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第27話 聖教国マケドニア神官レオ ダリル=ベルトレインの追放劇を語る
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神官レオの手記――『あの日を境に、神の沈黙を感じた』
ダリル=ベルトレインが追放された日を、私は忘れられない。
あれは確か、春の終わり。白百合が風に揺れる頃だった。清めの儀式を控え、神殿内は厳かな空気に包まれていた。私たち下級神官は、神託の準備に追われていたが、それでも皆どこか穏やかな笑みを浮かべていた。聖女セレスティア様のお姿を見れば、誰もが救われたような心地になったからだ。
だが、その日を境に、すべてが変わった。
聖女に対する反逆行為により、神官ダリルが突然、教会から追放されたのだ。彼は聖女様の側近であり、我らの中でもとびきりの才覚と誠実さを持つ人物だった。常に冷静沈着、かといって驕ることなく、どんなに若い神官にも礼儀を欠かさなかった。私にとっては、尊敬する先輩であり、いつかああなりたいと思わせる理想の神官だった。
だから、信じられなかった。
「聖女殿に対して反逆の罪」などと告げられて、彼が衛兵に連れられていく姿を目にしたとき、私は耳を疑った。誰かの冗談だと思ったほどだ。
同僚の神官たちも、皆困惑していた。誰もが目を合わせず、ただ黙ってうつむいていた。私が「何かの誤解では?」と声を上げかけたとき、隣にいた年長の神官マルセリウス殿が、無言で私の腕を掴み、目だけで制した。
「黙れ」という、その目の圧力に、私は言葉を飲み込んだ。
その夜、私は眠れなかった。どうしても腑に落ちなかったからだ。
ダリル様はそんなことをするような方ではない。教義に対する理解も深く、何より、聖女様への忠誠は人一倍だった。私などには到底想像もつかない、神の意志と共にあるような生き方をしていたのに――
なぜ?
次の日、私は思い切って、大司教様の使いをしている神官に尋ねてみた。
「ダリル様は、本当に……?」
そのとき、その神官は私をじっと見つめた。笑って答えるかと思ったが、彼はひとこと、「その話はやめておけ」とだけ言って去って行った。
そして、それを境に、私の耳にもおかしな噂が届くようになった。
「最近、ガルモンド大司教の目が妙に赤く光ることがある」とか、
「聖女様の私室から奇妙な気配を感じる」とか、あるいは、
「反対意見を述べた神官が突然転属になった」とか――。
皆が、何かに気付いていながら、口に出すことを恐れている。
それはもう、「信仰の共同体」ではなかった。
ひとつ気付けば、次の瞬間には自分も崖の下に落とされる。誰もがそれを知っていた。だから、誰も口を開かなかった。
私は、ふと思い出す。
数週間前、祭壇の灯火を整えていたときのことだ。ふと視線を感じて振り返ると、ダリル様が立っていた。彼は微笑んで私に言った。
「レオ殿、燈明の位置、少しずれてますぞ」
恥ずかしくなって頭を下げると、彼は「いえ、拙者も昔、よく注意されたものです」と柔らかく笑っていた。そのときの穏やかな声、慈しみを含んだ目が、どうしても嘘を語る者のものとは思えない。
そんな人が、なぜ。
それから数日後、私の同期だった神官カレンが、突然失踪した。
彼は以前、
「最近の聖女様、何か変だと思わないか?」
と私に囁いたことがある。私は冗談だと思って軽く受け流したが――今にして思えば、彼も、何かに気付いていたのだろう。
そのカレンが、いなくなった。家族も探しているが、教会からは
「転属先に出向中」
とだけしか返ってこない。
おかしい。おかしすぎる。
だが、私には何もできない。
告発などしようものなら、私もダリル様と同じ末路をたどるだろう。いや、彼のような意志の強さも、勇気も、私にはない。
だから、ただ祈るしかない。
神が本当におられるのならば――この歪みを、誰かが正してくださるように、と。
いや。
もしかすると、すでに神は沈黙してしまったのかもしれない。
聖女の言葉も、神託も、どこか虚ろに聞こえるようになった。
ダリル様が追われてからというもの、神殿には奇妙な沈黙が漂っている。誰もが笑わず、誰もが黙っている。まるで、信仰そのものが凍りついてしまったかのように――
私たちは、神を信じているのだろうか。それとも、神の名を騙る何かを、ただ崇めてしまっているのか。
自分でも、分からない。
ただひとつ、確かに感じているのは――
あの日、真実を告げたのは、きっとダリル・ベルトレインだった。
彼を追放したことで、我々は神の声を喪ったのかもしれない。
そして私は今日も、祭壇の灯を整える。
歪みの中で、まだ、祈りのかたちを忘れぬようにと。
ダリル=ベルトレインが追放された日を、私は忘れられない。
あれは確か、春の終わり。白百合が風に揺れる頃だった。清めの儀式を控え、神殿内は厳かな空気に包まれていた。私たち下級神官は、神託の準備に追われていたが、それでも皆どこか穏やかな笑みを浮かべていた。聖女セレスティア様のお姿を見れば、誰もが救われたような心地になったからだ。
だが、その日を境に、すべてが変わった。
聖女に対する反逆行為により、神官ダリルが突然、教会から追放されたのだ。彼は聖女様の側近であり、我らの中でもとびきりの才覚と誠実さを持つ人物だった。常に冷静沈着、かといって驕ることなく、どんなに若い神官にも礼儀を欠かさなかった。私にとっては、尊敬する先輩であり、いつかああなりたいと思わせる理想の神官だった。
だから、信じられなかった。
「聖女殿に対して反逆の罪」などと告げられて、彼が衛兵に連れられていく姿を目にしたとき、私は耳を疑った。誰かの冗談だと思ったほどだ。
同僚の神官たちも、皆困惑していた。誰もが目を合わせず、ただ黙ってうつむいていた。私が「何かの誤解では?」と声を上げかけたとき、隣にいた年長の神官マルセリウス殿が、無言で私の腕を掴み、目だけで制した。
「黙れ」という、その目の圧力に、私は言葉を飲み込んだ。
その夜、私は眠れなかった。どうしても腑に落ちなかったからだ。
ダリル様はそんなことをするような方ではない。教義に対する理解も深く、何より、聖女様への忠誠は人一倍だった。私などには到底想像もつかない、神の意志と共にあるような生き方をしていたのに――
なぜ?
次の日、私は思い切って、大司教様の使いをしている神官に尋ねてみた。
「ダリル様は、本当に……?」
そのとき、その神官は私をじっと見つめた。笑って答えるかと思ったが、彼はひとこと、「その話はやめておけ」とだけ言って去って行った。
そして、それを境に、私の耳にもおかしな噂が届くようになった。
「最近、ガルモンド大司教の目が妙に赤く光ることがある」とか、
「聖女様の私室から奇妙な気配を感じる」とか、あるいは、
「反対意見を述べた神官が突然転属になった」とか――。
皆が、何かに気付いていながら、口に出すことを恐れている。
それはもう、「信仰の共同体」ではなかった。
ひとつ気付けば、次の瞬間には自分も崖の下に落とされる。誰もがそれを知っていた。だから、誰も口を開かなかった。
私は、ふと思い出す。
数週間前、祭壇の灯火を整えていたときのことだ。ふと視線を感じて振り返ると、ダリル様が立っていた。彼は微笑んで私に言った。
「レオ殿、燈明の位置、少しずれてますぞ」
恥ずかしくなって頭を下げると、彼は「いえ、拙者も昔、よく注意されたものです」と柔らかく笑っていた。そのときの穏やかな声、慈しみを含んだ目が、どうしても嘘を語る者のものとは思えない。
そんな人が、なぜ。
それから数日後、私の同期だった神官カレンが、突然失踪した。
彼は以前、
「最近の聖女様、何か変だと思わないか?」
と私に囁いたことがある。私は冗談だと思って軽く受け流したが――今にして思えば、彼も、何かに気付いていたのだろう。
そのカレンが、いなくなった。家族も探しているが、教会からは
「転属先に出向中」
とだけしか返ってこない。
おかしい。おかしすぎる。
だが、私には何もできない。
告発などしようものなら、私もダリル様と同じ末路をたどるだろう。いや、彼のような意志の強さも、勇気も、私にはない。
だから、ただ祈るしかない。
神が本当におられるのならば――この歪みを、誰かが正してくださるように、と。
いや。
もしかすると、すでに神は沈黙してしまったのかもしれない。
聖女の言葉も、神託も、どこか虚ろに聞こえるようになった。
ダリル様が追われてからというもの、神殿には奇妙な沈黙が漂っている。誰もが笑わず、誰もが黙っている。まるで、信仰そのものが凍りついてしまったかのように――
私たちは、神を信じているのだろうか。それとも、神の名を騙る何かを、ただ崇めてしまっているのか。
自分でも、分からない。
ただひとつ、確かに感じているのは――
あの日、真実を告げたのは、きっとダリル・ベルトレインだった。
彼を追放したことで、我々は神の声を喪ったのかもしれない。
そして私は今日も、祭壇の灯を整える。
歪みの中で、まだ、祈りのかたちを忘れぬようにと。
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