婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第109話 エリーゼの諜報活動 仮面の奴ら

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 王都の夕暮れは、黄金の光を落としながら石畳を照らしていた。エリーゼ=アルセリアは、マントのフードを深く被り、雑踏の中を歩いていた。

 ――今日は一人で動くと決めていた。

 「怪しい噂ほど、陽が沈んだあとの方が集まりやすいって言うしね」

 軽く笑うが、その瞳に宿るのは真剣な光。潜伏中のスプレーマムの仲間たちと情報を持ち寄る約束の日は近い。その前に、何か一つでも手がかりを掴まねばならなかった。

 目指すは、王都でも特に裏社会に近いとされる“東裏市場”。夕暮れ以降は、表向きの商店がシャッターを下ろす代わりに、いくつかの酒場がひっそりと灯を灯すのだ。

 「……あった、ここね」

 エリーゼが足を止めたのは、軒先に赤いランタンがぶら下がる古びた酒場。看板には『死者の杯亭』と、物騒な名が刻まれていた。

 中に入ると、鼻をつくのは酒と煙草と獣脂が混ざった独特の匂い。視線が集まりかけたが、エリーゼは背を丸め、無言でカウンターの隅に腰を下ろす。背中の剣も布で隠し、冒険者風の格好にとどめていた。

 「飲むかい、姐さん?」

 バーテンの老人が皺だらけの顔をほころばせる。

 「黒麦酒を一杯。あと、何か話のネタになるような“面白い話”もあれば……」

 言葉の裏に含みを持たせる。すると、老人はふっと片目を閉じてから、泡の立つ木製のジョッキを差し出した。

 「ちょうどさっき、奥の卓で“魔術”がどうのと言ってた連中がいたぜ。もう帰ったがな。残された酒の代金は、面白い話の代わりになるかもな」

 エリーゼは礼を言い、言われた席へ向かった。座ってみると、木のテーブルには焦げ跡のような黒い痕が残っていた。魔術の痕跡か、あるいは――

 「アンタも興味あるのかい、“仮面の奴ら”に」

 低くくぐもった声に振り向くと、隣のテーブルに座っていた年配の男が、杯を傾けながらエリーゼを見ていた。灰色の髪、無精髭、片目に古い傷。冒険者崩れか、あるいは元兵士だろう。

 「“仮面の奴ら”? ……何のことかしら」

 エリーゼがとぼけると、男は苦笑した。

 「東の区画で若い魔術師が消える事件が続いてる。“紅の仮面”を名乗る連中が勧誘してるって噂さ。“力が欲しいか”“世界を変えたいか”――そんな言葉で心の隙を突いてくるってな。あんたも気をつけな」

 「まるで宗教ね……」

 「その通りさ。しかも最近じゃ、裏の市場にまで手を伸ばしてるって話だ。高位魔術の巻物、禁書、異種族の遺物……あいつらは“力”を欲しがる者には何でも与える。代わりに……魂を取られるかもしれんがな」

 エリーゼの目が細まる。

 ――やはり、“紅の仮面”はただの陰謀団体じゃない。

 「……あたしの弟も、勧誘されかけた」

 不意に、別の席から細い声が漏れた。そちらを向くと、酒を一口も飲まずにうつむいていた若い女性が、唇を震わせていた。

 「弟は優秀な魔術師だった。けど、父が亡くなって心が弱っていた時に……“紅の仮面”の使いが近づいたの。『君の力はもっと役立つ』って。『今の世界は間違ってる、だから我々が導く』って……」

 「……それで?」

 「行ってしまったの。二度と戻ってこなかった。連絡も、痕跡もない。調べようとしたけど、誰も知らない、見ていないって……」

 女性の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 「……紅の仮面は、弱い心を狙う。そこに入り込んで、抜け出せない場所へ引きずり込む。そんな奴らなのよ」

 エリーゼは、ゆっくりと立ち上がった。

 「ありがとう、話してくれて」

 彼女は小声でそう言い、代金の他に銀貨を二枚、テーブルに置いた。

 ――地下魔術会合。勧誘。仮面。異種の力。心の隙。

 そのどれもが、王都に渦巻く“異常”の兆しと一致していた。

 「……仲間に伝えなきゃ」

 フードを被り直し、エリーゼは再び石畳の道を歩き出した。背には、剣聖としての決意と、かすかな怒りが宿っていた。

 ――もう誰にも、こんな涙を流させたくない。

 その歩みは、確かな情報と共に、仲間のもとへと続いていく。
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