婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第93話 マケドニア街歩き ボクが道に迷ったんじゃない。街並みが複雑なんだよ

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【淡桃と黄金の午後】―マケドニア街歩き小景
「ふふ、アリスターってば、やっぱり地図読むの苦手でしょ?」

エリーゼがくすくすと笑いながら、石畳の道を軽やかに歩く。肩にかかる桃色の髪が、昼下がりの陽光を受けてきらきらと揺れていた。

「……ボクが道に迷ったんじゃない。街並みが複雑なんだよ。建築設計が非合理的なんだ」

アリスターは少しふくれっ面で反論しつつも、エリーゼの機嫌が良いことが嬉しいのか、口元にうっすら笑みを浮かべている。

ここは聖教国マケドニア。いくつもの神殿が天を指し、敬虔な祈りの香りがそこかしこに漂う街。だが、今日は戦いや策略のためではない。ただ、少しの休息を得た二人の、つかの間の穏やかな時間だ。

「ねえ、アリスター。あそこ、カフェっぽくない?」

エリーゼが指差した先には、小さな木造の店があった。外にはテーブルが二つ。淡い布のパラソルが影を作っている。中からは甘い香りと、笑い声。

「いいね。……じゃあ、ボクがご馳走しよう」

「ほんと? じゃあ遠慮なく!」

メニューには、マケドニア風のハチミツ菓子と、香辛料の効いたミルクティー。テラス席に腰を下ろすと、風が心地よく肌を撫でた。

「こういうの、久しぶりかも」

エリーゼがミルクティーを啜りながらつぶやく。

「ん?」

「“普通の女の子”みたいな時間。誰かとお茶したり、笑ったり。……剣じゃなくて、笑顔で過ごせる時間」

アリスターは黙って、彼女を見つめた。

ふいに見せるその表情――気丈で明るい“剣聖エリーゼ”ではなく、ただ一人の少女としての姿。それが、彼の胸の奥を静かに揺らす。

「……ボクも、こういう時間を忘れてた。何も守らなくていい、何も壊さなくていい時間なんて、もう来ないと思ってたから」

「ねえアリスター」

「ん?」

「恋人って、こういうことするのかなって、ちょっと思っただけ」

唐突な言葉に、アリスターは紅茶を吹きそうになった。

「こ、こいび……!? いや、そ、それは、まあ、するんじゃないかな……?」

エリーゼは肩をすくめ、微笑む。

「からかっただけ。ほら、ボクってからかい甲斐あるから」

「……まったく。君ってやつは」

言葉では呆れたふりをしても、アリスターの耳はほんのり赤い。エリーゼはそれを見逃さなかった。

 ***

そのあとも二人は、街角の手工芸品店を巡った。金糸で編まれた護符、銀の指輪、神殿の聖水を封じた小瓶。どれも美しく、どこか懐かしいような、異国の香りがした。

「これ、君に似合うかも」

アリスターが差し出したのは、淡い桃色のスカーフだった。エリーゼの髪と同じ色――だが、少しだけ柔らかい色合いで、繊細な刺繍が施されている。

「え、ほんとに? ……ありがとう」

エリーゼは素直に受け取ると、その場で首に巻いた。

「どう? 似合ってる?」

「……うん。とても」

アリスターの声は、いつもより少しだけ小さく、そして真っ直ぐだった。

 ***

午後も傾き始めたころ、二人は丘の上にある神殿へと足を運んだ。白亜の柱が並び、空へと祈るようにそびえ立つ建築。その静謐な空気に、自然と声が小さくなる。

「……ここに、クラリスさんも通ってたのかな」

「きっと、何度も祈ったはずだよ。誰かのために、自分のために、そして……真実のために」

「わたしたち、どこまで近づけるんだろうね。彼女が見たもの、目指したものに」

エリーゼの横顔が、神殿の光を受けて神々しくすら見えた。だがアリスターは、神ではなく、ただ彼女自身を見ていた。

「クラリスさんの後を追うのが目的じゃないよ。君は君の道を、ボクはボクの道を――でもそれが、誰かを救うなら、それでいい」

「……うん、そうだね」

しばらく無言で神殿を眺めていたが、やがてエリーゼが振り返る。

「ねえ、アリスター。さっきの話の続きだけど――」

「え?」

「もしも、君が恋人を作るなら、どんな子がいい?」

思わず固まるアリスター。問いは軽く、それでいて核心を突くようだった。

「そ、それは……そうだな……」

言葉を探すアリスターを、エリーゼはじっと見つめる。

「……賢くて、強くて、優しい子かな。でも――」

「でも?」

「君みたいに、自分より他人を大事にするような、そういう人には、ボクじゃ足りないかもしれない」

「ふふ、それって褒めてる? それとも遠回しに振ってる?」

「違うよ……君が眩しすぎるってこと」

アリスターはそう言って、視線を逸らした。

エリーゼは小さく笑い、風になびくスカーフをそっと押さえた。

「じゃあ、もう少しだけ一緒に歩こうか。そうしたら、眩しすぎないって思えるくらい、君のこと、見つめていられるかもしれないから」

 ***

夕焼けが街を染めていた。石畳が橙色に輝き、遠くから教会の鐘が聞こえてくる。

二人の影が長く伸びる。

神の都で交わした、ささやかな時間。

それは祈りでも、魔法でもない。ただ、人として誰かと歩いた記憶。
静かな愛しさと、まだ言葉にならない想いを胸に――彼らはゆっくりと歩いていった。

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