婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第82話 聖教国、騎士団、副団長バルレア、参る

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霧が濃さを増していく。東の森――薄明の中、幻のように立ち現れる影たち。

 気配を察知し、エリーゼは剣を構え直した。風に揺れる桃色の髪が、彼女の動揺なき心を映すように静かに翻る。

 木立の向こうから、重厚な鎧の響きが迫る。森の奥から、幾つもの足音が揺れながら近づいてきた。

 「止まれ、剣の女!」

 声が響く。漆黒のマントを翻しながら、十数名の騎士たちが姿を現した。銀の装飾が光を受けて鈍く輝く――聖教国の近衛騎士団、その紋章が胸に刻まれていた。

 エリーゼは眉一つ動かさず、静かに剣を構える。

 「ずいぶんな歓迎ね。まさか、わたし一人にこんな数で来てくれるなんて」

 騎士たちが立ち止まると、その中央から一歩前に進み出た男がいた。金属製の仮面をつけたその男は、声を低く響かせる。

 「貴様一人を止めるために、百の兵でも足りぬ。我らは聖教の剣、罪人を裁く刃」

 その男が、仮面を外す。鋭い鷹のような眼差しが、エリーゼを射抜いた。

 「副団長、バルレア様……!」

 騎士たちが一斉にひざまずく。どうやら、只者ではないらしい。

 「女よ。……その力、我が試すに値する」

 バルレアは剣を抜いた。それは禍々しいまでに長く、重厚な両刃剣だった。

 「この数で一人を囲むは、騎士の名折れ。ならば貴様と我が、一対一で勝負をつけよう。剣を持つ者同士、潔く散るがいい」

 その言葉に、エリーゼは肩をすくめ、やがてふっと笑みを浮かべた。

 「わたしにとっては、これが日常みたいなものよ」

 左足を引き、右手に剣を掲げて構える――構えは中段、剣道の基本型。

 「剣道三段、エリーゼ=アルセリア。受けて立ちます!」

 森に、風が走る。

 バルレアが地を蹴った。重装の巨体からは想像できぬ速さで間合いを詰め、斜め上から大剣を振り下ろす!

 「はッ!」

 エリーゼは、横に一歩流れるだけでそれを避けた。風を切る音が、耳元を裂いた。

 「なんだと……?」

 バルレアの目が驚愕に揺れる。だがエリーゼは、追撃せず、ただ構えを崩さない。

 「でかくて遅い。けど……筋は通ってる。なら、こっちも本気でいくわよ!」

 次の瞬間、バルレアの水平斬り――それも、かわす。

 そして縦斬り、袈裟斬り、突き。次々に繰り出される猛攻を、エリーゼは一度も剣を合わせずに捌いた。

 「くそっ……この……小娘が!」

 怒声とともに剣が振るわれる。だがその度に、エリーゼはステップをずらし、腰を落として捌いていく。

 (足さばきで殺せる……距離感で、封じればいい)

 剣道で鍛えた読みと反射、そしてフェンリルの俊敏さが重なる。

 バルレアの懐に踏み込んだ。

 「――隙、ありっ!」

 「なにッ――!?」

 瞬間、エリーゼの剣が唸りを上げた。剣道の基本技、小手打ち――バルレアの剣を握る手首を狙った一閃が炸裂!

 「ぐあッ!」

 仰け反ったその胴に、即座に追撃。

 「胴ッ!!」

 深く踏み込み、鋭く、真横へ振り抜く。

 エリーゼの剣が、音を立ててバルレアの鎧を貫いた。

 「が……ッ……!」

 その巨体が地を蹴って吹き飛び、木に叩きつけられた。

 騎士たちが、言葉を失って息を呑む。

 エリーゼは静かに剣を下ろし、凛とした声で告げる。

 「一本、いただきました」

 バルレアは呻きながらも、震える手で手のひらを掲げた。どうやら、まだ命までは奪っていなかった。

 「ば……馬鹿な……私が……っ、敗れるとは……」

 エリーゼはただ静かに笑った。

 「剣に名誉があるなら、あなたは立派だったわ。……でも、次は誰が来るのかしら?」

 挑発でもなく、恐れでもない。ただまっすぐに、敵の列を見据える。

 「な……なんという娘だ……!」

 「副団長が……たった一太刀で……」

 騎士たちがたじろぐ。その隙に、エリーゼは一歩前へ出た。

 「降伏するなら、今が最後よ?」

 その言葉に、騎士たちは互いに顔を見合わせ――やがて、剣を引いた。

 「……馬鹿な。だが、これが――『剣聖』か」

 その呟きは、森の霧と共に消えた。

 エリーゼは静かに息を吐いた。

 「はぁ……さて、急がなきゃ。みんなを待たせるわけにはいかないもの」

 剣を納め、再び走り出す。

 ――その背に、騎士団は誰一人、追撃の手を伸ばさなかった。
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