婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第73話 シャルル元王子、エリーゼは俺に恋している!

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シャルル=レインハルトの美しい顔が、眉間の皺によってわずかに歪んでいた。

 乾いた馬の蹄が、硬い岩道を叩く音。吐く息は白く、昼間にもかかわらず空気は肌を刺すほど冷たい。ようやく辿り着いた山間のドワーフ村――その中央の集会所で、彼は唇を噛みしめていた。

「……三か月ぐらい前に、出発した?」

 確認するように、彼はもう一度問うた。

「うむ。確かに、桃色の髪をした剣士と、その仲間らしい男二人が滞在しておった。礼儀正しい連中じゃったよ。宿代もきっちり払ってな」

 そう語る村の長老は、白く長い髭を撫でながら淡々と応じた。

「で、どこへ行ったのだ?」

 シャルルは椅子から身を乗り出す。声には焦りが滲み、膝に置いた手が小さく震えていた。

「……ラグナス帝国の『リグレット』という冒険者の街を目指すと言っておったな」

 その瞬間、シャルルの表情が固まった。

 リグレット。ラグナス帝国でも最北の自由都市。規律よりも力が優先される、荒くれ者の巣窟。魔物討伐、傭兵契約、闇市取引――あらゆる「冒険者」が集う混沌の都市。

「……なぜそんな辺境へ?」

 無意識に呟いたその言葉に、老ドワーフは首を傾げた。

「知らんが……強くなりたい、と言っておったよ。もっと自分を試すために、あの街が必要だと」

「……!」

 シャルルの胸の奥がざわりと騒ぎ立った。

 もっと強くなりたい。試すために。

 ――それは、誰のために?

(……俺のためでは、ないのか?)

 彼の胸にひやりと冷たい影が落ちた。あれほど自分を慕っていたはずのエリーゼ。剣の鍛錬に打ち込み、自らを磨き、王子である自分に相応しい存在になろうとしていた彼女。その彼女が、もう王国のことすら顧みず、別の場所で成長しようとしている。

 なぜだ?

(……俺を、忘れたいからか)

 その仮定に思い至った瞬間、シャルルは大きく息を吐いた。吐く息が白く、天へ溶けていく。

 王都から遥々旅をしてきた。身を粉にして彼女の後を追った。王子である自分が、ここまでの労を厭わずに来たというのに――彼女はもう、ここにはいない。しかも、三か月の差。もう少し早ければ、再会できていたかもしれない。

 その「間の悪さ」が、何よりもシャルルの怒りを刺激した。

(俺ほどの男を、待てなかったというのか?)

 ぐつぐつと内側から煮え立つような感情。だが、それを表に出すことは王子の沽券に関わる。彼は深く、長く息を吸って、視線を集会所の窓の外へと向けた。

 そこには、果てしなく続く雪の山脈と、その向こうに広がる帝国の大地がある。

(だが、わかる……あいつがなぜ、そこまで遠くへ行こうとするのか)

 彼は自分なりに答えを出した。

(捨てられたと思ったのだな、俺に)

 納得するように、口の端がわずかに上がる。

(心を砕き、信じ、憧れていた男に、ある日突然「婚約を破棄する」と告げられた。そりゃ、ショックだっただろうよ)

 どこか他人事のような、だが少し哀れむような口調で、心の中でつぶやく。

(その心の痛みから逃れるには、旅に出るしかなかった……故郷から、思い出から、俺から……遠く、遠くへ)

 だが。

 そんな彼女が、ただ泣いて終わったわけではなかったことが、むしろ彼には誇らしかった。

(……強くなったのだな)

 村人たちが語っていた。魔物を一刀で斬り伏せ、ドワーフの子供たちに剣術を教え、仲間たちと笑い合っていたと。

 それを思い出した時、胸の奥に生じたのは――奇妙な嫉妬だった。

(……俺がいないところで、笑うな)

 心の底に、どうしようもない感情が渦巻く。

 だが、それでもシャルルは王族だ。プライドの塊である彼の選ぶ答えは、ただ一つだった。

「ふん。やはり、あいつには俺が必要だ」

 軽く鼻を鳴らし、マントを翻す。

「力をつけたのも、旅に出たのも……全て、俺の影響。俺を忘れるために逃げ、だが俺を思い続けて強くなった。ならば、迎えに行ってやるのが筋というものだろう」

 それが、シャルルなりの“優しさ”だった。歪みきった、傲慢な、しかし本人だけが本気で信じている「救済」。

(ラグナス帝国、か……)

 冒険者の街リグレット。荒くれ者の吹き溜まり、力がすべての世界。

 王国の王子である自分にはふさわしくない場所かもしれない。だが――

「キリエム。準備を整えろ。我らはすぐにでも帝国へ入る。目的地は、リグレットだ」

 騎士が小さく眉を寄せたが、何も言わなかった。

(行くぞ、エリーゼ。……お前を再び、俺のものにするために)

 冷たい風が、シャルルの金髪を吹き上げる。

 その背に、皇帝のような自信と、どこか幼い執着を纏いながら――彼は、山を下り始めた。
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