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第94話 マケドニア街歩き わ……見て。指輪、いっぱい
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【淡桃と黄金の午後】―マケドニア街歩き小景・後編
***
夕焼けが街を染めるなか、二人は石畳の小道を歩いていた。どこか名残惜しさを含む沈黙のあと、エリーゼがふと足を止める。
「ねえ、あそこ、ちょっと寄ってみない?」
視線の先には、雑貨屋の看板が揺れていた。木造の店先には、手作りのアクセサリーや布小物が並んでいる。どれも素朴で可愛らしく、観光客向けというよりは、地元の人の心をくすぐるような品々ばかりだ。
「いいよ。こういう店、君好きそうだし」
アリスターが微笑んで答えると、エリーゼは嬉しそうに頷いた。
店の中はこぢんまりとしていて、木の香りがする。天井からは乾燥させた花束が吊るされ、棚にはカラフルな小瓶や布細工が並ぶ。その一角に、小さなガラスケースがあった。
「わ……見て。指輪、いっぱい」
エリーゼが目を輝かせてケースに顔を寄せる。中には真鍮や銀で作られた、素朴な装飾の指輪たち。どれも高価ではないが、細やかな意匠が施されており、職人の心が宿っているようだった。
「どれが好き?」
アリスターが問いかけると、エリーゼはちょっとだけ悩んだ末、小さな銀の指輪を指差した。リングの外周には、淡い花模様が彫られている。
「これ、かわいいかも。……でも、自分で買うほどでもないかな」
「じゃあ、ボクが買うよ。君に、似合うと思うから」
「えっ……?」
エリーゼは一瞬きょとんとしたあと、恥ずかしそうに笑った。
「なにそれ、プレゼント? 誕生日でも記念日でもないのに?」
「うん、でも……今日が記念日になるかもしれないから」
言いながらアリスターは店主に代金を渡し、そっと指輪を受け取った。掌の上に載せられたそれを、エリーゼの前に差し出す。
「指、出して」
「え……ちょっと、なにこれ、まるで――」
「……プロポーズ、みたいだって思った?」
冗談めかした口調の裏に、揺るぎない何かが込められていた。エリーゼはその真剣な視線に気づいて、ゆっくりと右手を差し出す。
アリスターはその指に、慎重に指輪を通した。ぴたりと嵌まるそれを見て、ふたりはどちらからともなく小さく笑った。
「……やっぱり、似合ってる。君の指に」
「ほんと、冗談みたい。でも……嬉しい」
エリーゼが恥ずかしそうに言ったその瞬間だった。アリスターの表情が、少しだけ変わった。いつもの飄々とした笑みではない。どこか、決意を帯びたような静かな眼差し。
「エリーゼ」
「ん?」
「さっき、“恋人なら、こんな時間を過ごすのかな”って言ってたよね」
「うん、言ったね。あれは――」
「からかいじゃなくて、もしも、君が誰かと一緒に過ごす時間を選べるなら――」
アリスターは息を一つ吸い、まっすぐに彼女の瞳を見た。
「その“誰か”に、ボクを選んでほしい。……これからの人生、戦いばかりかもしれない。それでも、その隣にいてくれたら、ボクは――すごく、嬉しい」
エリーゼは目を瞬かせたまま、声を失っていた。
「今すぐじゃなくていい。いつか、でいい。でも、ボクは君と……結婚したいと思ってる」
言葉は静かだったが、心の底から紡がれていた。街の喧騒の中にあって、それは誰にも届かない、彼女だけのための祈りのようだった。
「……アリスター」
沈黙の中、エリーゼはそっと彼の手を取った。自分の指に嵌まった指輪を、嬉しそうに撫でながら――
「わたし、君が何を守ってきたか、全部は知らない。でも……その全部を知りたいと思ったのは、君が初めて」
アリスターの目が少しだけ潤んだ。
「それって、答えってこと……?」
「うん。即答しちゃうのも、ちょっと悔しいけど――いいよ。わたしで、よければ」
小さな笑顔と、頬の紅。それが、彼女の答えだった。
「……ありがとう」
アリスターは、ただそれだけを言った。
***
店を出る頃には、夜が街を包み始めていた。路地のランタンに灯が入り、人々の話し声が柔らかく響く。
「ねえ、アリスター」
「ん?」
「言っておくけど、プロポーズされたからって、わたし、おしとやかになったりはしないからね?」
「むしろ、そっちの方が安心するよ」
「じゃあ、これからもよろしくね、“婚約者さん”」
「……うん。こちらこそ、“未来の奥さん”」
街の灯りの下、二人の影が重なっていた。
それはまだ小さな約束。
けれど、確かにそこに灯った、淡桃と黄金の誓いだった。
***
夕焼けが街を染めるなか、二人は石畳の小道を歩いていた。どこか名残惜しさを含む沈黙のあと、エリーゼがふと足を止める。
「ねえ、あそこ、ちょっと寄ってみない?」
視線の先には、雑貨屋の看板が揺れていた。木造の店先には、手作りのアクセサリーや布小物が並んでいる。どれも素朴で可愛らしく、観光客向けというよりは、地元の人の心をくすぐるような品々ばかりだ。
「いいよ。こういう店、君好きそうだし」
アリスターが微笑んで答えると、エリーゼは嬉しそうに頷いた。
店の中はこぢんまりとしていて、木の香りがする。天井からは乾燥させた花束が吊るされ、棚にはカラフルな小瓶や布細工が並ぶ。その一角に、小さなガラスケースがあった。
「わ……見て。指輪、いっぱい」
エリーゼが目を輝かせてケースに顔を寄せる。中には真鍮や銀で作られた、素朴な装飾の指輪たち。どれも高価ではないが、細やかな意匠が施されており、職人の心が宿っているようだった。
「どれが好き?」
アリスターが問いかけると、エリーゼはちょっとだけ悩んだ末、小さな銀の指輪を指差した。リングの外周には、淡い花模様が彫られている。
「これ、かわいいかも。……でも、自分で買うほどでもないかな」
「じゃあ、ボクが買うよ。君に、似合うと思うから」
「えっ……?」
エリーゼは一瞬きょとんとしたあと、恥ずかしそうに笑った。
「なにそれ、プレゼント? 誕生日でも記念日でもないのに?」
「うん、でも……今日が記念日になるかもしれないから」
言いながらアリスターは店主に代金を渡し、そっと指輪を受け取った。掌の上に載せられたそれを、エリーゼの前に差し出す。
「指、出して」
「え……ちょっと、なにこれ、まるで――」
「……プロポーズ、みたいだって思った?」
冗談めかした口調の裏に、揺るぎない何かが込められていた。エリーゼはその真剣な視線に気づいて、ゆっくりと右手を差し出す。
アリスターはその指に、慎重に指輪を通した。ぴたりと嵌まるそれを見て、ふたりはどちらからともなく小さく笑った。
「……やっぱり、似合ってる。君の指に」
「ほんと、冗談みたい。でも……嬉しい」
エリーゼが恥ずかしそうに言ったその瞬間だった。アリスターの表情が、少しだけ変わった。いつもの飄々とした笑みではない。どこか、決意を帯びたような静かな眼差し。
「エリーゼ」
「ん?」
「さっき、“恋人なら、こんな時間を過ごすのかな”って言ってたよね」
「うん、言ったね。あれは――」
「からかいじゃなくて、もしも、君が誰かと一緒に過ごす時間を選べるなら――」
アリスターは息を一つ吸い、まっすぐに彼女の瞳を見た。
「その“誰か”に、ボクを選んでほしい。……これからの人生、戦いばかりかもしれない。それでも、その隣にいてくれたら、ボクは――すごく、嬉しい」
エリーゼは目を瞬かせたまま、声を失っていた。
「今すぐじゃなくていい。いつか、でいい。でも、ボクは君と……結婚したいと思ってる」
言葉は静かだったが、心の底から紡がれていた。街の喧騒の中にあって、それは誰にも届かない、彼女だけのための祈りのようだった。
「……アリスター」
沈黙の中、エリーゼはそっと彼の手を取った。自分の指に嵌まった指輪を、嬉しそうに撫でながら――
「わたし、君が何を守ってきたか、全部は知らない。でも……その全部を知りたいと思ったのは、君が初めて」
アリスターの目が少しだけ潤んだ。
「それって、答えってこと……?」
「うん。即答しちゃうのも、ちょっと悔しいけど――いいよ。わたしで、よければ」
小さな笑顔と、頬の紅。それが、彼女の答えだった。
「……ありがとう」
アリスターは、ただそれだけを言った。
***
店を出る頃には、夜が街を包み始めていた。路地のランタンに灯が入り、人々の話し声が柔らかく響く。
「ねえ、アリスター」
「ん?」
「言っておくけど、プロポーズされたからって、わたし、おしとやかになったりはしないからね?」
「むしろ、そっちの方が安心するよ」
「じゃあ、これからもよろしくね、“婚約者さん”」
「……うん。こちらこそ、“未来の奥さん”」
街の灯りの下、二人の影が重なっていた。
それはまだ小さな約束。
けれど、確かにそこに灯った、淡桃と黄金の誓いだった。
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