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第72話 元王子シャルル、ドワーフ村に到着する
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王都レインハルトを出発して七日目の朝、騎士キリエムは馬上で風の匂いを嗅ぎ取った。南西から吹く風に、乾いた草の香りとともに、どこか甘やかな香が混じっている。季節外れの花でも咲いたか――そう思ったその時だった。
「キリエム殿。先程の旅商人、奇妙な話をしていたな」
シャルル王子が、隣を進むキリエムに声をかけた。旅商人の名はヨアヒム。荷馬車を引いて街道を行く途中、彼らとすれ違ったばかりだ。
「……ドワーフの村で行われている春祭りのこと、ですか?」
「いや、それもあるが……桃色の髪の女だ。名を、エリーゼと言ったそうだ」
キリエムの眉がぴくりと動く。
確かにその名を商人は口にした。ドワーフの村“トルスガル”で酒場を訪れたというその女性は、背に剣を負い、仲間らしき男たちと共に祭りの喧騒を楽しんでいたという。
旅商人の話によれば、その女は「桜色の流れ星」と地元の子供たちから呼ばれ、一晩で酔いどれ相手に五十勝を挙げた剣技の使い手だったとか。ついでに金髪の魔術師や筋肉の男、神官姿の仲間もいたらしい。
……状況的に考えて、エリーゼ嬢以外の誰にも思い当たらない。
「マケドニアに入るためには、信仰証が必要だ。だが、ドワーフの村は中立地帯。彼女が一時的に向かうには、ちょうど良い拠点だろうな」
「む……ならば行き先を変更すべきか。どうせ我らも彼女の足取りを追っていたのだ。時間の問題に過ぎぬ」
シャルルは軽く顎を上げた。どこか勝ち誇ったような口調だったが、その声にはどこか焦りが混じっている。
キリエムはその変化を聞き逃さなかった。
「殿下、確認させていただきます。……本当に、エリーゼ嬢に再び会われるおつもりで?」
問いかけにシャルルは目を細め、無言のまま鞍の前に置いた手綱を握りしめた。
「彼女が戻れば、すべて元通りになる。そうだろう?」
その声は、どこか夢を見るような響きだった。
元通り。果たして本当に、そうなるのだろうか。
無実のまま国外追放され、生き延びたその人が、王子の下へ戻ることを願うのだろうか。キリエムの中に一抹の不安がよぎったが、それを顔に出すことなく、軍馬の腹を蹴って列の先頭へと進んだ。
騎士隊は総勢十騎。王子の護衛を兼ねた小規模な部隊ではあるが、精鋭ぞろいだ。
旅は順調に進んだ。春風が冷気を払い、若草がそこここで芽吹く大地を、馬蹄の音が静かに打った。
そして、さらに一日を費やしたのち、彼らは山間の小道を抜け、目的の地――ドワーフの村“トルスガル”の入り口にたどり着いた。
岩肌をくり抜いたような石門には、金属細工の装飾が施されており、祭りのためか彩り鮮やかな布が翻っている。門番らしきドワーフの男が、煙管をふかしながらこちらを見ていた。
「ふむ、人間か。珍しいな、この時期に」
キリエムが前に出る。
「我らはレインハルト王国の騎士団より派遣された者だ。村に“エリーゼ”という名の女性が立ち寄ったと聞き、話を聞きたく思っている」
すると、門番のドワーフは太い眉を上げて笑った。
「なんだ、あの剣娘の関係者か。とんでもねぇ女だったぞ、あれは」
キリエムとシャルルが視線を交わす。
「やはり……間違いなさそうだな」
「案内しようか? たしか、三か月ぐらい前に“白樺亭”に泊まってたかな」
「それでも構わん。痕跡を追えれば十分だ」
キリエムの言葉に、シャルルは頷いた。
風が、山を吹き抜けていた。小さな祭囃子の音がかすかに聞こえてくる。
そして――
“エリーゼ”という名を追って、王子と騎士たちは、再びその足を進める。けれど彼らの誰もが知らなかった。目的地で彼女と再会できるとしても、それは“過去の関係”の上に立つものではないことを。
彼女はもう、ただの王子の許嫁ではない。冤罪と苦難を越え、自らの意志で道を選び進む、ひとりの剣聖なのだ。
そのことを――この時のシャルルは、まだ知らなかった。
「キリエム殿。先程の旅商人、奇妙な話をしていたな」
シャルル王子が、隣を進むキリエムに声をかけた。旅商人の名はヨアヒム。荷馬車を引いて街道を行く途中、彼らとすれ違ったばかりだ。
「……ドワーフの村で行われている春祭りのこと、ですか?」
「いや、それもあるが……桃色の髪の女だ。名を、エリーゼと言ったそうだ」
キリエムの眉がぴくりと動く。
確かにその名を商人は口にした。ドワーフの村“トルスガル”で酒場を訪れたというその女性は、背に剣を負い、仲間らしき男たちと共に祭りの喧騒を楽しんでいたという。
旅商人の話によれば、その女は「桜色の流れ星」と地元の子供たちから呼ばれ、一晩で酔いどれ相手に五十勝を挙げた剣技の使い手だったとか。ついでに金髪の魔術師や筋肉の男、神官姿の仲間もいたらしい。
……状況的に考えて、エリーゼ嬢以外の誰にも思い当たらない。
「マケドニアに入るためには、信仰証が必要だ。だが、ドワーフの村は中立地帯。彼女が一時的に向かうには、ちょうど良い拠点だろうな」
「む……ならば行き先を変更すべきか。どうせ我らも彼女の足取りを追っていたのだ。時間の問題に過ぎぬ」
シャルルは軽く顎を上げた。どこか勝ち誇ったような口調だったが、その声にはどこか焦りが混じっている。
キリエムはその変化を聞き逃さなかった。
「殿下、確認させていただきます。……本当に、エリーゼ嬢に再び会われるおつもりで?」
問いかけにシャルルは目を細め、無言のまま鞍の前に置いた手綱を握りしめた。
「彼女が戻れば、すべて元通りになる。そうだろう?」
その声は、どこか夢を見るような響きだった。
元通り。果たして本当に、そうなるのだろうか。
無実のまま国外追放され、生き延びたその人が、王子の下へ戻ることを願うのだろうか。キリエムの中に一抹の不安がよぎったが、それを顔に出すことなく、軍馬の腹を蹴って列の先頭へと進んだ。
騎士隊は総勢十騎。王子の護衛を兼ねた小規模な部隊ではあるが、精鋭ぞろいだ。
旅は順調に進んだ。春風が冷気を払い、若草がそこここで芽吹く大地を、馬蹄の音が静かに打った。
そして、さらに一日を費やしたのち、彼らは山間の小道を抜け、目的の地――ドワーフの村“トルスガル”の入り口にたどり着いた。
岩肌をくり抜いたような石門には、金属細工の装飾が施されており、祭りのためか彩り鮮やかな布が翻っている。門番らしきドワーフの男が、煙管をふかしながらこちらを見ていた。
「ふむ、人間か。珍しいな、この時期に」
キリエムが前に出る。
「我らはレインハルト王国の騎士団より派遣された者だ。村に“エリーゼ”という名の女性が立ち寄ったと聞き、話を聞きたく思っている」
すると、門番のドワーフは太い眉を上げて笑った。
「なんだ、あの剣娘の関係者か。とんでもねぇ女だったぞ、あれは」
キリエムとシャルルが視線を交わす。
「やはり……間違いなさそうだな」
「案内しようか? たしか、三か月ぐらい前に“白樺亭”に泊まってたかな」
「それでも構わん。痕跡を追えれば十分だ」
キリエムの言葉に、シャルルは頷いた。
風が、山を吹き抜けていた。小さな祭囃子の音がかすかに聞こえてくる。
そして――
“エリーゼ”という名を追って、王子と騎士たちは、再びその足を進める。けれど彼らの誰もが知らなかった。目的地で彼女と再会できるとしても、それは“過去の関係”の上に立つものではないことを。
彼女はもう、ただの王子の許嫁ではない。冤罪と苦難を越え、自らの意志で道を選び進む、ひとりの剣聖なのだ。
そのことを――この時のシャルルは、まだ知らなかった。
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