婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第108話 水車小屋での朝食 ボク、王城の厨房でこっそり修業

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翌朝。水車小屋の周囲には、朝露を湛えた草の香りが漂っていた。

 小屋の中では、簡素ながらも温かい朝食の支度が進んでいた。鍋の中でぐつぐつと煮える干し肉と野菜のスープ。焼いた黒パンの香ばしい匂いが立ちのぼり、寝起きの空気を和ませていた。

 「うん、なかなかいい出来じゃない? こう見えてボク、王城の厨房でこっそり修業したこともあるんだよ?」

 誇らしげに木の匙を掲げたのはアリスター。黄金の髪を黒に染め、顔立ちも少し変化させた変装姿であるにもかかわらず、相変わらずの自信満々ぶりだった。

 「それを“修業”と呼ぶのは、どうかと思うがな……」

 苦笑しながらスープをすするのはマスキュラー。木の椀を片手に、静かに味を確かめると、ひとつ頷いた。

 「だが、悪くない。温まる味だ」

 「でしょー? 王子様の料理って意外と庶民的なんだから」

 「いや、もはや王子じゃないんだろうが……」

 隅の方で、ダリルが小さく笑った。彼もまた、薄茶色の短髪に見えるよう変装しており、眼鏡は魔法で半透明の仮装具に置き換えられていた。

 「こうして皆で朝食を囲むのは、いつ以来でしょうな……。こういう時間、大切にしたく思いまする」

 「わたしもそう思う。こういう時こそ、心を落ち着けて……ね」

 エリーゼはパンをちぎりながら笑った。彼女の髪も魔法で一時的に栗色に染まっており、精霊の力が宿る右腕と左足も、魔術で目立たぬよう封じられている。

 「さて、それじゃあ……腹ごしらえも済んだし、そろそろ出発かな?」

 アリスターが立ち上がると、自然と場に緊張が走った。

 「変装を施したボクとダリルは、王都の神殿区方面に向かう。神官や貴族の動きから“紅の仮面”の痕跡を探るよ」

 「わたしとマスキュラーは、それぞれ別ルートで街に入る。私は表通りを回って、鍛冶屋とか雑貨屋とか、噂が溜まりそうなところを重点的に」

 「オレは裏通りを潜る。昔の馴染みもいくらかいる。聞き込みには丁度いいさ」

 「情報屋曰く、“紅の仮面”は地下闘技場にも顔を出すらしいよ。魔道士を“買う”ようなこともしてるとか……」

 アリスターの言葉に、皆の表情が硬くなった。

 「奴が動かしてるのは、金や暴力だけではなさそうだ。魔術に特化した反乱軍か、あるいはもっと深い闇があるのかもしれない」

 「拙者のいた聖教国でも、似たような『裏の魔術会合』はございました。公にされぬ実験、隠された禁呪、そして……犠牲」

 言いながら、ダリルの指先がかすかに震えた。エリーゼがそっと彼の手に触れる。

 「大丈夫。もう一人じゃないよ、ダリル」

 「……感謝いたします」

 その時、アリスターが立ち止まり、空を仰いだ。

 「きっと、ボクが王国を追われた“あの事件”も、奴が仕組んだ一端だ。……婚約破棄、父との断絶、妹の涙――全部、あいつが糸を引いていたとしたら……」

 「拙者も、聖女を魔族と訴えて追放されました。冤罪でありながら、誰も耳を貸さなかった……。けれど、信じる者がいれば、前に進めると知ったのです」

 アリスターは静かにダリルに目をやった。以前の彼は、自責と後悔に沈み込むばかりの男だった。しかし今、その目は前を見据えている。

 「ボクも、信じてるよ。君たちを。“スプレーマム”がいる限り、ボクは負けない」

 エリーゼが両手を腰に当て、ぐっと前を向いた。

 「うん、わたしも信じてる。“冤罪組”だろうと、落ちこぼれだろうと、力を合わせればどんな闇も切り裂ける」

 「上等だぜ。やるなら、とことんやるまでだ」

 マスキュラーが拳を握る。

 やがて、それぞれが装備を整え、変装を再確認しながら、水車小屋の扉を順にくぐっていった。

 王都の闇の中へ――“紅の仮面”の影を追うために。

 朝の光が、少しだけ希望を照らしていた。
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