。
「じゃあ、これを一本」
「私も、こっち」
昼過ぎには、用意していた石の三分の一が売れていた。
アンナは満足そうにうなずく。
「いい滑り出しじゃないか」
「……本当に、助かりました」
「いいのよ。こちらこそ、素敵なものをいただいて、ありがとね」
そう言って、ユキナの頭を撫でる。
「それに、いいものはちゃんと広まるものさ」
「ありがとうございます」
「お礼に夕飯は、一品サービスするよ」
アンナは明るく笑いながら、娘のユキナと共に、その場を離れていった。
◇
夕方。
屋台を片付けながら、エマは静かに息を吐いた。
大金ではない。
だが、確かに――貴族としてではなく、自分の手で稼いだ金だった。
(……ここから、だわ)
夕暮れの空の下、石たちは最後の光を映していた。
街から小高い丘の上にある白銀の城、ランス伯爵の城が夕焼け色に赤く輝いていた。
ディアスは元気かな?
もう貴族ではないエマが、会うことはないだろう。
でも、彼の無事な姿を確かめられたら……
そんなことを想いながら、エマの人生は、静かに確実に前へと進み始めていた。
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