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第92話 ガーラン王子からの依頼 武術大会、出るよ
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聖灰殿の戦いが終わり、神殿内にようやく静けさが戻っていた。割れた柱、崩れかけた石壁、そこかしこに転がる瓦礫。それでも、陽の光が差し込むその中に、確かな“終わり”と“始まり”の気配が漂っていた。
エリーゼはその中央に立ち尽くし、深く息をついていた。
「……ガーラン、だったんだね。あなた」
隣に立つ男に、エリーゼはそう言葉をかける。
仮面を外し、赤と黒の混じった髪を風に揺らすその男――ヴェルトではない。“仮面の案内人”として情報屋を務めていたその男の正体は、魔王国の王族、ガーラン王子その人だった。
「よくわかったな。あの仮面は“認識妨害”の効果がある。姿形、声すらも曖昧にしてしまう。昔から、正体を隠すのにはうってつけでな」
エリーゼは眉をひそめながら、小さく頷いた。
「だからか……あなたの雰囲気だけ、ずっと変だと思ってたの。近くにいるのに、遠く感じるっていうか」
「すまない。あれは……自分の過去から逃げるための仮面でもあった。だが、もう外した。これからも人間界では必要だろうけど、少なくとも、君には隠す必要はない」
エリーゼは腕を組み、わずかに口元を緩めた。
「ふふ……ガーラン王子が仮面の案内人だったなんて、まるでおとぎ話ね。じゃあ、これからどうするつもり? “王子様”」
「真面目に言うぞ」
彼の声音が一気に引き締まる。
「魔王国の王位を継ぐつもりだ。俺は、魔王になりたい。そして――」
一歩、前へと踏み出す。
「人間と魔族が手を取り合って生きられる国を作る。それが……この戦乱の果てに俺が見たい景色だ」
エリーゼの目が、驚きに大きく見開かれる。
「……人間と、魔族の共存……?」
「そうだ。俺の弟同然だった人間がいた。名は、ルディアス。彼は、魔族と人間が理解しあえる未来を信じて旅に出た。だが、帰ってこなかった……」
ガーランの瞳が翳りを帯びる。
「だから、俺がやる。あいつの理想を、俺の意志にする。戦いじゃなくて、語らいで終わらせる道を探したいんだ」
エリーゼはそっと視線を下ろす。
「……そのために、魔王国の武術大会?」
「ああ。強き者に国を託すのが、あの国の伝統だからな。エリーゼ。君にも、あの時、一度誘っていただろ?」
「うん……正直、迷ってた。でも、あなたの夢を聞いて、少し、考えが変わった」
風が吹く。瓦礫の中で、どこか花の香りが混じった風が、彼女の桃色の髪を揺らす。
「わたしは――人間に裏切られた。でも、同時に、仲間にも出会えた。ダリルも、アリスターも、マスキュラーも。あなたも。……だから、魔族だからって、悪いなんて思わない」
エリーゼは剣を背に戻し、力強く言った。
「誘ってくれて、ありがとう。武術大会、出るよ。……わたし自身の答えを見つけるためにも」
ガーランの顔に、心からの笑みが浮かぶ。
「……ありがとう。エリーゼ。君なら、そう言ってくれると思ってた」
沈黙が流れる。しかし、それは心地よい静寂だった。
やがて、エリーゼは冗談めかして口を開く。
「でも、王子としてなら、もうちょっと礼儀とか覚えたほうがいいかもね?」
「ふっ、気をつけよう。……でもな、王子様だって自由に夢を語ったっていいだろう?」
エリーゼは笑う。
「うん。いいと思うよ。……夢って、語らなきゃ、誰にも届かないから」
その時、神殿の外から仲間たちの声が聞こえた。どうやら、避難民たちの救助が終わったようだ。
エリーゼは小さく息を吐き、振り返った。
「じゃあ……行こうか、みんなのところへ。仮面の案内人、いや、ガーラン王子」
「仮面は必要な時にだけ使うさ。今は――」
ガーランは静かに仮面を懐にしまい、まっすぐ前を見据える。
「人間として、エリーゼたちと肩を並べる。それが、俺の今の選択だ」
砕けた石を踏みしめながら、ふたりは神殿を後にした。
その背中には、これからの未来を切り開こうとする確かな決意が宿っていた。
エリーゼはその中央に立ち尽くし、深く息をついていた。
「……ガーラン、だったんだね。あなた」
隣に立つ男に、エリーゼはそう言葉をかける。
仮面を外し、赤と黒の混じった髪を風に揺らすその男――ヴェルトではない。“仮面の案内人”として情報屋を務めていたその男の正体は、魔王国の王族、ガーラン王子その人だった。
「よくわかったな。あの仮面は“認識妨害”の効果がある。姿形、声すらも曖昧にしてしまう。昔から、正体を隠すのにはうってつけでな」
エリーゼは眉をひそめながら、小さく頷いた。
「だからか……あなたの雰囲気だけ、ずっと変だと思ってたの。近くにいるのに、遠く感じるっていうか」
「すまない。あれは……自分の過去から逃げるための仮面でもあった。だが、もう外した。これからも人間界では必要だろうけど、少なくとも、君には隠す必要はない」
エリーゼは腕を組み、わずかに口元を緩めた。
「ふふ……ガーラン王子が仮面の案内人だったなんて、まるでおとぎ話ね。じゃあ、これからどうするつもり? “王子様”」
「真面目に言うぞ」
彼の声音が一気に引き締まる。
「魔王国の王位を継ぐつもりだ。俺は、魔王になりたい。そして――」
一歩、前へと踏み出す。
「人間と魔族が手を取り合って生きられる国を作る。それが……この戦乱の果てに俺が見たい景色だ」
エリーゼの目が、驚きに大きく見開かれる。
「……人間と、魔族の共存……?」
「そうだ。俺の弟同然だった人間がいた。名は、ルディアス。彼は、魔族と人間が理解しあえる未来を信じて旅に出た。だが、帰ってこなかった……」
ガーランの瞳が翳りを帯びる。
「だから、俺がやる。あいつの理想を、俺の意志にする。戦いじゃなくて、語らいで終わらせる道を探したいんだ」
エリーゼはそっと視線を下ろす。
「……そのために、魔王国の武術大会?」
「ああ。強き者に国を託すのが、あの国の伝統だからな。エリーゼ。君にも、あの時、一度誘っていただろ?」
「うん……正直、迷ってた。でも、あなたの夢を聞いて、少し、考えが変わった」
風が吹く。瓦礫の中で、どこか花の香りが混じった風が、彼女の桃色の髪を揺らす。
「わたしは――人間に裏切られた。でも、同時に、仲間にも出会えた。ダリルも、アリスターも、マスキュラーも。あなたも。……だから、魔族だからって、悪いなんて思わない」
エリーゼは剣を背に戻し、力強く言った。
「誘ってくれて、ありがとう。武術大会、出るよ。……わたし自身の答えを見つけるためにも」
ガーランの顔に、心からの笑みが浮かぶ。
「……ありがとう。エリーゼ。君なら、そう言ってくれると思ってた」
沈黙が流れる。しかし、それは心地よい静寂だった。
やがて、エリーゼは冗談めかして口を開く。
「でも、王子としてなら、もうちょっと礼儀とか覚えたほうがいいかもね?」
「ふっ、気をつけよう。……でもな、王子様だって自由に夢を語ったっていいだろう?」
エリーゼは笑う。
「うん。いいと思うよ。……夢って、語らなきゃ、誰にも届かないから」
その時、神殿の外から仲間たちの声が聞こえた。どうやら、避難民たちの救助が終わったようだ。
エリーゼは小さく息を吐き、振り返った。
「じゃあ……行こうか、みんなのところへ。仮面の案内人、いや、ガーラン王子」
「仮面は必要な時にだけ使うさ。今は――」
ガーランは静かに仮面を懐にしまい、まっすぐ前を見据える。
「人間として、エリーゼたちと肩を並べる。それが、俺の今の選択だ」
砕けた石を踏みしめながら、ふたりは神殿を後にした。
その背中には、これからの未来を切り開こうとする確かな決意が宿っていた。
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