婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第36話 マスキュラ―、筋肉だけはオレを裏切らない!

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筋肉には、裏切られない――マスキュラ―の過去

「――ハッ! フンッ! ヴォオオオオオ!!」

 ラグナス帝国の外れ、古びた訓練場に響く気合の咆哮。
 そこには、上半身裸で朝陽に汗をきらめかせながら、大岩を持ち上げてスクワットを繰り返す一人の男がいた。

 筋肉の塊。盛り上がった大胸筋、硬く絞られた腹筋、腕から肩にかけて浮き上がる血管。
 彼こそが、マスキュラ―。元C級冒険者。現在、無職、装備なし、でも筋肉だけはフルスペック。

「――まだだ……まだ、負けるわけにはいかねえ……!」

 彼の胸に渦巻いていたのは、過去への怒りと悔しさだった。

 かつて、マスキュラ―は冒険者パーティーに所属していた。パーティー名は《双雷剣》。リーダーの男セリオスと魔法使いの美女レイナ、マスキュラ―と回復役の女僧侶ミーナの、男女2対2のチームだった。

 ――だが、ある日突然、マスキュラ―は追放された。

「悪いな、マスキュラ―。やっぱ見た目って大事だと思うんだよ。ほら、俺、将来的にはハーレムパーティーを作ろうと思っててさ」

「……は?」

「お前、マッチョすぎるんだよ。画が濃いっていうか。もうちょっと華やかで可愛いメンバーで揃えたいっていうか。あ、装備は置いていけよ。C級登録の時のアイテム、全部ギルド資産って扱いになってるからさ」

「フザけんなァァァ!!」

 その日のマスキュラ―の咆哮ほうこうは、帝都にとどろいたという。
だが、ギルドへの登録情報も管理権も、全てリーダーのセリオスが握っていた。形式上は「戦力外通知」、書類上は「自主脱退」。

 装備も、蓄えも、仲間も、誇りも――すべてを奪われた。

「……結局、裏切らねえのは、この筋肉だけだった」

 マスキュラ―は筋肉を信じた。裏切られない相棒だ。
 朝は腕立て五千回、昼は大岩スクワット五百回、夜は懸垂けんすいで天井を突き破るまでトレーニング。眠る前にはプロテイン代わりの魔獣の生卵十個。

 だが現実は厳しかった。装備を売って凌いでいたが、すぐに底を突いた。
 それでも、筋肉は悲鳴を上げなかった。栄養がなくても、愛と気合で肥大化し続けた。

「この筋肉……いつか、あの裏切り野郎どもを後悔させてやる……!」

 だからマスキュラ―は、再びC級、いやS級を目指して新たなパーティーを探していた。仲間選びは大切だ。容姿や性別ではなく、「背中を預けられる者」――それだけが基準だった。

 そしてその日、マスキュラ―はラグナスのギルドで運命と出会う。

 桃色の髪の少女、エリーゼ。金髪のナルシスト魔法使い、アリスター。青髪で陰気な眼鏡神官、ダリル。

「……この子ら、見た目は頼りなさそうだが、何か、ある……」

 直感だった。筋肉が反応していた。
 そこで彼は、全力の自己アピールをする。

「おい! そこのお前ら! 仲間を探してないか!? 俺を入れろ!!」

 反応は冷たかった。特にエリーゼ。

「ごめん、剣士はわたしだから、足りてます」

 ――だが、彼は諦めなかった。どんなに冷たくされても、筋肉はへこたれない。

「だったら、勝負だ。もしオレが勝ったら、仲間に入れてくれ!」

 結果は――惨敗だった。

 彼女の剣はしなやかで鋭く、筋力で押し切れるものではなかった。だが、彼は敗北しても、下を向かなかった。

「……見事だった。だが、オレは……!」

 マスキュラ―は、土下座をした。額を地に擦りつけ、声を震わせながら言った。

「オレは……見返してえんだよ……! あのクソリーダーを! あの偽りの仲間たちを! もう一度C級になって、いや、S級にだってなってやる! だから、頼む! 仲間に……仲間にしてくれぇえええ!!」

 しばしの沈黙のあと、エリーゼが笑った。

「……うん。筋肉だけでここまで語るなんて、逆にすごいと思った。よし、採用!」

「えっ……?」

「装備? 換金用の魔獣素材、アイテムボックスにいくつかあったから、それで揃えよう。筋肉のサイズに合うかは分からないけど」

「フフ、ボクの魔法でサイズ調整くらいなら朝飯前さ。美しい筋肉は、良いキャンバスだよ」
「拙者……彼の筋肉に、何か感じるでござる。具体的に言うと、安心感……?」

「お前ら……お前らぁ……!」

マスキュラ―の瞳から、熱い涙が流れた。それは、裏切られた日以来、初めて流す男泣きだった。

「よっしゃあああああ!! 今日から筋肉爆誕の始まりだあああ!!」

 筋肉を震わせ、吠えるように叫ぶマスキュラ―。

 こうして、筋肉を信じた男は、再び仲間と共に冒険の道を歩み始めた。

 彼の筋肉が真に報われる日が来るまで――その咆哮は止まらない。
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